第14話
第14話 狂ったふり
三白眼の男は、傷だらけの少年と屈強な男が戦っている姿をただただ眺めていた。
選別があってから早二週間ほどたったころだった。屈強な男の体は絞られて前より小さくなった気がする。その代わりに俊敏さが増して、傷だらけの少年の一撃を辛うじて躱せるようになっていた。
その様子をただ見ていた三白眼の男の下に道化がやってきた。
「君は、少年のお守り役として生かしているけど、計画の指揮を執ってもらう。」
「BRAINを殺せっていうんだろ?」
「あぁ。そうだよ。この間あった、スクランブル交差点の事件知ってるかい?あれはやばかったね~。ひどいことするよ。人間を押しつぶして肉の塊にしたんだってさ。」
「あぁ。知ってるよ。だから復讐のためにBRAINをFQ3は殺したいんだろ?」
「はぁ~。君は本当にわかってないね。復讐なんてただの言い訳だよ。単にBRAINを殺すってのが目的であってそれ以上でもない。」
「なんだそれ。」
「理解できないのかい?だって人間みたいな違う生物がいたら気持ち悪いだろ。」
「いや、BRAINは人間の延長線上で脳が異常発達したただの人間だって・・・。」
「根本的なところが違うな。そういう差異から生まれる嫌悪が根本にあるんだよ。人間よりも高等な生物がいたとしたら、どうする?」
「どうもしねーよ。」
「一方的に殺されても文句は言わないと?」
「そんなことねーだろ。」
「いやいや。現にあったじゃないか。スクランブル交差点で何の罪もない人間がBRAINによって何人も殺された。それでも黙っているつもりかい?」
「いや、あんなのに勝てるわけないだろ。」
「勝ち負けの話をしているんじゃなくて、殺すか殺さないかの話をしてるんだけど、ドゥユーアンダースタン?」
「分かるわけないだろ。喧嘩しかしたことねーんだ。命かけるとか口先だけでしか言ったことない。」
「うんうん。正直でよろしい。」
「いまいち人が死ぬってのが、想像できねーんだ。」
「当事者じゃなければ、居た人がただいなくなっただけ。そんなもんだよ。けどね、僕たちがやろうとしていることは違う、そこに居た人を消すんだ。自分の手で。ドゥユーアンダースタン?」
「そんなことして何になるんだよ。」
「別に、何にもならないよ?強いて言えば、少しでも人間が救われるってことかな?」
「人を殺すことに何にも意味がないなら普通ならやらないだろ!」
「ごめん。目つき悪い君が言う普通ってのがよくわからないね。場所が場所なら人を多く殺した方が褒められる社会だって存在するんだよ?ここが平和だから人を殺すなって理屈なの?」
「いや、だとしてもこの国は、そこまでじゃないだろ。」
「は?本当に何を言ってんの?この国だって、交通事故で1日に8人くらい死んでんだよ?それ以外にも殺人事件やら死亡事故やら、加害者のいる事件は起きている。たまたま君の身の回りにそういうことが起きなかっただけで、よくもまあそんな世界の中心みたいなこと言えるね。しかも、これから当事者になろうとしている人がいう事じゃないよ。全く持って君は常人だね。」
「人殺しの気持ちなんて理解したくもねー。」
「じゃあ、死を選ぶかい?」
「それも出来ねー。俺には金が必要だ。弟を守るためには金が要る。」
「ふーん。人殺しで金がもらえると思っているのもよくわからないけど。まあいいよ。BRAINを殺したら、いいものが手に入るらしいからね。なんだか知らないけど、それを高値で買う人がいるらしくてさ。それで、うちらの組織は成り立ってるんだよ。下っ端に話す事じゃないけど、君、馬鹿そうだから話しても覚えてないでしょ。」
「ふざけんなよ!さっきから大人しく聞いていれば!」
