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第五話 水面下の抗争 (6)

 光届かぬ暗室にその少年は幽閉されていた。足元には数日分の惣菜パンと牛乳パックが無造作に投げ置かれている。部屋の奥には穴だらけのベッドがあり、仕切られた空間には汚らしい簡易便所もある。極悪人を収容する牢獄にしては些か待遇が良い。監禁と言うよりは、軟禁だった。


「ふぁああああああああ~~~」


 窮屈な場所に閉じ込められてもなお、少年の自由奔放な性格に変化はないらしい。飽きるくらいに寝たとばかりに、彼は大口を開けて豪快な欠伸をしている。退屈で死にそうだった。


 鍵付きの格子へ視線をやるが、玩具になりそうなモノは何一つない。素行を監視する看守すらいないのだ。その気になれば脱出する事も容易いだろうが、さすがに自分を庇護してくれる組織を敵に回すほど、少年も愚かではなかった。


 幸運なことに彼には縋るべきアテがあった。それはこの窮屈な暗室に押し込まれた際に、とある幹部が囁いた言葉にある。


『くたばりとう無かったら大人しくしておれ。まぁ、さっさとくたばってくれても儂の仕事が減るだけじゃがの』


 それを信じ、少年は柄にもなく雑多な時間をこうして無為に潰し続けていたのだ。


「つまんないなぁ……もっかい寝よ」


 背面からベッドに飛び込み、スプリングを大きく軋ませた。天井を見上げても昼か夜か分からない。窓もない。考え込めば鬱屈するだけだ。


「ま~だっかなー、さっさと来いよ~クソジジイ~~♪」


 口笛混じりに歌を歌い、来客を待つ。すると神懸かり的なタイミングで上階からコツコツと階段を降りる音が聞こえ始めた。少年は期待に胸を沸き立てながらも、悟られぬよう平常心を保とうと試みる。それでも転がり出るような笑いを我慢し切れず、口端は不自然に震えていた。


 足音は暗幕に閉ざされた牢屋の前まで近付き、ひたと止まる。


「どうじゃ瀬能の、此処での生活は愉しいかえ?」

「んなワケないじゃん、おっそいよ~柳ぃ」


 自分では恨み文句を言ったつもりが自然と甘えた口調になっていることに、少年は気付かなかった。柳は気色悪さに身震いした後、牢屋の扉に手を添えた。金具が擦れる音が響き、扉が開く。


「ム、なんじゃその面構えは。もっと絶望然とした顔を期待しておったと云うのに。ほんにつまらぬ男よのぉ、お主は」

「だったら柳が此処に入ってみればいいじゃん」

「ぬかせ。儂ならこの程度、一分あれば抜け出せるわ」

「ちっ、やっぱその能力、ズルっこいよね~」


 柳に手を引かれ、少年――瀬能亮太が懲罰房から抜けだした。


「それでボクは何をすればいいの?」

「ククク、珍しく物分かりが早ぃの、助かるわい」

「レーケツニンゲンの柳が人助けなんて絶対、ぜぇ~~たいするわけ無いからね」


 人差し指で瞼を下に引っ張り、べっかんこうをしてみせる瀬能だが、柳は素知らぬ顔でスルーする。冷血人間と呼ばれる事に対しての不満は無いらしい。


「なぁに簡単な事じゃ。此処を抜け出し、適当な場所で暴れてくるだけでえぇ」

「ふーん、それって鳳様の命令?」

「阿呆が。それなら儂の代わりに世良のが出張るに決まっておろう。はぁぁ、やはりお主は察しが悪いのぉ」

「むううう、褒めたと思ったら馬鹿にして、どっちなんだよぉ。ガッコー行ってないボクが難しい事考えられるはずないだろ……」


 瀬能は頬を膨らませながら、精一杯に抗議する。学校という単語を発する際、無邪気な瞳に一縷の陰りが生じたが、所詮は使い捨ての駒としか見ていない柳には気付くはずもない。


