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第三話 変わりゆく日常 (2)

(ここも相変わらずだな。俺が中学の頃からずっと荒れ放題だ)


 張り巡らされたタイガーロープを跨ぎ、荒れた土を踏みしめる。公園内に広がった光景を見渡せば、秀彰の心に懐かしさと同時に侘しさがこみ上げてきた。


 園内には錆だらけになった遊具の残骸から始まり、虫食いや割れ傷の目立つ木製ベンチ、収集されていないゴミ箱、商品棚の破損した自動販売機など、一目で管理放棄された様子が覗い知れる。


 その原因とも言えるのが、公園を取り囲むように建設されたオンボロの県営団地だ。母が言うには、元々この公園は団地住人の利用を目的とした住区基幹公園として造られたそうだ。


 それが数年前の団地建て替え工事によって、住んでいた入居者らは新しい公営住宅へと移り住み、利用客の居なくなった公園は取り壊される日を待つのみとなっている。中途半端に処理されたまま放置されているのは、行政側の事情らしいが、詳しいことは秀彰にも分からない。


 昔は近所の子供がやってくる事もあったが、誰が流したか『幽霊が出る』という噂のせいでそれもめっきり減った。廃墟公園という呼び名もそれに拍車を掛けているだろう。今では怖いもの見たさに変わり者が訪れるくらいだ。


 成り行き事情はどうあれ、この場所は痕印者の能力を測るのに願ってもない環境にあるという訳だ。目撃者や巻き添えに気を配る必要もないし、建物の一部が壊れたところで誰も気が付きはしない。何か起きても、向こうが勝手に霊の仕業にしてくれる。


(問題はどうやって能力を発動させるか、だな)


 軽くストレッチをしながら、秀彰は頭を捻る。初歩中の初歩だが、現状一番難しい問題でもある。なにせ取扱説明書も無ければ、手取り足取り指導してくれる教官も居ないのだから。まずは手探り、行き当たりばったりで方法を暗中模索し、取っ掛かりを得るしかないだろう。その上で訓練を重ね、最適の手段を確立していけばいいのだ。


「すぅぅっ……」


 秀彰は目を閉じ、心を落ち着かせる。高めた意識を、痕印の刻まれた肩口へと向けた。


(幸運にも俺は痕印者が能力を使う場面を目の前で見ている。思い出せ、あの時のヤツの一挙手一投足――その全てを)


 記憶を辿り、トレースしながら脳裏に描いていく。幾重にも張り巡らされた思念の糸が、おぼろげなイメージを紡ぎだす。次第に秀彰の脳内にはパーカーを着た不気味な男の姿が顕現した。


(……右手を掲げ、何かを叫んでいる)


 同じように秀彰も右手を掲げ、口を開く。だが、開いただけで何を唱えれば良いかなんて分かるはずがない。


「……ぁ、る、と」


 だが、それは杞憂だった。

 突如、秀彰の唇が意思を持ったように勝手に動き始め、出来損ないの言葉を告げた。不気味なオカルト体験だが、当人にしてみれば嬉しい誤算だ。


 自分ではない何かの意思を甘受しつつ、それに従うように秀彰は喉から空気を絞り出して声出しをサポートした。


「……ぃ……なるとぉ…」


 吐息混じりの声は次第に大きくなり、やがてはっきりとした言葉へと変わっていった。


「ワイ……ナルト…ッ」


 繰り返された声は、『ワイナルト』という一つの言葉になった。聞き覚えのない言葉なのに、不思議と馴染みのある響きに思える。例えるなら、幼少期の呼び名のような、胸にすっと入り込んでくる感覚。


(名前――そうか、そういうことか……ッッ)


 その答えに辿り着いた時、秀彰の背筋に雷に打たれたような衝撃がひた走った。閉じていた目を見開き、掲げていた右手をゆっくりと下ろす。するとひとりでに動いていた唇はピタリと止み、辺りには静寂が戻った。


「すぅぅぅ……」


 再度呼吸を整え、瞳を閉じる。たった数分の内に、暗がりの中から一筋の光を見つけた。そんな気分だった。


 高まっていく意識の中、秀彰は右手を掲げる。そして今度は自らの意志で、その名を――己が痕印の名を、あらん限りの声力で咆哮した。


「『ワイナルト』ォォォォォッッッ!」


 瞬間、猛烈な砂埃が周囲に巻き起こり、視界が霞む。地表を根こそぎ持ち上げるような、凄まじい感覚に呑まれ、思わず秀彰の身体も見えざる力に持って行かれそうになった。それでも負けじと足裏に力を込め、腕を下げずに発動を続ける。


 やがて巻き上がった砂埃が地面へと帰着し、視界が晴れると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


(な、なんだこれは……!?)


