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EP 11

兵糧攻めと、逆転の新メニュー

 『ビストロ・アオタ』の朝は、いつもなら仕込みの香りと活気に満ちているはずだった。

 だが、今朝の厨房には、重苦しい空気が漂っていた。

「……旦那様。ご報告申し上げます」

 執事のネギオが、いつになく真剣な表情(顔の樹皮を硬くして)で優也の前に立った。

「今朝届くはずだった野菜、肉、卵……全ての納品がキャンセルされました」

「理由は?」

「『在庫切れ』だそうです。近隣の農家、卸問屋、全ての業者が口を揃えてそう言いました。『アオタの店に回す分はない』と」

 優也は手元のタブレット(電子帳簿)を閉じた。

 先週までは「ぜひ買ってくれ」と頭を下げてきた業者たちが、一斉に手のひらを返した。

 偶然ではない。明確な意思が介在している。

「あのぉ、優也さん……」

 ルナがおずおずと手を挙げた。

「さっき、街へ買い出しに行ったんですけど、どこのお店でも『お前たちに売る商品はねぇ!』って塩を撒かれて……」

「私もだよ! 冒険者ギルドで解体したお肉、買い取ってもらえなかった! 『アオタの関係者とは取引禁止だ』って!」

 キャルルが悔しそうに拳を握りしめる。

 優也は静かにコーヒーを啜った。

「なるほど。『経済封鎖』か」

 相手は、この地域の物流を牛耳るゴルド商会だ。

 正面からの武力行使(夜襲)が失敗したため、今度は彼らの得意分野である「商流」を使って、優也の店を干上がらせる作戦に出たのだ。

 飲食店にとって、食材の供給停止は死刑宣告に等しい。

 ……普通の店ならば。

 ***

 同時刻。商業都市ルミナスにあるゴルド商会・支店長室。

「ククク……そろそろ泣きが入る頃か?」

 支店長のボルゾイは、朝から高級ワインを傾け、窓の外を見下ろしていた。

 眼下には、自分の命令一つで動く街の市場が広がっている。

「どんなに腕が良かろうが、材料がなければただの箱だ。肉も野菜も手に入らない料理人に何ができる?」

 ボルゾイは、先日優也に見せつけられた屈辱を忘れてはいなかった。

 謎の物流ルートを持っているとは言っていたが、水や基本的な生鮮食品まで全てを賄えるはずがない。

 地盤を固めた大手商会の政治力を、思い知らせてやる必要がある。

「土下座して詫びてくれば、傘下に入れてやってもいいがな。……あの店と『スパイスのルート』を差し出せばの話だが」

 ボルゾイは勝利を確信し、下卑た笑い声を上げた。

 ***

 一方、『ビストロ・アオタ』。

「ど、どうしましょう優也さん! このままだとランチが出せません! お店が潰れちゃいますぅ!」

 ルナが涙目で右往左往している。

 だが、優也は呆れたように息を吐いた。

「何を慌てている。……ネギオ、在庫確認だ。水は?」

『Amazon定期便で届いたミネラルウォーターが、倉庫に山ほどございます』

「調味料は?」

『醤油、味噌、塩、砂糖、スパイス類。全て業務用サイズで、向こう半年分は確保済みです』

「なら問題ない」

 優也は椅子から立ち上がった。

 彼の顔には、焦りどころか、獲物を前にした狩人のような冷徹な笑みが浮かんでいた。

「あちらさんがその気なら、受けて立つまでだ」

 優也にとって、現地の食材を使う理由は「地産地消によるコスト削減」と「鮮度」だけだ。

 それが手に入らないなら、別のルートを使えばいい。

 彼には、地球という最強の後方支援バックヤードがある。

「むしろ好都合だ。現地の食材が使えないなら、『100%地球産の食材』だけで構成されたメニューを作ればいい」

 優也は空中に電子ボードを展開した。

 これまでは、異世界の住人の舌に合わせて、現地の食材をフレンチの技法で調理してきた。

 だが、今回は違う。

 商会が手出しできない「完全なる未知の味」で、客を根こそぎ奪う。

「ルナ、キャルル。今日のランチは休業だ。……その代わり、明日から『新メニュー』で勝負をかける」

「し、新メニュー?」

「ああ。原価が安く、中毒性が高く、一度食べたら忘れられない……魔性の料理だ」

 優也の指が、検索画面にキーワードを打ち込む。

 『強力粉(業務用25kg)』『かんすい』。

 そして――『冷凍豚骨(ゲンコツ・背骨)10kgセット』×20。

購入ポチッ

 ドサドサドサァァッ!!

 何もない空間から、巨大な段ボール箱が次々と落下し、厨房の床を埋め尽くした。

「ひゃっ!? な、なにこれ!?」

「骨……? 優也様、これ全部骨だよ!?」

 箱からこぼれ落ちたのは、白く凍った大量の動物の骨。

 それを見たルナが、顔を青くした。

「ま、まさか優也さん……商会への恨みで、スケルトン軍団を作って戦争を仕掛ける気じゃ……!?」

「違う。これは『出汁だし』をとるための宝石だ」

 優也は、凍ったゲンコツ(大腿骨)を手に取り、その断面を愛おしそうに撫でた。

「商会の連中は思い知ることになる。……中途半端な兵糧攻めが、かえって怪物を目覚めさせたことをな」

 優也が作ろうとしているのは、フレンチではない。

 日本の食文化が生んだ、最強の集客装置。

 ――『ラーメン』だ。

 それも、上品な醤油ラーメンではない。

 豚の骨を粉々になるまで煮込み、骨髄の旨味を余すことなく抽出した、濃厚豚骨ラーメン。

 その強烈な「匂い」は、食欲という本能を直接殴りつける凶器となる。

「ネギオ、寸胴鍋をありったけ用意しろ。キャルル、薪を割れ。ルナ、火力最大で湯を沸かせ」

 三つ星シェフの目が、ラーメン屋の親父の(しかも頑固一徹な)目に変わった。

「ここから24時間、火を絶やすな。……この一帯を、豚骨の香りで染め上げてやる」

 こうして、ゴルド商会の経済封鎖に対する、青田優也の「倍返し」の仕込みが始まった。

 翌日、店から漂い出すその「香り」が、新たな最強生物トラブルを呼び寄せることになるとは、優也もまだ計算に入れていなかった。

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