第46話
第46話 BRAINSの館2
「お兄ちゃん。なんで、あの人を生かしておく必要があるの?」
「事を荒げたくないというのは本当のことだよ?」
「嘘つき。全部嘘じゃん。」
「嘘?何ことかな?」
「自治権を持ったってBRAINの差別は終わらないし、むしろ人間に管理されるのなんて望んでないはずでしょ。本当の目的はBRAINだけの楽園を作ること。そのためにあの人を利用して弱いBRAINを僕が改変して兵隊にする算段だったはずでしょ?」
「まぁそうだね。それが、我々に与えられた任務だということは間違っていないさ。けど、脳男のいう理想郷とはそういことなのか、疑問に思ってね。」
「どういうこと?」
「現代社会に行きつくまでの歴史を考えてみるとふと思うんだ。今まで人間の間ですら争いは絶えなかった。でも、今よりも幸福だったのではないかな?社会が複雑になればなるほど人の幸福への渇望も比例して高くなっている気がするんだ。」
「だからこそ、BRAINたちだけの世界を作るんじゃないの?」
「BRAINは人間の延長にある生物だ。現代社会が長い歴史をかけても得られない幸福が、我々の時代だけで簡単に手に入るとは到底思えないんだよ。」
「お兄ちゃんは戦いたくないってこと?」
サイの目がより黒くなった。
「さあね。戦いたいんじゃなくて、既存のものを破壊したいという方が正解かな。意味もなく時間だけが消費されていくこの世界の仕組み自体を破壊すれば、幸福も不幸も一度やり直せる。衣食住に不自由しないということが幸せというのならそれはもう確立された社会だけど、今いるBRAINを含めた人間というのは、それだけでは満足しない。僕は満足したいんだ。それには、あの人が必要だと考えているよ。」
「青木サキ。弱いBRAINの能力を把握して、居場所も知っている者。お兄ちゃんの満足っていうのが、BRAINの楽園にはあるんだよね?」
「そうだね。きっとあると思う。毎日が惰性ではなくときめきに満ち溢れた日々が永遠に続く世界だと思っているよ。」
「僕もそうなるといいなって思ってきた!」
「そうだろ?だから第一歩として、今までにやったことのないことをやってみようと思っているからこそ彼女を生かしている。どうだい理解できたかな?」
「殺すのは簡単だもんね?」
「そうだよ。生かして置いたらどうなるかの方が気になるだろ?」
「うん!興味があるよ!」
サイのフードの奥のくすんだ瞳が輝きを取り戻したように見えた。
―――――
「サキちゃん!今日の朝食は甘いハニートーストだよ!」
「・・・ありがとうございます。」
マリーがノックもせずに扉を開き入ってきた。
もう何日経過しただろうか。このマリーの高く妙に明るい声が青木の心を疲れさせる。
「あのね、サキちゃん。マリーのお願いを聞いてくれたら、マリーもお願いを一つ叶えてあげる。あ!でも、ここから出たいとか無理なものはダメだからね。」
「・・・そうですか。じゃあ、マリーさんのお願いをまず聞いてからにします。」
「マリーのお願いはね。マリーのペットになってもらいたいの!」
青木はあの時のマリーからの告白を思い出してた。
愛玩としての興味本位の幼女からの告白。人間を人間と思っていない歪んだ性格。
その根源がどこから来るのか、それを聞いたうえできっぱり断ろうと思った。
「マリーさん。なんで私をペットにしたいんですか?」
「サキちゃんは人間の中でもとっても可愛い顔をしているからだよ?」
「私は、マリーさんと同じように人間です。愛玩の対象ではないですよ。」
「あいがん?それがなにかわからないけど、かわいいものこそ正義なの。私自身、一番かわいいのだけれど、やっぱりかわいいものはかわいいものに囲まれていなきゃなって。」
「どうして、そんなに容姿にこだわるんですか?」
「だって、かわいくないものは、劣等じゃない。みんな、奇麗だとか可愛いだとか、頭がいいとか身長が高いとかの判断基準で物事を考えているじゃない。私もそうしてるだけ。私の判断基準は、私が、かわいいと思うかどうかだけ。」
「奇麗なものや可愛いものだけじゃないし、そういう人だってこの世にはいくらでもいます。マリーさんの年齢で、同じ命なのにそうやってリスペクトを持たないのは、私はどうかと思いますよ。」
「みんな、自分よりも醜いものを下に見ることで、自分の優位性を保とうとするのは当然なんじゃないの?私は人間にそんなことしないわ?」
