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2 星空を駆けて


翌朝

 

グレイは数人のメイドに取り囲まれていた


「あんたアンナに自分のミス押し付けたんだって?卑しいとは思ってたけどここまでだったなんて……」

「そんなこと……っ、何するの……!」


強く突き飛ばされ物置小屋に押し込まれる


「連帯責任だって言ってメイド長にめちゃくちゃ怒られたんだから、ここで反省してなよね」


起き上がる間もなく扉を閉められてしまった。外側の鍵がかかる音が聞こえ、押しても引いても全く動かなくなってしまった


「夜には出してあげるよ、覚えてたらだけど……あはははっ」


声はどんどん遠ざかり、人の気配が無くなった


「……どうしよう…」





(……お腹空いたな)


閉じ込められてから数時間が経った気がする

窓はなく扉も開かない、いくら呼んでも人も来ない。それもそのはずだ、ここは中庭の端にある小屋、グレイしか手入れをしていない花壇に近寄る者などこの屋敷には居ない。

随分と古い木製の小屋で、中の空気は湿気ており当然居心地は良くなかった。

朝食を食べる前に閉じ込められてしまったので空腹が酷い


(……このまま閉じ込められたままだったら……伯爵に何もされずに済むのかな……)


目眩を感じグレイは壁にもたれかかり息苦しい襟元のボタンを外す


(……あの人、今日も来るって言ってたけど……これじゃ会えないな……)


次第に重たくなっていく瞼に抗えずそのまま眠りについた






「グレイ、そこにいる?」


声が聴こえて目を覚ます


(……そうだ、閉じ込められたまま寝ちゃって………誰の声…?)


コンコンと扉を叩く音が聞こえた

返事をしようにも一日飲み食いしていない喉からは声が出ず、視線だけを扉に向けた

ガチャガチャと鍵に触れる音が聞こえる、どあやら扉を開けようとしているらしい


(……何も聞こえなくなった、帰ったのか……)


バン!


扉に穴が空き破片が飛び散った、そこから足が生えている

足を戻すとまた強い衝撃音とともに扉を破壊していき……木の扉はただの木片と化した


「良かった、ここに居たんだね」


そこに立っていたのはほっとしたような顔をしたミハイルだった。ミハイルはグレイに近づきくとそっとおでこに手を伸ばす


「……熱がある、いつからここにいたんだ?」

「……あさ……?」

「……信じられない……はぁ、少し失礼するよ」


ミハイルは羽織っていたローブを脱ぎグレイを包むとそのまま持ち上げた。抵抗する力も湧かず小屋から出る


(……あったかい…)


「君の部屋は……」


ミハイルがグレイの顔を見るとぐったりとした様子で目を瞑っていた






「………ん…」


重いまぶたを開けるとグレイはふかふかのベッドで眠っていた


「……?…………!?」


いつもとは違う感触に飛び起きると視界がぐわんぐわんと揺れる。ズキズキ痛む頭を抑えながら部屋を見るとそこは客人用の部屋だった


(メイド用の部屋じゃなくてなんでここに……しかも朝!?)


