EP 6
商会の影と、激安仕入れの秘密
『ビストロ・アオタ』の噂は、風よりも早く近隣の街へ広がっていた。
「オーク肉がとろけるように美味い」「水が氷のように冷たい」「看板娘が可愛いが、酔うと空を飛ぶことになる」――。
連日の大盛況。優也の帳簿には、順調に売上が計上されていた。
だが、光が強ければ影も濃くなる。
ランチタイムが終わり、客足が落ち着いた頃。
店の前に、豪奢な装飾が施された馬車が止まった。
降りてきたのは、質の良いシルクの服を着て、指輪をジャラジャラとつけた肥満体の男だ。
背後には、強面の護衛を数名従えている。
「……ふん。ここか、最近調子に乗っているという飯屋は」
男はハンカチで鼻を押さえながら、尊大な態度で店に入ってきた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
カウンターの中でグラスを磨いていた優也が、営業スマイルで迎える。
だが、その目は笑っていない。
『鑑定(簿記眼)』が、男の胸元にあるバッジを捉えていた。
大陸屈指の巨大企業――ゴルド商会の紋章だ。
「私はゴルド商会・ルミナス支店長の、ボルゾイだ」
「これはこれは。大商会の方が、このような辺境の店に何用でしょう?」
「単刀直入に言おう。貴様の店、スパイスの出処はどこだ?」
ボルゾイはカウンターにドンと手をつき、低い声で威圧した。
「胡椒、クミン、唐辛子……。貴様の店の料理には、これらがふんだんに使われていると聞いた。我々の調査では、市場価格で金貨数枚分のスパイスが、たった一杯のカレーに入っている計算になる」
この世界において、スパイスは「食べる黄金」だ。
遠い異国から危険な航海を経て運ばれるため、輸送コストが莫大にかかる。庶民が気軽に口にできるものではない。
「それを、銀貨数枚のランチで提供するなど……あり得ん! 明らかなダンピング(不当廉売)だ! 密輸か? それとも盗品か?」
ボルゾイの目が鋭く光る。
もし優也が答えに窮すれば、商会の権力を使って衛兵を呼び、店を潰すつもりだ。
しかし、優也は涼しい顔でコーヒーを啜った。
「密輸? 盗品? ……失礼ですが、貴方の商会の仕入れルートが『非効率』なだけでは?」
「な、なんだと……!?」
「中間マージン(中抜き)が多すぎるんですよ」
優也は空中に指を走らせた。
彼にしか見えない『ネット通販』の電子ボードを操作する。
ボルゾイには、優也が虚空を指で叩いているようにしか見えない。
「生産者から、現地の集荷業者、輸出業者、船会社、輸入業者、卸売問屋、そして貴方の商会……。私の計算では、貴方の店に並ぶまでに、原価は50倍に膨れ上がっている」
優也は、画面に表示された『業務用ブラックペッパー(ホール)1kg 2,800円』の表示を見ながら言った。
「私は、生産地から消費地へ、独自のルートで『直輸入』しています。間に誰も挟まない。在庫リスクも持たない。注文が入れば、数秒で届く」
優也が画面の「購入」ボタンをタップする。
ポン、という軽い音と共に、何もない空間から『GABAN』のロゴが入った銀色の缶が落下し、カウンターに転がった。
「なっ……!?」
ボルゾイが目を剥く。
空間魔法か? いや、詠唱も魔力も感じなかった。
優也は缶を開け、中身をパラパラと小皿に出した。
鼻を刺すような鮮烈な香り。最高級品の黒胡椒だ。
「これが私の仕入れです。輸送費(送料)はかかりますが、プライム会員なので無料の場合も多い。……さて、支店長。私の原価率は適正ですが、何か問題が?」
優也の言葉に、ボルゾイの顔色が青ざめていく。
「直輸入」「数秒で届く」「プライム会員」――聞き慣れない言葉の数々。
だが、目の前の現実は一つ。
この男は、ゴルド商会すら持ち得ない「未知の巨大物流網」を持っている。
(ま、まさか……この男、ただの料理人ではない!?)
ボルゾイの脳内で、勝手な妄想が膨らんでいく。
空間転移で物資を送り込む組織。
世界中のスパイスを牛耳る闇のフィクサー。
国家予算レベルの資金を動かす謎の『アマゾン』という帝国……。
「き、貴様……バックに何がついている!? どこの国の差し金だ!?」
「バック? ああ……」
優也は、画面の左上に表示されているロゴ(矢印がAからZに伸びているマーク)を見て、淡々と答えた。
「『地球規模』の組織ですよ。顧客満足度を第一に掲げる、世界最大の流通業者です」
世界最大。地球規模。
その言葉の重みに、ボルゾイは膝から崩れ落ちそうになった。
勝てない。
こんな化け物じみた組織を相手に、一介の商会支店長が喧嘩を売っていい相手ではない。
「ひ、ひぃぃ……! し、失礼した! 今日のところは帰らせてもらう!!」
ボルゾイは脱兎のごとく店を飛び出した。
護衛たちも慌てて後を追う。
「……ふう。接客態度は三つ星レベルとは言えなかったな」
優也は肩をすくめ、缶に残った胡椒をミルに戻した。
別に脅すつもりはなかった。ただ、事実(Amazonの仕組み)を説明しただけだ。
だが、異世界の商人にとって、現代の物流システムは「神の御業」か「悪魔の所業」に等しい。
「旦那様、なかなか性格が悪いですな」
厨房の奥から、ネギオがニヤニヤしながら顔を出した。
「事実を述べたまでだ。……だが、これで終わりじゃないだろうな」
優也は冷静だった。
商人は、恐怖すれば逃げる。だが、同時に「欲」も深める生き物だ。
あの支店長は、正面からの商売(価格競争)では勝てないと悟った。
ならば、次はどうするか。
「ネギオ、キャルル。今夜は警戒レベルを上げろ」
「はーい! 夜襲ってこと?」
『承知いたしました。……ククク、肥料が増えそうですな』
優也の読み通り、ゴルド商会の闇の部分が、その日の夜に牙を剥くことになる。
だが彼らは知らない。
この店には、最強のポーンと、元近衛騎士、そしてネット通販で武装した料理人が待ち構えていることを。