 掲げた腕の先にあった砂場が丸ごと空中で静止している。いや、よく見れば浮き上がっているのは、砂だけだ。砂中に埋もれていたと思しき空き缶やスコップらは、カラカラと乾いた音を立てつつ、砂の隙間から零れ落ちていく。


(砂だけが浮かび上がったってことは、俺の痕印は”砂を操る能力”か? ……いや、これだけで判断するのは早計だ)


 暫く砂の動向を見守っていたが、地上三メートルほどの位置で止まったまま、動く気配はない。要領を得ぬまま、これが自分の能力かと内心で呟いた途端、秀彰の心は言いようのない喪失感に包まれる。


(おいおい嘘だろ、ホントにこれっぽっちかよ!?)


 それが秀彰にとって嘘偽りのない、正直な感想だった。パーカー男が見せたのは、不可視の刃で物体を切り裂くような超常能力。それをベースに考えるのなら、対象を爆発させたり瞬間冷凍させたり、そんな派手なモノが自分にも使えるのだと、勝手に思い込んでいた。だが、現実に起こった結果はこれだ。


 『期待はずれ』、その言葉が秀彰の頭の中をグルグルと回り、冷静だった思考を掻き乱す。まだ最終的な結論を出すのは早すぎると分かっていても、沸き上がってくる苛立ちは抑えきれない。


「クソッッ!!」


 怒りに任せ、秀彰は転がってきた空き缶を蹴飛ばす。張り詰めていた集中の糸が一挙に切れた。そして――恐らくそれが、次の現象への駆動条件となった。


(……なんだ?)


 望んでいた第二変化。それは秀彰の予期せぬタイミングで訪れる。

 異様な気配を感じ取り、ふと俯いていた顔を上げるとそこには、砂場の上に浮かんだはずの大量の砂々。それがあろうことか、発動者の彼目掛けて突っ込んできたのだ。


「な――ッッ」


 何が起こったのか、考えている余裕など微塵もなかった。秀彰は咄嗟の判断で両腕をクロスし、顔面をガードする。それが精一杯だった。


「……ぐぐッ……おぉぉぉ…ッッ!!!??」


 斜め上空から飛来した砂は凄まじい勢いを伴って、秀彰の身体へと容赦なく降り注ぐ。猛烈な雹の嵐を真っ向から受け止めているような感覚に、苦悶の叫びすら上げられない。


(な、なんなんだよ、一体……ッッ!?)


 時折混じる小石の尖端で服が裂け、じわりと肌から血が滲む。痛みよりも、何が起こっているのか分からないという不安の方が、秀彰の心に深刻なダメージを与えた。


 永劫に続くかと思えた長い苦痛の期間だが、実際には数秒間の出来事だったらしい。


「……がはっ……けほっ……、ふぅ……はぁ……」


 音が止んだのを確認し、ゆっくりと腕を下げる。もうもうと立ち込める砂煙に噎せ返りながらも、ようやく凶悪な災害が過ぎ去った事に安堵し、秀彰は溜めていた息を緩やかに吐き出した。


「ぐ……ッッ」


 途端、限界を超えた疲労を感じ、秀彰は崩れ落ちるようにその場へ尻もちを付いた。ずしゃり、と背中越しに大量の砂の感触が伝わる。振り向く気力もないが、推測することは可能だ。先程飛来してきた砂の集積分だろう。


「はぁはぁ、ぐ……ッ、ペッッ!」


 口内に溜まった砂埃混じりの血を地面に吐き捨てる。危うく自分の能力に殺されるところだった。


「じゃじゃ馬にも程があるだろ畜生……ッ!」


 握りしめた拳を地面に叩きつける。鈍い痛みがこみ上げ、まだ自分は生きているということを教えてくれた。昂ぶった気持ちが少しだけ穏やかになる。


「ふぅぅ……」


 秀彰は長く大きな溜め息を吐き、気分をリセットさせようと試みた。散々な目にはあったが、得られたモノは決して少なくはない。記憶頼りの見様見真似で能力発動に漕ぎ着けたのは、奇跡と言ってもいいはずだ。


(今回の実験で判明したのは、痕印発動に至るまでの手順と効果対象。『右手を掲げ、痕印の名を叫ぶことで、砂場の砂が浮き上がった』。その後の発動者への強襲も含めての効果なのかは、現状では分からんな。不慣れな発動による暴走ということも十分考えられる)


 秀彰は脳内ノートに書き記すつもりで、事の一部始終を思い返した。後はこの手順を繰り返して最適化し、痕印能力の根幹部分を完全に把握する。能力の良し悪しを論じるのはそれからでも遅くはないだろう。


(それにしても……馬鹿みたいに疲れたな)


 千鳥足の酔っぱらいのように、ふらふらと足元をおぼつかせながら、秀彰はどうにか公園の入り口まで歩く。


(今日のところは一旦家に戻って、自室でのんびり過ごすか)

 

 眉間から滴る赤い液体を服の袖で拭こうとして、秀彰ははたと気付いた。


「なんつって言い訳すりゃあいいんだよ、コレ……」


 目下に広がるお気に入りの私服は、鮮血と砂埃まみれでボロボロだ。重い足取りがさらに重くなる。頭に浮かんでくるのは烈火の如く説教を垂れている母親の姿。


「はぁ………」


 どこかに耳栓でも落ちてないかと見渡しながら、秀彰はため息混じりに家路へと向かうのだった――。

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