第26話
第26話 ユイの激闘
傷だらけの少年は、かなり低い姿勢をとっている。
それは生まれながらにしての攻撃的スタイルであり、獣そのものだった。
それとは対照的に、武術の心得があるユイは、堂々たる構えで少年の動きを注視していた。
ナイフを装備しているのは、ユイも理解している。それは、心を読んでいたこともあるが、奇襲をかけられた時点で何らかの凶器を持っていることが容易に把握できた。
しかし、ヴァンタブラックのスーツとナイフは同化しており、視覚的にナイフを捉えることができない。
傷だらけの少年の攻撃は、低い位置から太ももを狙った攻撃が多い。それも目を見張るほどの速度。
ユイは、心を読むことと急所を狙った直線的攻撃だったため、防ぐことができている。
「早いし、低い…。」
「ねぇねぇ!攻撃しないとそのまま終わっちゃうよ?」
一番厄介だったのは、裂傷への恐怖だった。紙で手を切ったときの冷や汗がでる感覚と強い焦りと似た感覚が常にユイを襲っていた。少しでも気を抜けば、ざっくりと切り裂かれてしまう。防御も的確に行わなければ、引き際にナイフで切り裂かれてしまう。武器を持つ者と持たない者の差が出ていた。
距離を取ったとしても有効打のないユイは、カウンターを決めざるを得ない。しかし、傷だらけの少年にその隙はない。
「しっかし攻撃が当たらないなぁ!何かやってるでしょ?」
「言う必要はない。」
直線的なナイフの攻撃を、掌底でバシンと弾き、カウンターの肘の強打を顔面に打ち込むユイ。
一撃で仕留めるために強烈な肘での攻撃は、ヴァンタブラックのマスクの顎を的確に打ち抜いた。
「痛っ!」
「くっ!」
傷だらけの少年とユイはお互い苦鳴を上げた。
ヴァンタブラックのマスクには何の傷もついていないが、揺さぶられた脳と打撃は傷だらけの少年を捉えていた。しかし、カウンター直後にユイも同様にナイフで手の甲を切られていた。
バンテージで保護されていたとはいえ、血が滲んでいる。
お互いに隙が無いからこその決定打のかける戦いだった。だが、ナイフの戦いはこれが正攻法であり、時間がかかると道化は言っていた。ユイは、長引けば負けることを理解していた。相手は、謎のスーツで防御も固めているし、武器も持っている。
生身で戦っている自分がかなりの不利な状況に立たされているのは理解している。たとえ能力があったとしても、避け続けていることにも体力が必要だ。
カウンターでの単純な打撃では、ヴァンタブラックのスーツを突破できない。
しかも視覚的にどこがどうなっているのかもわからない。視覚ではなく心を読む能力をフル稼働して、相手の存在自体を立体的に認知する必要がある。
しかし、今のユイにそんなことはできない。だからこそ、ダメージを受けても相手を捉えて渾身の一撃を叩き込むしか選択肢がなかった。
お互いに攻撃をさばきあっている。しかし、見るからにユイが劣勢である。服は割け、体に切り傷もでき始めていた。
「あれれ?能力使ってるの?なんだかよくわからないけど、攻撃も当たるようになったし、攻撃的な能力じゃなさそうだね。」
「よくしゃべるね。うるさいよ。」
集中力を欠く安っぽいボイスチェンジャーの声が響く。
しかし、ユイも負けてはいない。ヴァンタブラックのスーツの立体感のない形状にだんだんと慣れてきた。ナイフの位置、相手の態勢、そこから繰り出されるであろう攻撃範囲などを心の機微から瞬時に悟っていた。しかし、傷だらけの少年の速度に体がついていかない。
「あと少し・・・。」
「結構血が出てるよ。大丈夫そう?」
「・・・。」
「あれ急にだんまり?ん?あらら、これはやばそう・・・。」
傷だらけの少年はユイの雰囲気が変わったのを肌で感じた。
