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EP 14

出撃! キッチンカー・アオタ号

 『ビストロ・アオタ』の前に出現した巨大な影。

 それは、朝日に照らされてギラギラと輝く、銀色の城塞だった。

「な、ななな、なんですこれぇぇ!?」

「おっきい! 鉄の馬車!? でも馬がいないよ!?」

 ルナとキャルルが、口をあんぐりと開けて見上げている。

 全長約7メートル。ステンレス製のボディ、跳ね上げ式の側面パネル、そして屋根には排気ダクト。

 日本のフェスやイベント会場で見かける、最新鋭の**大型キッチンカー(移動販売車)**だ。

「これが俺たちの新しい武器だ」

 青田優也は、愛おしそうにボディを撫でた。

 『ネット通販』での購入価格、日本円にして約800万円(中古・厨房機器フル装備)。

 痛い出費だが、ゴルド商会の経済封鎖を突破するには、これしかなかった。

「店舗で待っていても客は来ない。食材も入らない。ならば、こちらから打って出る。……『移動要塞』でな」

 優也は全員に集合をかけた。

「総員、配置につけ。これよりオペレーション『豚骨進撃』を開始する」

「「『ラジャー!』」」

 優也の指示で、スタッフが動き出す。

「ネギオ、運転席へ。お前は機械の操作学習が早いはずだ。ドライバーを頼む」

『承知いたしました、旦那様。……ふむ、この鉄のゴーレム、なかなかの馬力ですな』

 ネギオが運転席に乗り込み、興味深そうにハンドルを握る。植物の触手がペダルやシフトレバーに絡みつき、感覚を同調させていく。

「ルナ、キャルル。お前たちは後部キッチンだ。移動中にスープの仕上げと、麺の仕込みを行う。揺れるから気をつけろ」

「は、はいっ! 酔わないように頑張りますぅ!」

「任せて優也様! 鍋がひっくり返らないように私が押さえてる!」

 二人が後部ドアから乗り込む。中は最新の厨房機器が揃った、夢の空間だ。

「そして、フェンリル」

 優也は、腕組みをして不機嫌そうに立っている狼王に向き合った。

「お前は助手席だ。現場に着いたら、店の前で仁王立ちして『看板』になれ」

「……あぁん? この俺が客引きだと? 舐めるなよ人間」

「嫌なら降りてもいいですが……今日の賄いである『炙り角煮チャーシュー麺』は無しになりますね」

「…………チッ。乗ればいいんだろう、乗れば」

 舌打ちしながらも、フェンリルは助手席にドカッと乗り込んだ。神の威厳は、豚の角煮の前に脆くも崩れ去った。

 準備完了。

 優也もキッチンに乗り込み、ネギオに合図を送る。

「ネギオ、エンジン始動」

 キュルルル、ズドンッ!!

 静かな森に、大型ディーゼルエンジンの重低音が轟いた。

 鳥たちが驚いて飛び立ち、地面が微かに震える。

「目的地、商業都市ルミナス。中央広場。……出撃ソウルティ!」

 プシューッ! というエアブレーキの解除音と共に、銀色の巨体が動き出した。

 舗装されていない街道を、サスペンションをきしませながら進んでいく。

 すれ違う旅人や馬車が、目を見開いて道の端に避難し、腰を抜かして見送る。

「あ、あれはなんだ!?」

「銀色の魔獣だ! 逃げろぉぉ!」

 パニックを引き起こしながら、キッチンカー・アオタ号は土煙を上げて爆走した。

 ***

 商業都市ルミナス。

 ゴルド商会の本拠地であり、この地方最大の経済の中心地だ。

 だが、最近の街の雰囲気は暗い。

 商会が『ビストロ・アオタ』への兵糧攻めを強化した結果、流通が滞り、市場の野菜や肉の値段が高騰していたのだ。

「今日も野菜が高いな……」

「肉なんて、もう一週間も食べてないわ」

 市民たちがため息をつきながら広場を行き交う中、遠くから異様な音が聞こえてきた。

 ズズズズズ……という地響きと、低い唸り声のような音。

 門番たちが慌てて槍を構える。

「な、なんだ!? 魔物の群れか!?」

 次の瞬間。

 城門をくぐり抜けて、その「銀色の城」が姿を現した。

「!?!?!?」

 街が凍りついた。

 太陽光を反射して輝く金属のボディ。馬もいないのに自走する巨大な箱。

 それが、ゴルド商会の支店ビルが見下ろす、街一番の中央広場のど真ん中に、堂々と停車した。

 プシュゥゥゥ……ン。

 エンジンが停止し、静寂が戻る。

 市民たちが遠巻きに様子を伺う中、車体の側面がウィーンと音を立てて跳ね上がった。

 中から現れたのは、清潔な白いコックコートに身を包んだ青田優也と、エルフと獣人の美少女店員。

 そして、車の前に仁王立ちする、凶悪なオーラを放つ銀髪の青年フェンリル

 だが、市民の注目を集めたのは、それらではなかった。

 開いたキッチンから漂い出した、強烈な『香り』だ。

 移動中に煮込まれ、完成の域に達した濃厚豚骨スープの香り。

 それが、食料不足に喘ぐ市民たちの鼻腔を直撃した。

「な、なんだこの匂いは……!」

「臭い……いや、美味そうなのか……?」

 ざわめきが広がる。

 優也は、車体に備え付けられた拡声器スピーカーのマイクを手に取った。

 キィン、というハウリング音の後、彼の冷静な声が広場中に響き渡った。

『ルミナス市民の皆様、こんにちは。噂の『ビストロ・アオタ』が、皆様の胃袋を救済に参りました』

 優也はニヤリと笑い、寸胴鍋の蓋を開け放った。

 白い蒸気が、狼煙のように空高く舞い上がる。

『当店自慢の新メニュー、熱々の『豚骨ラーメン』。……一杯、銀貨一枚(1000円)で提供いたします。さあ、とびきりの一杯を、召し上がれ』

 宣戦布告。

 敵の本拠地のど真ん中で、三つ星シェフの反撃の狼煙が上がった。

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