第34話
第34話 白中ユメト
目が覚めるとそこは、真っ白い部屋だった。
部屋の中には、ぼやけて立体感を失った家具らしきものがある。
それに意識を集中するとそれが椅子だとわかる。そして、立体感を取り戻し、椅子を形成する。
まず、一歩。夢の中での創作。そして、その椅子に腰かける。目の前には、ブラウン管のテレビが映し出されている。その映像は、今まさに檻の部屋で、暴れている自分を俯瞰してみている状態。
これが、次の一歩。そして、ゆっくりと目を瞑り、深呼吸をする。
目を開けると、檻の部屋で自制を保ったまま、目が覚める。これが、最終段階。
この工程を幾度となく、練習した白中ユメトは、暴走状態の『夢遊病』を完全に掌握していた。
この状態になると、五感は鋭くなり、すべてが自分の手中に収まっている絶対感に陥る。
目の下のクマは、新たなフェイスペインティングのような模様になり、覚醒状態だと一見してわかる。手を握ったり開いたりして感覚を掴もうとする、白中。
しかし、彼自身の意識は夢の中にある。現実との境界でいかに、その夢に引き戻されないようにするかが重要だった。気を抜けば、先ほどの白い部屋に戻され、テレビを見ている状態となる。
テレビ越しの観戦状態では、暴走を止める術はない。
「第一段階、完全に会得だ。」
小さく声を出す白中。
さて、次の問題だ。この状況下での戦闘能力は、白中の平凡な力しかない。
暴走状態にあったときに繰り出す、トリッキーな動きとあり得ないパワーは上手く発揮されない。
そこで、白中は一旦、白い部屋に戻り、テレビを複数台創作する。
そこに映し出されるのは、暴走状態の自分。さらには、歴戦の格闘選手たちの試合映像だ。
夢の中で再生される映像を、現実の自分に転写する力を磨いていた。その名も『白昼夢』。
これが完成すれば、ほぼ完全に力を制御したと言える。
だが、問題があった。テレビに映し出されている、現実と夢で思い出している映像のどこのシーンに意識がいくのかをうまく制御できていない。
だから、再度、現実では暴走状態に入り、さらには、格闘選手にボコボコにされるという夢を見てしまう。
その日の早朝。
「くそ。切り替えはできるけどチャンネルが多いと難しいな。」
ボロボロになった服を新しいものに替えながら白中は言った。
意識の切り替えは出来た。次は、夢で作った新しいチャンネルを現実の状態で、引き出したい。
これが次のステップ。上手くいくときといかないときの差がよくわからない状態で探り探りの白中は、頭を悩ませていた。
そもそも意識は現実に残したまま、夢の中で記憶を再現し現実化させるという矛盾をどうにも想像できなかった。
夢で起こることは、記憶の振り返りだったり、まったく突拍子のないストーリーだったりする。それを完全に掌握するには、明晰夢自体を完全に掌握しなければならなかった。
白中の能力は、誰かの戦闘力を模倣するよりも新たな戦闘スタイルを作り出す方が向いている。
夢の中での想像力と創造力は無限だ。
今行おうとしている、チャンネルの切り替えから現実に転写するというのは、あくまでも白中自身の戦闘力のなさと想像力のなさから導き出された方法だった。
『白昼夢』が完成すれば、自我を保ったまま高度な戦闘が行える。しかし、Sランクの『夢遊病』はそれを遥かに超える能力であり、まだまだ発展途上の状態と言えた。
―――――
檻の部屋から出た白中を待っていたのは、毎日部屋の前で仮眠をとる黒木だった。
「順調のようだな。」
「黒木課長。おはようございます。」
「暴走状態を抑えることができるようになったようで、少しは不安が取り払えたぞ。」
「オーダーの選択肢が増えますからね。」
「あぁ。眠ることも訓練のおかげで、素早くできるようになったようだな。」
「不眠症なので、寝てる時間が少ないのは、変わらないですが、入眠は多少時間があればすぐできるようになりましたよ。」
「死線を超えずとも努力で己の力を高めたことに誇りを持っていいと思うぞ。」
「成長なんて日頃の積み重ねですもん。」
「戦闘訓練もその調子で行ってくれればいいのだが。」
「善処しますよ。」
二人は、黒木から差し出されたブラックコーヒーを飲みながら、かび臭い書類にまみれた東京特殊能力調査部隊の本部の部屋へ向かった。
「そうだ。今日は白中には、東京特殊能力調査部隊の本部の病院へ行ってもらいたい。」
「病院ですか?」
「あぁ、東雲姉妹の様子を見ることと、現在のお前の身体を確認してもらうように手配してある。」
「人間ドック的なことですか?」
「そういうことだな。まあ、そこまで仰々しくはないが、神戸チユという人物にお前を診てもらいたい。」
「そうですか。わかりました。黒木課長は一緒に来るんですか?」
「のちのち、神戸チユから報告を受けるから私は同席しない。それと合同試験の準備があるからな。」
「なるほど。わかりました。」
