冬の一日
「カケルさん、今度のはどうでしょうか?」
「うん、泡立ちもいいし、これなら肌にも使えるだろう」
オレはハイランド家に家臣として迎えられたドリと一緒に、石鹸作りを試していた。と言ってもドリが漁村で集めた石灰岩や貝殻、海藻を焼いたり砕いたりして、いい感じに油と混ぜれば石鹸ができるとかいう雑な指示を出しただけだが。
「それじゃあこの配分で匂い付けして固めますね。……この石鹸、聖都でも売れると思いますけど、本当にボクの手柄でいいんですか?」
「うん? 材料を集めたのも作ったのもドリだろ。オレは作ってもらっただけで満足だよ」
「ボクがやったのは答えのある数式に数を当てはめただけです。錬金術師とまではいいませんが、カケルさんの知識があれば商売でいくらでも儲けられるんじゃないですか?」
「そんなガラじゃないよ。オレなんかたまたま先人の知恵……そのさきっちょを知ってる程度だ。それで儲けるつもりもないし、ハイランドが少し豊かになればそれでいい」
実際オレにそこまでの知識は無いが、それ以上にこの国での科学発展を進めることには不安がある。というのも、国の基盤となっている貴族の魔法が現代科学から見てぶっちゃけ『弱い』のだ。
魔法はすごいはすごいんだが、あくまで個人レベルであり、戦においても戦術的には強くても、戦略的強さはほとんど無いと言える。治癒術は別格だとは思うが……。
そこに科学の発展……例えば火薬、蒸気機関、電気……オレが思いつくのはそれぐらいだが、それらが一般に浸透すれば貴族の統治は揺らぐだろう。
その良し悪しをオレが判断することは出来ないが、少なくともハイランドは善政を敷いている。将来的にその基盤を揺るがすような真似はあまり好ましく無いように思うのだ。
オレは既に、この世界における医療にブレイクスルーを発生させている。感染症が減れば死亡率は下がり、出生率は上がるだろう。その人口爆発に伴う食料自給率の向上は急務だ。そこにはおれも責任を取らねばならないと感じている。
「まぁカケルさんがそれでいいなら何も言いませんが……そうそう、石灰石も焼いてみたら、変な石になったんですよ」
「変な石?」
「こう、冷めても水を垂らすとジュワーって沸騰しちゃうんです。中に熱が残ってるんですかね?」
あーあれだ。駅弁あっためるやつ。何だっけ?
「……生石灰だっけな? そうなると石が冷めても水をかけると沸騰させたり、空気中の水分を乾燥させたりするんだよ。すごいな、これで消石灰も石灰水も作れるはずだ。焼くだけでつくれたのか?」
「いえ、石を焼こうにも焚き火じゃ何にもならなかったので鍛冶屋の炉を借りて熱してみました」
「……オレの指示が適当なのが原因とは言え、よくそこまで試したな。面白いもの作ったもんだ。あんまり手で触るなよ」
「はい。じゃあ石鹸作りは一段落として、次はどうしましょう?」
「……そうだなぁ、とりあえずドリにはハイランドに適した野菜的な果実の栽培を任せたいんだが」
「ピーマンとかトマトの事ですね。作付け時期までには準備しますが、冬は何もできませんよ?」
トマトやピーマン的な野菜は、この国で不人気な果実として食されている。地上で実をつけるものは全て果実であり、それらは神が人の為に用意した食べ物なのだ。もちろん甘いほど人気で、苦いとか酸っぱいものは不人気だと言う。
それでも果実なら、シスターミラをはじめとして信心深い人ほど喜んで丸かじりする。神の作った食べ物に人間の手は不要ということなのだろう。野菜嫌いな人でも果実なら食べるので、領民の栄養のためにもこのあたりを今後作っていきたい。
ちなみにビィはピーマンが嫌いだ。まぁオレもアレを生でガリガリ食うのはどうかと思うので今度ピーマンの肉詰めをリクエストしようと思う。
「ドリにやってもらいたいことか……それなら……」
オレはタコツボを見て不意に思いついた。
「スライム、捕ってきてもらえないか?」
「え……えぇ……? まさかスライムまで食べるとか言いませんよね?」
わりと肝が座ってるドリがドン引きする姿は新鮮だ。
「いや、さすがに食べないが、ちょっと生態を調べておこうと思ってな」
「……どうやって捕まえるんです? 縄とか意味無いですし、触れると溶かされますよ?」
「タコツボにスライムの好きそうなものを仕掛けて、入ってきたら蓋をしてそのままもってくるのはどうだ? 危なそうなら無理しなくていい」
「あー、タコ式ですか。それならまぁ、じゃあ次回ダンジョン行くときに捕ってきますね」
「ああ、頼むよ。よくわからないスライムも、調べたら何かに使えるかもしれないからな」
――
パチパチと弾ける暖炉の前で、ひざ掛けで温もりながらソファで暖を取るのは我が主ベアトリクス・ハイランド。
「暖かそうだな」
「……カケル? ……氷室の様子を見てきたから、少し冷えちゃって」
「声かけてくれれば一緒に行ったのに。……隣いいか?」
「えぇ、どうぞ……氷室ぐらいずっと管理してきたんだから、一人でも心配ないわ」
「……そうか」
パチパチと鳴る火を眺めながら、この間のことをどう謝ろうかと悩む。
「あら……? なんだかいい匂いね……?」
「ああ、ドリと石鹸を作ってたんだ」
「ふふ……カケルはきれい好きよね? 花の香りがする男の人なんて、カケルくらいよ」
オレの肩にスリスリと頬ずりするビィ。
「……この間は、すまなかったな」
「……なんのこと?」
「その……覚えてなくて」
「……思い出した?」
「まぁ……オレたちが出会った時のことだよな?」
ビィはオレと契約する時に言った。『あげられるものならなんでもあげるから』と。彼女は最初からずっと、その覚悟でいたんだ。
「……そうよ、カケルはハイランドを救ってくれた。まだフロストランドの脅威はあるけど、流行り病は治まって、領民はみんな元気を取り戻して、この冬もきっと誰も飢えずにすむわ。……なのに、私はまだ何もカケルに報いてない……」
「だから、オレのものになってもいい……と?」
ビィはゆっくり首を振る。
「ううん、私は……私が、そうしたいの」
パチリと、暖炉の火が弾ける。
「カケルは私のもの。誰にも渡したくない……でも、私は? 私はカケルの、なに?」
「……ビィはオレの主だ」
違う、オレは自分の言葉が言い訳にすぎないとわかってる。
「……じゃあ、私は従者に報いないといけないわね……」
「違う! 報いなんていらない!」
いきなり肩をつかみ勇んだオレにビィは驚き戸惑う。
「……カケル?」
「オレは……ビィの……」
「……私の?」
「オレはただの男として、ビィの愛が欲しい。……キミが好きだ」
真っ直ぐに、その美しい青い瞳を見つめて言った。
「……私も……私もカケルが好き、あなたの愛が欲しい……」
ビィの潤んだ瞳を見て堪らなくなり、オレは彼女を強く抱きしめる。
「愛してる、ビィ」
「あぁ……カケル……私も、あなたを愛してるわ。やっと……あなたが、本当に私のものになってくれるのね……」
「……すまない、待たせて」
「いいの……待つのは女の務めだから……」
彼女の柔らかい唇に口付けをし、オレはもう一度彼女を強く、強く抱きしめた。




