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第六話 悪魔の仔 (5)

 日を跨いだ深夜、聖痕民団の拠点にて――。


「顔を上げろ……世良、柳」


 実年齢の知れぬ重厚な声。聖痕民団最高権力者、鳳の命令に従い、膝を立て顔を伏せていた二人の幹部が視線を上げる。


「ハッ、どのような処罰を下されようと、甘んじて受け入れる覚悟でございます」

「……」


 世良の表情は硬く険しいのに対し、柳は平然とした面構えだ。保護観察中の幹部候補生の脱走を手助けした張本人というのに、その顔には微塵も責任が感じられない。その肝の座りっぷりは、もはや常人の域ではなかった。


 もし、鳳が彼の蛮行を知ればどうなることか。否、この男は全てを知り、来るべき未来を予感し、その上で柳を重役に据え置いていたのだった。これしきの独断行為で罰するほど狭量ではない。


「そう厳しい顔をするな。たかが重傷、あの小僧にしては程よい灸を据えられたではないか。教育係とはそうした罰も含めて与えるものだ、覚えておけ」

「はっ、以後心に刻んで参ります」


 世良は再び顔を下げ、そのまま微動だにせず主に謝意を示した。


「では鳳様。儂もそろそろお暇したいと思いますわい」

「構わんが、その前に一つだけ訊かせてもらおう――例の『種』の培養は進んでいるか?」


 その単語を聞いた柳は白い眉をピクリと震わせ、愉快げに答えた。


「えぇえぇ、それはそれは見事な塩梅に仕上がっておりますゆえ。そうですなぁ、あと半年もすれば被験体に投入しても良い頃かと」

「我々聖痕民団の祈願を成就させる為には是が非でもモノにしなければならぬ研究だ。こればかりは今回のような失態は決して許さん――分かるな?」


「ご(もっと)もで」


 柳も世良同様深々と頭を下げたが、数秒後には起き上がってスタスタとその場から去ってしまった。


「……礼儀知らずの痴呆老人が」


 去りゆく間際、ボソリと世良が呟く。鳳は反応しなかった。


「それと世良よ。『渡り鳥(マイグラトリィ)』の報告では、もう一つ気がかりな点があったと言ったな。詳しく話してみろ」

「はい、瀬能亮太を斃した痕印者は元特行第零課の真田煉華に間違いありませんが、その場にもう一人、高校生と思しき男が居ました。そいつも彼女の仲間かと」

「ふむ、どんな奴だ?」


 外見ではなく痕印者としての特徴を問われたのだと判断した世良は、床に置いてあったカルテを取り出し、そのメモを元に答えた。


「瀬能亮太を回収する手前、私は隙を窺って真田煉華を銃撃しようと試みました。それを赤坂と呼ばれていた男が周囲に散らばっていた瓦礫を使役し、防ぎました。恐らく能力媒介は砂・地面に類するモノです。とりたてて珍しい能力ではありませんが――」

「お前の痕印能力の特性上、先立って気配を察知されることはまずない。その上で完全な不意を突いたにも関わらず防がれたのは一考に値すると?」

「左様でございます」


 なるほどな、と鳳は呟いて、玉座に見立てた仰々しい作りの椅子に腰掛けながら、顎を擦った。


「クク、中々面白い奴だな。痕印者の能力とは別の才能を持っていると見える。『勘が良い』とは末恐ろしいぞ。突き詰めればそれは未来予知にも繋がりかねんからな」

「では、早めに始末致しましょうか?」


 世良の物騒な提案を鳳はしばし考えた後、首を左右に振った。


「現段階でそこまで過剰に警戒する必要はない。だが、全くの放置というのも気に掛かる。どうだ、お前の方で動かせそうな手勢は居ないか?」

「少々お待ちくださいませ――はい、一人居ました」


 世良がカルテを板ごとピンと指で弾くと、瞬く間に挟んであった紙の量が数倍以上に膨れ上がった。留め具がはち切れそうなほどのカルテをバララララと物凄い速さで読み進め、一人の情報を探し当てる。


「『渡り鳥(マイグラトリィ)』の収集データと私の個人データを照合した結果、真田煉華と赤坂は同一の高校に通っていることが判明しております。ちょうどそこに潜入している構成員が一人居りますので、それを刺客として差し向けましょう。ただ、あの真田煉華と正面から渡り合うのは少し厳しいかと」

「それで良い。狙いはあくまで赤坂とかいう小僧だけだ。使い捨ての駒で構わぬ。 『焔心の魔女』を始末するにはそれ相応の戦力と準備が必要だろうからな」


 主の意見に素直に同意し、恭しく頭を下げる。


「承知致しました。必ずや鳳様の期待に答えてみせます」

「そう気張るな。お前は良くやっているぞ」

「いえ、まだ足りません。鳳様の右腕として恥ずかしくない成果を上げてみせます」


 顔を上げた世良は凛とした姿勢で敬礼をした後、規則正しい足取りで退室した。残った鳳はじっと虚空を見据えたまま、その先にある何かに思いを巡らせ、呟いた。


「機は熟しつつある――我らが野望のためにも、特行などというふざけた組織は滅ぼさなければならぬ……絶対に、だ」


 ギリギリと音が鳴るほど強く握りしめた聖痕民潭の主の拳からは、黒ずんだ血が零れ落ちていった――。

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