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スライム実験

「それではこちらの薪割りをお願いします」


「わかりました、ゼンジさん」


 屋敷で暇を持て余していたオレは、執事に仕事を振ってもらっていた。今までほとんど無視されていたが、最近はわりと話かけられるようになってきた。恐らく家人として、あるいは男として、オレの不甲斐なさに思うところがあったんだろう。


 屋敷の仕事を手伝う中で、オレは今までただの領民だと思っていた執事やメイドさんたちが魔法を使える事に気付いた。彼らはハイランドに属する貴族であり、ビィの仕事を補佐する役割を持っていたのだ。


「貴族が少ないと思ってたんだよなぁ」


 彼らの多くは決して強い魔法が使える訳では無く、ハイランドの名も与えられていないが、紛れもなく貴族だった。そう言えば食事も一緒にとっていたし、侍女のリリは魔石を身に着けているし、キッチンメイドのパメラさんは火の扱いが完璧だった。自分の先入観で彼らを見ていたことを反省した。


「……こんなもんか」


 教会の鐘がニ回なるまで薪割りを続け、十分な量の薪を用意できたことに満足感を得る。この薪で風呂を沸かせたら最高なんだが……。


「おや、なかなか手際がいいですね。今度男衆を連れて木こりにも行かれますか?」


「はい、よろしくお願いします」


「……ベアトリクス様は、あなたに外へ行ってほしくないのでしょうがね」


「……はい?」


「ヴィクトリアス様もレオンハルト様も、帰って来られませんでしたから」


「……ビィのお兄さんとお父さんのことですね」


「……あなたがベアトリクス様を……お嬢様を悲しませないことを祈っております」


「はい、できるだけのことをするつもりです」


 ――


「これがスライムか……」


「ここへ運ぶまで、ひどい扱いを受けましたよ……」


「悪かった、こんなに臭いとは……」


 ドリが持って帰ったタコツボはガチガチに封されてるにも関わらず、明らかな異臭が漂っていた。開けるとこれまたとんでもない腐臭に鼻が曲がりそうになる。中にいたのは玉虫色にてらてらと光り、ぬちょぬちょとした粘液質な生き物だった。


「それで、どうするんです?」


「まずは火だな」


 ツボの中に燃やした薪を近づける。スライムは明らかに嫌がるように底へ沈む。押しつけてみたらジュウと音を立てて火は消えてしまった。


「なるほど……確かに嫌がるが、元々水分が多いから火を押し付けても消えるな」


「そうなんです。ブレイさんみたいに延々燃やせる人でないと退治は難しいんです。彼ですら剣が腐食するからと嫌がりますけど」


 ヌメヌメとうごめくスライムだが、日の光が苦手なのかタコツボから出ようとはせず、わずかに触手を延ばす程度だった。このてらてらとした光は油膜だろうか?


「……石灰水をかけてみよう」


 石灰を水に溶かし、スライムにかける。するとかけた所から異臭を放つ液体がぶちょぶちょと噴き出てきた。


「うえぇ……なんだこれ?」


「内容物ですね。膜が破れて噴き出したのでしょうか?」


 コウモリっぽい残骸やら下水のようなヘドロやらが出てきて鼻が曲がりそうだ。


「……これ中身はほとんど胃液か? 強酸みたいだな」


 オレは少し思案し、ドリに質問を投げた。


「石鹸作りで教えた酸性とアルカリ性のこと覚えてるか? ドリ」


「……はい、酸性とアルカリ性はお互いに打ち消しあって中和されるんですよね?」


「そうだ、そしてどうやらスライムは油膜も中身も酸性のようだ。……だからアルカリの強い石灰水で膜が破れたんだろう。より反応を促進させるなら熱したり混ぜたりするんだが……」


 これを混ぜるのは嫌だな。そういえばスライムが水分ならドリが作ったアレが効くかもしれない。


「ドリ、前に作った生石灰持ってるか?」


「ありますよ」


 ドリが懐の革袋の中から石を取り出した。


「それを入れてみよう。有害な煙が出るかもしれないから、口は塞いでおくんだ」


「わかりました」


 布を口に当て、生石灰をスライムツボに投入する。


「いれるぞ……」


 生石灰を投げ込まれたツボの中でスライムが沸き立ちはじめ、シュウシュウと薄い煙が立ち上る。煙が晴れると中のスライムは白く固まっていた。


「……固まりましたね?」


「ガスは……塩素系の匂いはしないな、大丈夫そうだ」


「カケルさん、この白いのなんですか?」


「塩化したのか? いや……これは」


 スライムの白くなった部分を木の枝でついてみるが塩っぽくない。硬さはあるが削ってみるとボロボロと崩れる。


「……これは石膏か? 何でこういう反応になるんだっけな……」


「不思議ですねぇ……でもこれ、スライム死んでますね?」


「……酸性の体から水分が奪われて熱されてアルカリで中和されたら流石に死ぬんじゃないか? そもそも生物なのかも謎だが……」


「……カケルさん、これは大発見ですよ! ディガー垂涎のスライム撃退石です! いや、冒険者もみんな欲しがりますよ!」


「……なんか思ってたのとは違うが、まぁいいか」


 オレは小躍りするドリに石膏化したスライムの処理を任せ、この結果を活かす方針を考えようとして屋敷にもどり……


 ――


「……カケル、くさい」


 我が愛しの主から冷たい言葉を受けたオレは、寒空の下で念入りに体を洗った。

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