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EP 20

ルミナス支店長・青田優也

 ゴルド商会の買収劇から数日後。

 商業都市ルミナスの中央広場には、新しい風が吹いていた。

 かつて重厚で入りにくかった商会のビルは、外壁が白く塗り直され、大きなガラス窓(優也がリフォームした)から店内の様子が明るく見えるようになっていた。

 入り口には、ポップな書体で書かれた看板が掲げられている。

 『アオタ商会・ルミナス支店 & 24時間スーパー』

「いらっしゃいませー! 新商品の『ボールペン』、今ならお試し価格ですよー!」

「石鹸はいかがですかー! 魔物の脂汚れも一発で落ちますよー!」

 元気な声で呼び込みをしているのは、かつてゴルド商会で死んだ魚のような目をしていた従業員たちだ。

 今の彼らは、真新しい制服ポロシャツとエプロンに身を包み、生き生きと働いている。

 理由は単純。

 給料が上がり、残業代が支給され、何より――

「昼休憩だ! 今日の社食は『味噌バターコーンラーメン』だってよ!」

「マジか! 急げ!」

 優也が福利厚生として導入した「賄い制度」が、彼らの忠誠心をカンストさせていたのだ。

 店内には、異世界には存在しない「地球の雑貨」が所狭しと並んでいた。

 インク壺がいらない魔法の筆記具『ボールペン(100円)』。

 肌触りが雲のような『フェイスタオル(300円)』。

 そして、主婦たちが奪い合う『洗濯用洗剤』と『食器用スポンジ』。

 どれもAmazonで仕入れた安価な日用品だが、この世界では「オーパーツ」に近い性能を持つ。

 飛ぶように売れていく商品を眺めながら、青田優也は支店長室の革張りの椅子に座り、コーヒーを啜っていた。

「……物流、人事、資金繰り。すべて安定したな」

 もはや、この街で優也に逆らえる商人はいない。

 価格競争で勝てず、武力でも勝てない。ならば傘下に入るか、顧客になるしかない。

 ルミナスの経済は、完全に優也の手のひらにあった。

「ふん。……悪くない味だ」

 優也の向かいのソファで、狼王フェンリルが優雅にナイフとフォークを使っていた。

 皿の上にあるのは、約束の報酬『A5ランク黒毛和牛シャトーブリアンのステーキ』。

 表面はカリッと焼かれ、中は美しいロゼ色。

「噛む必要すらない。口に入れた瞬間に脂が解け、肉の甘みが広がる……。人間、お前は恐ろしい毒(美食)を俺に盛ったな」

「気に入っていただけて何よりです。……引き続き、店の警備セキュリティをお願いしますよ」

「チッ。……まあ、この肉が食えるなら考えてやらんでもない」

 最強の神獣は、完全に胃袋を掴まれていた。

 そこへ、キャルルとルナが報告書を持って入ってきた。

「優也様ー! 今日の売上、過去最高だよ! 金庫に入り切らない!」

「優也さん、隣街の商人からも『商品を卸して欲しい』って注文が殺到してますぅ!」

 順風満帆。

 誰もがそう思った。

 だが、優也はふと、窓の外に視線を向けた。

 広場の隅。

 賑わう店の様子を、じっと見つめる人影があった。

 白い修道服を纏い、胸に十字架――いや、世界樹を模した聖印を下げた男。

 「聖教会」の神官だ。

 男は、店から出てきた客が持っている「プラスチック製品」を忌々しそうに睨みつけると、懐から通信用の水晶を取り出し、何かを囁いて去っていった。

「……ネギオ」

『はッ』

「あれは?」

『聖教会の巡回神官ですね。……旦那様、少し目立ちすぎましたか。彼らは「未知の技術」や「異端の教え」を嫌います』

 聖教会。

 女神ルチアナと世界樹を信仰する、この世界最大にして最強の宗教組織。

 国家すら凌ぐ権力を持ち、異端審問官という名の処刑部隊を持つ彼らが、優也の「科学技術(Amazon)」に目をつけたのだ。

「……面倒なことになりそうですねぇ」

 ルナが、窓の外を見ながらポツリと呟いた。

 その顔色が、真っ青だ。

「どうした、ルナ? 聖教会が怖いのか? お前、エルフの王族だろ?」

「あ、あはは……。そ、そうなんですけどぉ……」

 ルナは視線を泳がせ、指先を合わせながら、とんでもないことを口走った。

「実は私……ただの迷子じゃなくて……」

「なくて?」

「聖教会から、『国家転覆級のS級指名手配犯』として追われてるのを忘れてました☆」

 「「「はぁぁぁッ!?!?」」」

 優也、キャルル、そしてステーキを食べていたフェンリルまでもが声を揃えた。

「お前、何をしたんだ!?」

「えっとぉ……世界樹の神託を受ける儀式の最中に、くしゃみをして神器(世界樹の杖)を暴走させて……大聖堂を半壊させちゃって……そのまま怖くて逃げてきたんですぅ……テヘッ☆」

 優也は頭を抱えた。

 経済を支配し、魔王と狼王を手懐けた彼だったが、まさか身内に「世界を敵に回す爆弾」を抱えていたとは。

「……テヘッ、じゃない! この馬鹿エルフ!!」

 優也の怒号が響く。

 だが、時は既に遅い。

 聖教会の異端審問官たちが、このルミナス支店に向けて進軍を開始していることを、彼らはまだ知らない。

 三つ星シェフの次なる戦場は、神と信仰が支配する「聖都」。

 そこで彼は、世界樹の真実と、この世界の根幹に関わる秘密(と、新たな食材)に出会うことになる。

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