道化目掛けて拳を固め、殴りかかった、目つき悪い男。
しかし、その拳を道化は見ることもせずに、掴み、パシンっと叩き言った。
「君ごときが僕を殴ろうとするのもおこがましいよ。ドゥユーアンダースタン?」
「・・・。」
「弱いなら弱いなりにやることがある。とにかく、あの傷だらけの少年のお守り役は絶対死んでもやり遂げてもらう。」
「なんであの少年をそこまでするんだ。」
「あれはBRAINじゃないけど、一種の才能だよ。この国であそこまで人を殺すことに特化した戦闘力を持つ人間なんていない。有能な人材というわけ。君は死んでもいいけど彼は生きてもらわないと。」
「俺は身代わりかよ。」
「その通り、少しは狂人じみた事言えるようになったじゃないか。」
「言ってみただけだ。実際はどうかしらねー。」
「君みたいな筋の通らない正義感を持った人ほど何かを守ろうとするものだよ。」
「ピエロの仮面被ってる割りには、まともなことも言うんだな。」
「狂ったふりをするほうが楽なんだよ。発狂も出来ず、まともでもいられない人間は、どちらにせよ中途半端。自分で言い聞かせるしかない。こんないかれた世界に身を投じていれば、嫌でも頭がおかしくなる。このピエロの仮面はその部分を表しているってことだね。って何を言ってんだか。」
「わりぃ。誤解していた。あんたも人間味のある奴だったんだな。わかった。仕事はやる。あの少年は俺が命に代えても守るし逃がす。」
「どんなに言葉を紡いでも薄っぺらく聞こえるのは君の能力かもね。」
「ふざけんなよ。」
道化は、手をひらひらさせて、去って行った。
―――――
道化は、肩で息をしている屈強な男に話しかけた。
「筋肉だるま君、この短期間でよくそこまで反応できるようになったね。傷だらけだけど。」
「道化さんの訓練がなければ、あの少年にすぐにでも殺されてます。」
「だろうね。実戦形式でやっているのは、君の生存本能を呼び覚ますためにあるんだけど、切られたり刺されたりするとどの程度の痛みがあるか知ってもらいたいからね。」
「今日もよろしくお願いします。」
「いいのかい?そんな傷だらけで、血も相当流してるだろ?」
「与えられた仕事をこなす事がここで生きてい行く術なので。」
「君は何というか。筋肉だるま君だね。君みたいな割と冷静な状態で仕事だからと言って人を殺すための努力をするのは、なかなかいないね。いいよいいよ!」
「ありがとうございますと言っておきます。」
「おい!傷だらけの少年!この筋肉だるま君の強さはどうだい?」
「え?どうってそりゃあ、強いよ!ガ!ってなって、ドンってされるから近寄れないし!」
「その説明じゃ全然わからないけど、とにかく渡り合えてるってことね。じゃあさ、僕と少しやらないかい?」
「ピエロさんと戦うの?」
「そうだよ!僕をBRAINだと思って真っ向勝負と行こうじゃないか。筋肉だるま君、審判を頼むよ。」
「わかりました。」
道化は傷だけの少年に勝負を仕掛けた。
一見、道化の狂人さによるものだと思うが、道化には考えがあった。
「傷だらけの少年さ。死んだことある?」
「そりゃないに決まってるじゃん!だって死んだらここにいないもん!」
「はぁ。そうりゃそうだよね。君はで弱い者を殺す類だもんね。」
「なに?喧嘩売ってんの?」
傷だらけの少年の顔が引きつり出した。
「まあいいよ。とにかくやろうか。筋肉だるま君、お願い。」
「では、始め!」
お互いに、ナイフを持ち構える。最初に動いたのは、傷だらけの少年で、道化との距離を一気に詰める。
ダガーナイフでの刺突攻撃を仕掛けた。
「あれれ?ナイフはそう使うんじゃないでしょ。」
