冬の訪れ
「見事なもんだな」
「えぇ、エルゥは弓の名手なのよ」
愛馬を伴いハイランドの高原に吹く風に金髪をなびかせるは我が主ベアトリクス・ハイランド。風の騎士エルフィンは草原を駆け、鹿の群れに向かって弓を射かけては、一頭、また一頭と仕留めていた。
「そっちへいくぞ! 炎剣殿!」
「承知! 我は炸裂する火花!」
馬を駆けるブレイズが周囲に火花が舞いちらせ、群れの逃げ先を彼らフレイムウルフがさらに追い立てる。逃げ先を誘導された群れの先にはハイランドの男衆が待ちうけていた。
「来たぞ、構えろ! ……今だ!」
「「「おぉーー!!」」」
冒険者ギルドのマスターの掛け声で一斉に弓が放たれ次々に鹿を仕留める。盾を構えた男衆を飛び越えようと跳ねる鹿の群れを、更に後ろに控えた槍隊が突いていく。
「これが巻狩りってやつか。ここまで大掛かりとは……まるで軍事訓練だな……」
「まさにそうよ、戦となれば彼らには戦ってもらわないといけないから」
うーん、民兵と侮っていたが男衆は十分戦士だな。少なくともオレよりはみんな強そうだ。
「ハハハハハ! あの大きいのは私がもらうぞ! 子鹿は逃がしてやれ!」
逃げていく鹿を追いかけるエルフィン達。
「一頭ぐらい仕留めろよ! レイ!」
「無茶言うな! あぁ、ライが落ちた!」
野盗退治の追加報酬で馬をもらったレイとライだが、まだ慣れていないらしい。
「そういえばカケルは馬に乗らないの?」
「乗らないというか乗れないと言うか……まぁ乗ったことが無い」
「じゃあ教えてあげるわ。私よりエルゥの方が上手だけど」
「あいつはスパルタだから、最初はビィがいいな。……おっとこっちにも群れが来るぞ」
「えぇ、準備はいい? カケル」
「おう、存分に使え」
オレは大きめの盾を構え、ビィの前で仁王立ちし、ビィはその後ろからオレの肩を発射台に見立てるように腕を伸ばす。ビィのわずかな詠唱のあと、強い冷気が前方に向けてほとばしった。
「我は凍てつく風!」
冷気を受けピキピキと音を立て次々に鹿達が凍りつき、凍りついた足からもつれるように倒れ込んでいった。
「……さすが氷の魔女、すさまじいな」
「……カケルのおかげよ」
エルフィンとの手合わせのあと、オレは自分に向いた戦い方として盾を選んだ。人を斬るのもゴメンだし治るとしても痛いのはやっぱり嫌だからだ。盾があれば安心感があるし、力と体格さえあれば盾でふっ飛ばすのは大体の相手に有効だった。暇があればライに盾の使い方を学んでいる。
そしてビィにもツノ魔石のことを伝えた。ビィ自身もそんな気はしていたらしく、今までと違って魔法を使ってもふらつかないし、魔法を使ったあとはオレから何か温かさを感じていたらしい。直接ふれていると出力もあがるとか。
「……ただこれ、こっちもめちゃくちゃ寒いな」
「そうなのよねぇ……あら?」
「雪か……初雪だな」
「えぇ……ハイランドに冬が来たわ……」
オレは凍える体を奮い立たせ、男衆とともに鹿の解体作業を手伝い、ビィが凍らせた鹿肉を持ち帰った。
――
「野盗の掃討にカケルを?」
「あぁ、構わんだろう?」
とれたての鹿肉に舌鼓うちながら、ハイランド家は今後のことを話し合っていた。
「……だめよ、カケルは戦えないわ」
「そんなことはなかろう。手合わせでは私を下し、盾の扱いも学んでいる。何よりあの自己治癒術は別格だ!」
「でも……」
「……そういえばアヴィ、結局この力は治癒術なのかな?」
自分の事ながら他人事なオレは一人肉を食わないアビゲイルに尋ねる。
「アビィもわからないのです。ただ……術というには魔力を感じないのです。カケルが不倒不偏の怪物……あるいは天使や神に近しい存在のあり様に近いのではないですか?」
