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EP 15

ラーメン・パニック(行列)

 ルミナスの中央広場は、奇妙な膠着状態にあった。

 突如現れた銀色の巨塔キッチンカーと、そこから漂う強烈な匂い。

 市民たちは遠巻きに囲むだけで、誰一人として近づこうとしなかったのだ。

「……なんだあの匂いは。獣臭いぞ」

「でも、妙に腹が減る匂いだ……」

「銀貨一枚(1000円)だってよ。今日のパン代より安いが、怪しすぎるだろ」

 ゴルド商会の経済封鎖により、街の物価は高騰している。

 温かい肉料理など、今の庶民には高嶺の花だ。

 だが、あまりに異質すぎる店舗と、「豚骨」という未知の香りへの警戒心が勝っていた。

 キッチンカーの中で、キャルルが不安そうに窓から覗く。

「優也様、誰も来ないよぉ……。やっぱり臭いのかな?」

「想定内だ。未知の食文化には、最初の『勇気ある一人目』が必要なんだ」

 青田優也は、寸胴鍋を混ぜながら冷静に時計を見た。

「……そろそろ『仕込み』が到着する頃だ」

 その時だった。

 群衆を割り、二人の人物が歩み出てきた。

 深々とフードを被った旅人のような二人組だ。

「あら~、いい匂いねぇ。私、これ一杯いただくわ」

「私もだ。……腹が減って死にそうだ」

 一人は妙に色っぽい声の女性。もう一人は凛とした冷たい声の女性。

 彼女たちは迷うことなくキッチンカーの前に立ち、カウンターに銀貨をチャリンと置いた。

「へい、いらっしゃい!」

 優也はニヤリと笑い、目配せをした。

 フードの下から、女神ルチアナと魔王ラスティアが、ウインクを返してくる。

 昨夜のうちに『新メニューの試食会がある』と連絡を入れておいたのだ。彼女たちは、これ以上ない最強の『サクラ(客引き)』である。

「お待たせしました。『特製豚骨ラーメン』二丁!」

 優也が出したのは、発泡スチロールの容器ではなく、あえて陶器の丼だ。見た目の高級感を演出する。

 白濁したスープ、極細麺、そして丼を覆い尽くすチャーシュー。

 ルチアナとラスティアは、広場の真ん中にあるベンチに座り、フードを少しだけ上げて――。

 ズズッ、ズズズズズッ!!

 盛大な音を立てて麺をすすり上げた。

 この世界に「すする」という食文化はない。その行儀の悪そうな音に、市民たちがギョッとする。

 しかし。

「ん~~っ!! 美味しい~っ!!」

「……ッ! この脂! このコク! 身体が熱くなるわ!」

 二人の演技……いや、本心からの歓喜の声が広場に響いた。

 ルチアナがスープを飲み干し、恍惚の表情で吐息を漏らす。ラスティアがチャーシューを頬張り、幸せそうに頬を緩める。

 その姿は、あまりにも「美味そう」だった。

 ゴクリ。

 見ていた市民の誰かが、喉を鳴らした。

「あんな美人が……夢中で食ってるぞ?」

「もしかして、美味いのか?」

「あの湯気を見ろよ……温かそうだ……」

 寒空の下、空腹に耐えていた市民たちの理性が揺らぐ。

 そこへ、トドメの一撃が入った。

「おい貴様ら!!」

 助手席に座っていた狼王フェンリルが、窓から身を乗り出し、凶悪な顔で怒鳴りつけた。

「さっきから見ていれば、食わぬなら失せろ! この至高の香りを嗅ぐだけでタダで済むと思うなよ! 俺の分がなくなるだろうが!」

「ひぃッ!? す、すいません食べます!」

 あまりの迫力にビビった男が、反射的に銀貨を出してカウンターへ走った。

 それが合図トリガーだった。

「お、俺も!」

「私にも一杯くれ!」

「子供がお腹を空かせてるんだ!」

 堰を切ったように、客が殺到した。

 ***

 そこからは、戦場だった。

「キャルル、湯切りだ! 3秒!」

「はいっ! せーの、チャッチャッ!」

「ルナ、盛り付け! チャーシューはケチるな、5枚乗せろ!」

「わわっ、スープこぼしそうですぅ!」

「ネギオ、洗い場と行列整理!」

『御意。……おい人間ども、一列に並びなさい。割り込みは海藻にしますよ』

 次々と提供されるラーメン。

 手にした市民たちは、最初の一口ですべてを理解した。

「う、うめぇぇぇぇ!!」

「なんだこれ! 身体の中から温まる!」

「肉だ! 久しぶりの肉だ! しかもとろける!」

 豚の脂と炭水化物。

 人類が本能的に求めるカロリーの塊が、飢えたルミナス市民の脳髄を直撃した。

 彼らは寒さも忘れ、鼻水をすすりながら夢中で麺をすする。

 一杯食べ終わった者が、すぐに列の最後尾に並び直す。

 広場はあっという間に、数百人の大行列で埋め尽くされた。

 ***

 その光景を、広場に面したゴルド商会のビルから見下ろしている男がいた。

 支店長のボルゾイだ。

「な、なんだあの行列は……!?」

 彼は信じられないものを見ていた。

 商会の食堂はガラガラだ。それどころか、昼休憩に出た商会の従業員までもが、制服を着たままあの行列に並んでいるではないか。

「馬鹿な……。物流は止めたはずだ! どこからあんな大量の肉と小麦を調達した!?」

「し、支店長!」

 部下が息を切らせて飛び込んできた。

「た、大変です! 市民たちが『アオタのラーメンを食べないと力が出ない』と言って、ウチのパンやスープを買わなくなっています! このままでは今日の売上がゼロに……!」

「おのれ……おのれぇぇぇッ!!」

 ボルゾイは窓枠を叩きつけた。

 経済封鎖をしたはずが、逆に自分の首が絞まっている。

 あの銀色の箱は、ただの屋台ではない。この街の「食のシェア」を一瞬で奪い取る、恐るべき戦略兵器だ。

「……ええい、こうなれば手段は選ばん!」

 ボルゾイの目に、陰湿な光が宿る。

「あの店に『毒』を盛れ。……物理的にではない。もっとタチの悪い、風評という毒をな」

 広場の熱狂の裏で、卑劣な罠が動き出そうとしていた。

 だが、優也はまだ手を休めない。

 丼を洗い、麺を茹でながら、冷静に計算していた。

(サクラ作戦、成功。損益分岐点は突破した。……さあ、次はどう出てくる? ゴルド商会)

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