道化は、高速の刺突攻撃をぎりぎりで躱す。そして、がら空きになった傷だらけの少年の右の脇をナイフで撫でるように切った。
「ぐっ!」
「ナイフは刺すんじゃない。切るための道具だよ。君なら感覚でわかってるでしょ?」
脇の下には、腋窩動脈という動脈がある。
道化はそれをわざと外し傷をつけた。滴り落ちる血が右手の手のひらまで到達している。
「不意打ち以外で真正面から戦うとしたら、ナイフってのは意外に時間がかかるもんなんだよ。ドゥユーアンダースタン?」
「出血死でしょ。わかるよ。」
「じゃあ、何でいきなり刺そうとしたのかな?」
「・・・。」
「隙が無い、だろ?」
「・・・。」
「早く攻撃しないと動脈切られていたら出血死しちゃうよ?今はわざと外したけどさ。」
「くそっ!」
傷だらけの少年は、滴る血を道化に掛け、視界を遮ろうとする。
「うんうん。いいね!」
刺突攻撃からの急激な方向転換。撫でるようなナイフが道化を襲う。
ナイフを器用に持ち替え、両手を使いでギリギリでいなしていく。そして、道化は右手に持っていたナイフを逆手に持ち替え、そのまま傷だらけの少年の顔面を殴り飛ばした。
「がは!」
ナイフで傷つけられる恐怖を煽った、渾身の右ストレートが傷だらけの少年の顔面にヒットし、少年は後ろにのけ反ったが、片手でバク転し距離を取った。
攻撃を受けても、体制を崩さないのはみごとであるが、道化はさらにその上をいく。
「はい。終わり。」
バク転し、距離を取ったとしても、道化の追撃ありきの行動は、それを許さなかった。
喉元にナイフを突きつけられ、動けなくなった傷だらけの少年。
さらには、殴られた際に逆手で持たれていたナイフの刃が額を切っていた。
「額の傷は、派手に血が出る。これじゃ、目を開けるのもやっとだろ?これくらい相手を弱らせてからじゃないと殺せないんだよね。真っ向勝負のナイフってさ。」
「・・・だぁ~!負けた~!」
「勝負あり。」
屈強な男が勝負の終了を告げた。
―――――
傷だらけの少年を手当てする目つき悪い男。
戦いのあとなのにもかかわらず、屈強な男と道化はナイフの模擬戦をしている。
「おい。なんでそこまで、やるんだよ。」
「なんでって?」
「いや、なんでそこまでして人を殺そうとするんだ?」
「そんなこと考えたことないよ。お兄さんだって、小さい時に虫を意味もなく残虐的に殺したことあるでしょ?それと同じだよ。」
「・・・まともじゃねー。」
「まともって何?ここじゃ、肯定されてるじゃん。」
「いや、なんでもねー。とにかく止血しないと。ってこれ縫わないとダメなレベルだろ。」
「んじゃあ、これ使いなよ。」
と手渡されたのはホチキスだった。
「これでガシャンとして!」
「はぁ?」
「いいからいいから!」
「でも・・・。」
「ちょっと早くしてくんない?度胸がないなあ。貸して!」
そういうと傷だらけの少年は、自分の額の傷をペタペタ触りながらホチキスで止め始めた。
「どうなってんだよ。」
「お兄さんこの仕事向いてないよ。辞めたら?」
「それは出来ねー。とにかく金が必要なんだ。」
「自分では何もしないのに欲しがるだけなんて都合がいいね!」
「てめぇ!」
「図星を突かれて逆切れとか、そんな暇あったら僕を殺してみなよ。」
「・・・。いや、俺はお前を守るのが仕事だからよ。」
「なにそれ。弱いのにどうやって守るのさ。」
「・・・知らねーよ。」
目つき悪い男は、何も答えを出せないまま、流されるように悪の道に入っていく。
道化も傷だらけの少年も理解できる思考をしているわけではない。唯一、屈強な男と話が通じる気はしていたが、その男も変わりつつある。
お互い何を抱えているのかも何もわからないなかで、BRAINを殺すという目的だけ同じの共同体となった。