「それはほかのBRAINが人間を醜いものだと思っているということですか?」
「マリー以外のほかの仲間は少なからずそういう風に思っているのが多いんじゃないかしら。」
「・・・幼稚ですね。」
青木の言葉にムッとしたマリー。でも、すぐににこやかになる。
「それで、お願いの方はどうかな?聞き入れてくれる?」
「あなたが思うようなペットにはなれないです。逆にそれでもいいんですか?」
「ペットはまず人間の言葉をしゃべらない。意思疎通が取れなくても可愛いからこそ許してしまう。そういうものでしょ?」
青木は背筋に怖気を感じた。
マリーのお願いを聞き入れれば、何をされるかわからない。人間が動物に行うようなことを平気でする気がした。それは、ペットの領域なのか、それとも家畜の領域なのか。
「・・・やっぱりやめておきましょう。私はあなたのペットにはなりません。」
「そっかぁ。残念。まあペットは余るほど飼ってるし、その気になったら教えてちょうだい。」
「・・・ならないと思いますが。」
愛玩動物を余るほど飼うというところに、また嫌悪した青木だったが、それ以上は何も言わず、黙ってハニートーストを口にした。甘いはちみつが頭に浸み込み、目の前にいるマリーの歪んだ性格を具現化したような後味の悪さを感じた。
「食事中に失礼するよ。」
そこに入ってきたのは、カイだった。
この男もノックもせず、女性である青木の部屋に入ってきた。
「さて、数日たったけれど、考えの方は固まったかい?」
「私の頭にある情報のことですね?」
「その通り。今や、BRAINの能力で、日々蔑ろにされている者たちを一刻も早く救わないといけないのでね。あまり悠長なことはしていられないんだ。とはいえ、君の機嫌も損ねたくはない。」
「十分に損ねていますよ。」
「これは失礼。何か失礼なことがあったかい?」
「いや、こっちの話です。」
「そうか。ならどうかな?そろそろ許可をくれないか?」
「あなた方が、弱いBRAINを助けるという担保がありません。」
「担保か・・・。難しい話をするね・・・。よし、わかった。一つこちらの情報を開示しよう。私の弟の能力についてだ。」
「それが担保になると?」
「なるかどうかはわからないが、サイの能力があれば弱いBRAINは蔑ろにされないということだけは言える。」
「・・・わかりました。聞くだけ聞きます。」
「そうか。私の弟、サイの能力は『改ざん(タンパーキネシス)』。BRAINの能力を改変する力がある。対象は、能力が弱いものに限るけれど。」
「その力を使って、抵抗できる程度の力を弱いものに与えると?」
「話が早くて助かるよ。ちなみにマリーもその能力によって、力が増幅されている。そうだね?」
「はい!最初は、魔法少女には程遠い、ただ机のペンをとなりの机に瞬間移動させるだけの能力でしたわ。でも、サイ君の力で、その能力が大幅に強くなりましたわ。」
「・・・テレポート。」
「どうかな?これがあれば、弱いものは自分を守ることができる。十分な担保になっているはずだよ?」
青木は一度下を向き苛立ちを隠し、顔を上げ、カイを睨みつけた。
「・・・微風タイキさんを知っていますか?」
「あぁ。もちろん。サイが能力を改変した人物の一人だね。それがどうかしたかな?」
「あの人は無自覚に大量に非能力者を殺すことになりました。その改ざんの能力には、不具合がありますよね。」
「もちろん、改ざんの能力も万能ではない。代償はつきものだ。しかし、あれほどの虐殺をするに至った経緯はまた別の話だ。弱いBRAINを助けるということとは目的が違う。」
「どういうことですか。」
「そこまで話すことはできないな。今は、弟の能力の開示によって弱いBRAINが助けられるという事実を説明したまでだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
青木は長い沈黙のあと小さい声で言った。
「・・・ビッグエアー。」
「・・・!」
カイの顔色が少し変わった。
「これは参ったな。君とお話をすると余計な情報が取られてしまうようだ。」
「ビッグエアーに関することなのですね。」
「まあ、そのうち話すさ。情報はお互い欲しいものだろ?」
「そうですね。折り合いが付けばいいですが。」
「着くさ。なぜなら、僕たちBRAINSだけじゃなくてこの世のすべてのものが当事者なのだから。」
カイはそういうと、マリーを引き連れて部屋をあとにした。