圧倒的な集中により、ユイはゾーンに入りかけている。それを阻止するように傷だらけの少年は猛攻を仕掛ける。ナイフだけではなく、打撃を織り交ぜて集中力を欠こうとする。しかし、すべて防がれる。防御力の制度が段違いになるユイ。攻撃がことごとく防がれる。
「なんだよ!急に!」
「・・・。」
血を失いながらどんどんと冷静になり集中力が研ぎ澄まされるユイ。
傷だらけの少年の心の声とそれに伴う行動が手に取るようにわかる。ゾーンに入ったユイが自身の能力のギアを一段階上げた。
「『制限解除』」
ユイの体から白い靄が現れた。傷だらけの少年は、身震いした。撤退を考えるほどの圧倒的強者を前にしている感覚。だが、ユイの様子を見ると、鼻から血を垂らし、出血量も増えている。
明らかに諸刃の業だとわかった。傷だらけの少年は、ここを耐え忍べば、確実に命を取ることができると決断し、獣のスピードで飛び込んだ。
ナイフが、無防備なユイの胸骨の下から心臓を貫かんとしたとき、傷だらけの少年は、とっさに急ブレーキをかけ後ろへ飛び退いた。これも野生の勘からくるもので、傷だらけの少年がいたところには、ユイの拳が地面を砕き、ひび割れていた。
「な、なんなんだ!BランクBRAINなんじゃないの!?」
「わかってると思うけど、あんまり長く持たないから早く終わらせるから。」
今度は、ユイが高速で傷だらけの少年に近づいた。
瞬間、ナイフが頬をかすめた。顔だけ反らし傷だらけの少年のカウンターをぎりぎりで避け、その右肩に強烈な打撃をぶち込んだ。
「『絶根!』」
「がぁっ!!!」
傷だらけの少年は、苦鳴を上げ、肩を抑えうずくまった。
ユイの強烈な打撃は、ヴァンタブラックのスーツを通り越し、傷だらけの少年の肩の関節を外した。
関節が外れたことで、右腕がだらりということを利かなくなってしまった傷だらけの少年に大きな隙ができた。そこに追撃するようにユイは、右手をつかみ背後から傷だらけの少年の首を締めあげ始めた。だらりと垂れた腕は、自らの首を絞めるにはちょうどいいといった具合で、傷だらけの少年の首をぎりぎりと締め上げる。
猛烈な集中力によりゾーンに入ったユイは脳の制限を解除することで、人並外れた身体強化を得ている。傷だらけの少年がいくらもがいたとしても、この締め技から逃れることはできない。
「ぐっ・・・。」
傷だらけの少年の視界が狭さくし始めてきた。右手は使えない。背後から締め上げられている。
失いかける意識の中、左手で腰のナイフをなんとか掴み、反撃の一手に転じようとしたときだった。
傷だらけの少年は、だらりと意識を失い動かなくなってしまった。
完全に失神したことを確かめ、ユイは拘束を解いた。
しかし、脳の制限を解除したことにより、肉体への負荷がかかり、自分の筋肉により両腕の骨が折れていた。
さらには、傷だらけの少年の猛攻による出血により、ユイは仰向けになり倒れた。
―――――
「ガキがやられた!何だってんだ、Bランクがあんなに強いのかよ!」
物陰に隠れている目つきの悪い男が、驚愕している。傷だらけの少年は、かなり強い。しかし、相打ちとは言え、ユイの方が圧倒的な力を持っていた。
今までのBRAINとはレベルが違いすぎた。しかも能力がなんだったのかもわからずじまいだ。
このままでは、逃走もできないと思い、傷だらけの少年に駆け寄ろうとしたときだった。
サイレンの音とともに、増援らしき人物が3人現れた。
「まずい!増援かよ!逃げるぞ!」
と、屈強な男のほうに向かい叫んだ。
しかし、そこで目にしたものは、傷だらけの少年同様、大の字になり倒れている屈強な男と辛そうな顔をしてうずくまるウイの姿だった。