―――――
「無名から言われた期限を優に過ぎているんだよね。ドゥユーアンダースタン?」
「俺らは何も聞いちゃいねーよ。」
「そりゃそうだ。君たちにはひたすらBRAINを殺すための訓練に励んでもらっていたからね。今後の準備は前もって僕の方でやっておいたよ。」
「準備ってなんのことだよ。」
「そりゃあ、ターゲットに決まってるでしょ。あとは、装備と逃走経路とかいろいろ。」
「いよいよ出番!?」
「そうだね。基本的に傷だらけの少年の不意打ちがメインになってくると思うんだけど、真正面からの対戦なら筋肉だるま君の方が分があるから、それは適材適所って感じで。」
「ずいぶんと曖昧だな。」
「まぁ、夜行動してもらうから、ほらこれあげるよ。」
道化が取り出したのは、真っ黒い服とプロテクター一式だった。
しかも、そこら辺で手に入る代物ではなく、完全に特注のものだった。
「なんだこれ?黒すぎて、立体感がねー。」
「そうなんだよ。この黒は光の吸収率99.965%のヴァンタブラックっていう塗料で作られたものだよ。これを着て暗い所に身を隠すだけで、ほとんど見えない。逆に黒すぎて距離感もわからなくなる。全部この塗料を塗りこんである。どう?すごいでしょ?」
「わざわざこれを作ってたのかよ。けど、二つしかないのはなんでだ?」
「それは傷だらけの少年と筋肉だるま君の分に決まっているじゃないか。時間稼ぎの君には必要ないでしょ。」
「な!どこまで馬鹿にしてんだよ!」
「君の戦闘力は皆無。足を引っ張るのは目に見えてる。警察や特殊能力者調査部隊に囲まれたら、トカゲの尻尾役が必要だからね。捕まったら、本当は死んでもらいたいけどそこまでの度胸も信頼もない。だから君の扱いは適当でいいんだよ。とにかく傷だらけの少年と筋肉だるま君が逃げれる時間を作ってくれればそれでいい。ドゥユーアンダースタン?」
「ふざけやがって・・・。」
「ここで有用性を証明しておかないと、いつ殺されてもおかしくないぞ?」
「そう!筋肉だるま君の言うとおり!目つき悪い君はそれしかできないんだから、それをこなしてくれれば十分なんだよ!」
と、道化が話している最中にも関わらず、傷だらけの少年は真っ黒の装備に興味津々だ。
「そんなに気に入ったかい?」
「これ軽いのに硬いね!」
「よくぞ気づいてくれた!それはね!F-1の機体にも使われている超絶高価な炭素繊維強化プラスチックっていう代物なんだよ!拳銃くらいならギリ耐えられるように作ったんだ。とにかく着てみてくれたまえよ!」
道化はそういうと自分の自信作を二人に着せた。
そこには、大小の影よりも黒く、全く凹凸の無い黒い塊がいた。装備されたナイフすらヴァンタブラックで塗装され、手に握ったとしても、凹凸がないため刃先が見えない。
「これは想像以上だ!」
「わ~!かっこいい!」
「これは、体にしっくりくるな。」
「す、すげえ。」
「どうだい。拳を固めるだけでなぜか強くなった気がするだろ?しかもこのフル装備。ワクワクが止まらないんじゃないかな?」
「うん!無敵な気がするよ!」
「じゃあ、君たちに初任務を命令する。リストに載っているやつ全員殺してこい。」
道化の声色が変わった。
いつもはふざけた話し方をする道化の真剣な声に目つき悪い男は、ビクついた。
過剰な期待をされていないからこそ、当事者であることが薄れていたが、これからこのメンバーでBRAINを殺す。自分以外は異常な精神状態だ。理由はともあれ人殺しを仕事にしようとしている。
目つき悪い男は、道化が言った命令がとても怖く感じた。しかし、抗う術もなく。二人に付いていった。