「……まぁツノ生えてるしなぁ。教会にバレたらまずいか?」
「……騒ぎにはなるでしょうが、別に悪さしなければ処罰はないのです。そもそも治癒術とも異なりますし、教会にできるのは精々バニシュですが、カケルはもともと異国人なのです」
「なら今度ミラには話しとくか。後でバレてごたつくよりは信頼できる人には話しておこう」
「……だから、カケルは連れてっちゃダメ!」
バンッとテーブルを叩くビィ。
「ええい、カケル自身はどうなのだ!? お前とて男だろう!? 自らの力で民の安寧が守れるならそうするべきだ!」
「……なんか白熱してたんだな。オレは主のビィに従うだけだが……まぁ個人的な意見は反対だ」
「……理由を聞こう」
「理由はいくつかあるが……。一つはビィが心配だ、魔力源であるオレは離れたくない。二つ、そもそもオレたちは戦力を相互補完してる。頑強さと魔法、ツノと魔力だ。三つ、オレはそうとうブチギレない限り恐らく人を殺せない。気性が戦い向きじゃないし、馬にも乗れないし……」
俺は指折り数えながら伝える。
「……わかったわかった。だがベティ、カケルは魔獣の如き馬だ。家で可愛がるだけではその力を発揮できんぞ」
「……わかってるわよ、そんなこと」
せっかく久々にうまい肉をたらふく食えるのに剣呑だなぁ……。
「まぁエルゥの言うこともわかる。今は特に外向けの戦力が不足してるしな。そのためにも俺たちにはもう少し訓練が必要だ。また相手してもらえるか?」
「おぉ! その意気やヨシ、任せておけ!」
ホントは痛いしスパルタだから嫌だけどな。
「実際ベティはカケルがかわいいのですよ。カケルはちょいちょい母性本能をくすぐりますからねぇ?」
「ぶっ!」
アヴィがとんでもないことを言い出した。
「オレのどこにそんな要素があるんだよ!」
「……まぁ、それはわかる」
「それは……そうねぇ……」
……わからん、この世界の感覚が。
「わからないのです? 子供のように痛くて泣いたり、馬車で酔ったり、少年のように奥手なところですよ」
「それは……まぁ、こっちじゃそうなるのか?」
確かにブレイたちは結構女にガンガン行ってたな……というか時々ビィから感じてた母性はそういう事だったのか……複雑な気分だ。
「クフフフ……その反応、カケルはもしや本当にまだ『少年』なのですか? もう冬ですからアヴィが『男』にしてあげてもいいのですよ?」
「ぶっ……ば、バカ言うな、ガキのくせに!」
「クフフ……『妖精の子』のアヴィでもそれぐらいはできるのです」
「なんだカケルはまだなのか? なら種付けの約束もあるのだから私が相手しよう! 騎士として孕むのは困るが、その時はその時だ!」
「なんなんださっきから! 余計なお世話だ」
「しかし、冬だぞ」
「そうなのです」
「冬だからなんなんだ……」
「あのね、カケル。ハイランドの冬は厳しくて、積雪になるとみんな家にいるのよ。……だから、その……」
「……ありていに言えば繁殖の季節ということなのです。今年はただでさえ男が少なく、カケルはたくましい上に『外の血』ですからねぇ。引く手あまたなのですよ」
「……なんというか、貞操観の違いを感じるな……貴族とか、相手を選ぶんじゃないのかよ……」
「……私は、もうカケルのだから……」
とんでもないことを言い始める我が主
「ビィまでオレをからかうなよ!」
「……からかってなんかいないわ、忘れたの? カケル……」
「え……?」
「……私、先に寝るわ、おやすみなさい」
え……?
「あーあ……」
「まったく、二人ともいい年して『うぶ』ですねぇ……」
え……? ええ……?
「ま、ハイランドの冬は長い。ゆっくり親睦を温め合うがいい」
その日のオレはもんもんとして朝まで眠れなかった。