「ほう。心配ではないのか?能力が暴走することに。」
「もう大丈夫ですよ。寝たら、大人しく起きるまで何もしないことくらいできますし。」
「そうか。なら、安心だな。では、何かあれば連絡する。」
「わかりました。じゃあ、病院に向かいます。」
というと、白中は、かび臭い本部を後にして、併設されている病院へ向かっていった。
―――――
白中は一つの病室のドアをノックして、入った。
「ウイちゃん、ユイちゃん。お見舞いに来たよ。」
「「え?」」
そこにいたのは、上半身裸で神戸チユの施術を受けていた二人だった。
背中姿しか見ていないとはいえ、女子高生の上半身を見てしまった白中は、焦った。
「まじでごめん!」
「ノックしたら入っていいわけじゃないぞ。どうぞと言われたら入るんだ。知らないのか?」
白中はドアの方へ体を翻し、見ないようにした。
神戸チユに叱られた白中は肩を項垂れている。
「ユメトお兄さんが変態だっていうことが立証されましたね。」
「心の中まで真っピンク。」
「いやこれは不可抗力だ。だけどすまん。」
「冗談ですよ。お見舞いに来てくれたんですもんね。」
「卑猥なことを考えてはいない。」
「当たり前だろ!そんなに傷だらけになってたら心配の方が勝るだろ。」
「おいおい。あんちゃん。それはレディに対してデリカシーがないってもんだぞ。」
「あ、ごめん。」
「うちらもコテンパンにやられたからね。しょうがないよ。」
「名誉の負傷というべき。」
「危ない目に合わせて申し訳なかった。」
「ユメトお兄さんのせいじゃないよ!ゆくゆくは私たちだって前線に出るんだからこれくらい平気!」
「傷の数だけ強くなる。」
服を着替えながら、言う姉妹と下を向き自分の言ったことを反省する白中。
それを俯瞰して、見ている神戸チユ。
「ところで、あんちゃんが白中ユメトかい?」
「あぁ。そうです。」
「私は、ここの病院でBRAINを見ている神戸チユだ。黒木課長からは話を聞いている。とりあえずこっちにこい。」
「もう振り向いていいんですか?」
「あぁ。大丈夫だ。」
「ウイちゃん、ユイちゃん。体調は大丈夫か?」
「うん。もう平気だよ。」
「回復した。」
「随分早いな。かなりの重傷だったように見えたけど。」
「チユさんの能力のおかげだよ。」
「自然治癒力を上げる能力のBRAIN。」
「あぁ。そうだったのか。さっきの背中に手を当ててたのは能力を発動していたってことか。」
「そうそう。もうすぐ退院できるって。」
「完全復帰。」
「そうか。よかったよ。あ、そうだ、これ。リンゴ。あげる。」
「ありがとうございます!」
「ありがとう。」
お見舞いをしに来た白中へ神戸チユが「そろそろいいか」と割って入ってきた。
「あんちゃんの能力は聞いている。再鑑定だったか?能力はどの程度制御できているんだ?」
「暴走は止められるようになりました。」
「ほう。暴走状態を制御できると・・・。まあもともとSランクの能力者にSランク以上のラベリングをすることはできないからな。そのままって感じだろうな。とにかくこっちに背中を向けて座れ。」
そういうと神戸チユは白中の背中に手を当てた。
「能力を制御したまま眠ってみろ。」
「わかりました。」
そういうと、数秒で白中の身体から白い靄が出現した。
そして、神戸チユは驚くべきことに気が付いた。自分の能力以上に白中が自己修復能力が発動していることに。
「あんちゃん。怪我をしてもすぐ治るのはあんたの能力からきているって自覚あるかい?」
「まぁ。なんとなく。大層な怪我じゃなければ、眠っている最中に治ってるらしいんでね。」
「この治癒速度は尋常じゃない。常に細胞レベルで生まれ変わっている状態だぞ。」
「はぁ。と言われましても・・・。」
「あんちゃんの能力は、眠ると超人的な身体能力を得て暴走する力だと聞いていたが、根幹から違いそうだな。しかも、寝たまま会話ができると。なんだこりゃあ。」
「これは特訓のおかげですよ。とにかく暴走はしません。が、暴走したときのような戦闘力はあまりないっていう状態です。」
「なるほど。ちょうど寝ている状態と起きている状態の中間というわけか。」
「そうですね。」
不思議そうに白中の能力を分析する神戸チユ。
白中の能力の可能性が、神戸チユにはわかっていた。そもそも眠ると身体強化がされるということと傷も治癒能力で自己修復できるという点。治癒能力は眠っているときに起こりえる生理現象を過大解釈した状態と言える。さらには、身体の強化は、別のアプローチから来ているものと考え、白中が本来操作できるはずのない夢を現実に投影しているからであると考えた。
「私の見立てを黒木課長に報告しておくさ。」
「ありがとうございます。」
「今日はもういいぞ。」
「そうですか。では帰ります。ウイちゃん、ユイちゃん。早く元気になって試験一緒に受けような。」
「はい!頑張ります!」
「頑張る!」
白中は病室を後にした。