「ま、何だっていいよ。ここから出られるならさ。言っとくけど、柳の思ってる以上に暴れたからって文句は付けないでよね」

「儂が思っている以上じゃと? するとこの街丸ごと粉々にする気かえ?」

「へへ~、それはそれで愉しそうだね♪」


 瀬能はニカッと笑ってみせる。しかし、対する柳の表情は険しい。その理由は瀬能の身体にあった。およそ一週間、風呂場のない密室で監禁されていたため、瀬能の髪は整髪料を付けたようにべっとりとしており、近付くと耐え難い悪臭を放つせいだ。


 柳は鼻を摘みつつ、空いた手で瀬能の首根っこを掴むと忌々しげに囁いた。


「――来い、(あか)ん坊」

「わっ、ちょ、ちょっとぉ、引っ張らないでよぉ!?」


 そのまま瀬能の身体を地面に擦りつけるようにして引きずりながら、地下の一角まで運んでいく。通路の突き当りの右手側、木製の壁に仕切られた空間に彼を投げ入れると、柳は手元の蛇口を捻った。数秒後、瀬能の頭上目掛けてシャワーの水が降り注ぐ。


「んぶっ、ぅわっぶっ、な、なんだ、何がしたいんだぁ!?」

「はよぅそのボロ切れ同然の布を脱げ。儂の大事な鼻をひん曲げる気か」

「はぁぁぁ?? ……あぁ、そういうコト」


 濡れネズミになった瀬能は目を見開いたが、柳の意図を理解して納得した。水分を含んで重くなった上着をタオル代わりにして、全身の垢を洗い落とす。


 シャワーの水が止まると、今度は本物の乾いたタオルが柳から投げ渡された。


「替えの服は此処に置いておる。それを着ていけ」

「うげぇ、どうしちゃったのさ柳ぃ。気持ち悪いくらいに優しいじゃん」

「黙っとれ。次はお主の鮮血でシャワーを浴びせてやろうか?」

「はいはい、感謝してますよ~だ」


 鞘と刀身の擦れる音を聞いて、瀬能は口を噤んだ。


「お主の失態は全くもって擁護出来ん所業じゃが、結果的に特行側はロクな成果も挙げられず、無駄な出兵を強いられた。世間様の目もあるからの、そう何度も派手に立ちまわることは難しいじゃろう。故に――動くなら今が絶好の機会」

「……鳳様に叱られても知らないぞ~、ボクは」

「カッカカ、心配無用。いざとなれば世良のが助けてくれるじゃろうて。なにせあ奴はお主の親代わり、子の責任は親が取るものよ。好む好まざるに関係無くのぉ」


 乾燥したタオルで身体を拭き終えた瀬能は、柳の用意した服を見てげんなりした。


「これって、柳とお揃いのタイプじゃん……うげえ」

「悪かったの。生憎と儂はこの古式ゆかしい装束しか持ちあわせておらん」

「服の趣味まで古臭いんだから……ん、んんぅ? あれ、これどうやって着るんだ……?」

「何を遊んどるんじゃ。近頃の若者は着物すらまともに着れんのか」


 柳はさも面倒くさそうにしながらも、瀬能の着付けを手伝ってやった。やや丈が余ってしまったが、瀬能は満更でもなさそうに袖の感触を確かめている。文句を垂れつつも、それとなくポーズを取ってみせる辺り、瀬能も気に入っているようだ。


「えへへ、結構似合ってたりする?」

「潰れた履物のせいで台無しじゃが……まぁ良いわ」


 凶悪な笑みを浮かべる二人。共通しているのは血に飢えた獣の性質。柳はこれから起きる殺戮に期待し、瀬能はこれから始まる遊戯の予感に狂喜した。


「くひひ、んじゃ行ってくるよ」

「応よ。存分に暴れてくるが好い――『悪魔の()』よ」


 軽やかに階段を駆け飛ぶ音に遅れて幼き奇声が暗所に残響する。人の形を成す『悪魔の仔』が再び動きだした――。

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