駆け抜ける一陣の風
「これがタコツボ? どんな仕掛けなの?」
屋敷の庭に届いた素焼きの丸っこいツボの中を青い瞳で覗き見るのは我が主ベアトリクス・ハイランド
「仕掛けはない。これを綱でくくってタコのいるところに沈めるだけだ。ほっといたら入ってくる。」
オレはサンプル用のタコツボを綱で括りながら返答する。
「……そんなのでいいの?」
「あぁ。だから漁場も上から綱で降ろすだけでいい場所を借りた。そこに壺と綱を置く小屋の建築を依頼しておいてくれ。」
「わかったわ」
「そんなに忙しい仕事じゃないから、代官に彼らの人手を貸し出す代わりに監督とタコの加工を頼み、荷馬車がついたら生タコと一緒に出荷してこっちで凍らせるといいだろう。届いたタコは食うも良し、保存してよし、売ってよしだ」
元野盗の領民三人は町に戻り、落ち着くまではじゃがいも採取の仕事につかせた。バニシュ五人はシスターミラに懺悔のあと治癒してもらい、労苦が終われば領民として受け入れることになった。なので五人はいま領内でタコ職に向け壺と綱づくりに専念している。火傷二人はリーダー格で色々と悪いことをしていたらしく王国で改めて裁かれるらしい。たどり着くまでに生きているかはわからない。
「……カケルって、商才もあるのね」
「商才と言うより商売を知ってるだけだ。オレのはただの知識だよ。こっちの数字ぐらいはわかるようになったし、算術は元からできるから、まぁ戦うよりは商売向きだな」
「カケルはもう戦わないで、危ないわ」
「オレだっていやさ」
この世界の戦いは怖い。どいつもこいつも戦う人間は治癒前提で少々のケガを恐れないのだ。敵も味方も即死か致命傷でなければ良いという薩摩武士みたいな戦いをする。治癒の無い野盗ですらあの調子なら、戦闘訓練を積んだ相手は絶対ムリだろう。
「問題は運ぶ際の残りの野盗だな。領民はほぼ回復したが、戦える人間が少なすぎる」
元野盗たちが告白した内容に、野盗の隠れ家情報があった。それを潰さない限りまた襲われるおそれがあるのだ。
「そうね、それならもうすぐ」
ガインとすごい音を立てて屋敷の門が開く。
「いま帰ったぞ! ベティ!」
「エルゥ!! 明日じゃなかったの!? ……あぁ、おかえりなさい!」
ショートヘアの緑髪、シュッとしてて端正な顔立ちの騎士が駆け込んで来て……すごい情熱的にベアトリクスと抱きあった。
「故郷の景色がみえたらたまらなくなって風とともに駆けてきた! 愛馬には無理をさせたが喜んで草原を駆け抜けたぞ!」
「またあなたに会えて嬉しいわ……エルゥ」
「私もだ……ベティ」
……まるでフランス映画でもみているようだ。再開を喜び見つめ合う二人……そのまま熱いベージュを……いやまて、まて、まて!
「ん……初めて見る顔だな? まるで良く躾けられた黒毛の荷馬のような男だ」
緑髪と目があった。褒めてるのか貶してるのかわからん。大人しそうと言われたのはわかる。
「紹介するわ、私の新しい従者でヤマトから来たカケルよ。カケル、この子はエルフィン。私のいとこでハイランドに連なる女騎士よ。聖都の療養から帰ってきたの」
……よかった、女だったのか。危うく百合に挟まる重罪を犯すところだった。
「はじめまして、ヤマトカケルです」
「おぉ、ヤマトの貴族であったか!? 凍えるノース山脈より下りてセイレムを駆け抜ける一陣の風にしてハイランドに連なる騎士エルフィン・ハイランドだ! よしなに!」
なげえよ。
「いえ、貴族ではありませんし、魔法は使えません。ずいぶん長い二つ名ですね」
「ハハハハハ、そうだろう? 二つ名ではなく本名だがな? 騎士になった時にしか呼んでもらったことがない! 次に呼ばれるのは死んだときぐらいだろう」
ずいぶん快活な人だ。なんというか、話しやすい。男と話してる気分だな。本名ってことは現地語で『なんたら・ド・なんたら・フォン・なんたら』みたいな名前なのかな。
「失礼、本名でしたか。えーと……凍えるノース山脈から駆け抜ける一陣の風にしてハイランドに連なる騎士エルフィン・ハイランドであってます?」
エルフィンが片目を閉じ、眉を釣り上げた怪訝な顔で近づいてくる。
「……貴殿まことか? すごい記憶力だな。だが惜しい、凍えるノース山脈から下りてセイレムを駆け抜ける一陣の風……だ」
「まぁこの辺りの地名ですし、意味がわかればなんとか。……凍えるノース山脈から下りてセイレムを駆け抜ける一陣の風にしてハイランドに連なる騎士エルフィン・ハイランド?」
「うむ、正解だ。有能だな。ベティが気にいるわけだ。だがその奇妙な発声はどうやっているのだ?」
二階にあるひさしの深い窓が開き、中からアルビノの少女アビゲイルが顔を出した。
「騒がしいと思ったらやっぱりエルゥなのです。帰ってきたのですね。」
「おおアビィ! 相変わらず子兎のようにかわいいな! 今夜はお前を抱いて眠ろう!」
エルフィンが微笑み両手で投げキッスを送る
「おーいアビィー、オレの話してる言葉なんつったっけ? なんかいい伝え方ないか?」
「……『幽世の言葉』のことです? 精霊と同じ言葉なのですから精霊言語とでも言えばいいのです。魔法でなくとも神代の言葉なのですから魔法みたいなもんなのです」
「……だそうです」
「なら貴族でいいじゃないか。なにはともあれよろしく頼む! せっかく覚えたんだ、私の事はぜひ本名で呼んでくれ!」
「謹んでお断りします。よろしく、エルフィン」
「ハハハハハ! それは残念だ! それでは親睦を深めるため……」
カッカッと姿勢の良い足取りで距離をとり、
「一手手合わせ願おうか」
一陣の風が腰差しのレイピアを抜いた。