横を見ると読書中のミハイルが優雅に椅子に座っていた


「あ、おはよー、体調どう?」

「……え?な……なんで……?」

「熱出してたでしょ。君の部屋知らないし、私の部屋に連れてきたんだ、……まあ今借りてるだけの部屋だけどね」


ミハイルは本を閉じるとベッドの端に座り手を伸ばしてきた


「おでこ触るよ」


グレイのおでこにひんやりとした手が触れた


「んー……良くはなってるけどまだ微熱あるね、今日はここで休んでなよ」

「え……いえ、仕事に戻ります……」


ベッドから降りようとすると体が傾き思わず倒れ、ミハイルに受け止められた


「仕事より体調優先しなきゃダメだよ」

「でも…」

「……じゃあ、私君のことまた描きたいからモデルになってよ、それがお仕事」


ミハイルは荷物からイーゼルとキャンバスを取り出した。最初に見たトランクの中には色とりどりの画材が入っている


「はい、これとこれと……これも、あと水。好きに食べてて」


ミハイルは客人用に出されたはずの果物やパンをグレイに渡す


「えぇ……」

「ほらほら、お仕事したいんでしょ」


メイドは主人には逆らえないがミハイルは主人ではない、本来ならば伯爵に与えられたメイドの業務を優先すべきだと分かっていた

それでもグレイはミハイルの頼みを受けることにした


久しぶりの食べ物に感動しながら味わってそれらを食した

食べ終わってもミハイルは絵を描いていたのでとりあえずぼーっと部屋を見回す


(……客人の部屋は豪華だなぁ、メイドの部屋と同じ建物とは思えない……)


「……眠くなったら寝ていいからね、私はここで描いてるから」

「は、い……」


食後だからか大きい眠気が襲ってきた。言われた通りベッドに寝転がり目を閉じる


(……ふかふかだ…)




次にグレイが目覚めた時は昼過ぎになっていた。キャンバスの前にミハイルはおらず、何故か同じベッドに入って眠っていた


「…!?」

(な、なななんで一緒に…?いやここはこの人のベットだけど…とりあえず起こさないように降りて……)

「……………」


見れば見るほど整っていることが分かる顔立ちだ。白いまつげが羽みたいに綺麗で、息をしていなかったら本当に彫刻みたいだ


「………」

「そんなに見つめられると照れちゃうな」

「!?お、おお起きて……っ」


絶対に寝ていると思ったのに、たぬき寝入りが上手な人だ


「絵は…描き終わったんですか…?」

「うん!それはもう完璧にね、あとで見るといいよ」


ミハイルはベッドから降りると隣接されている浴室の扉を開けた


「はいこれ、エプロンだけでもと思って洗ったよ」


ミハイルは土埃で汚れたはずのグレイの白いエプロンをひらひらとさせて持ってきた


「あ、りがとうございます……」

「……おっと、そろそろ仕事の時間だ

……何があったか分からないけど、話したくなかったらいいし話したかったらいつでも聞くから、私は行くけど気が済むまでここにいていいからね」


ミハイルは身だしなみを整えるとトランクを持ってドアに向かう

グレイは咄嗟に引き留めた


「あの!……その、色々……ありがとうございます」

「気にしなくていいよ、美しいものを愛でるのは自然の理だからね」


穏やかに笑った彼はそのまま部屋を出ていった


「……やっぱり、変な人…」


ふと横のキャンバスに目を引かれ、どんな絵を描いたのか興味が湧いた


「……ふっ、誰だよこれ」


そこに描かれていたのは白い羽根に包まれながら果物を食べる美しい灰色髪の子供だった

まだ乾ききっていない絵の具が陽の光に反射してまるで絵の子供がきらきらと輝いているように見える


(この間の絵は白黒だったけど……色があると鮮やかで別の綺麗さがあるんだなぁ…)


ひとしきり観賞を楽しんだ後、グレイは自分の服で汚れたシーツを取り替え部屋の掃除をする。自分がいた痕跡を残さないようにしっかりと確認した後、最後にもう一度絵を覗く


(……綺麗なものを愛でるの当然…か)


脳裏に伯爵の顔が浮かび頭を振り払う

エプロンをしっかりと締め音を立てないように扉を開け退出する

他の使用人に見つからないように庭園へと向かった




(……もう夕方か、やる事なくなっちゃったけど…戻っても面倒なことになりそうだし、もう少しここにいよう)


グレイが花壇の隅で休憩していると庭園の扉が開く音がした


(誰だろう……もしかして、あの人かな?)


ミハイルが来たと思いグレイは出迎える

しかしそこにいたのはミハイルではなく、不機嫌そうな顔をした伯爵だった


「旦那様…?」

「……やっと見つけたぞ、メイドの分際で私に手間を取らせるとは……」


伯爵はグレイの腕を力強く掴んで引っ張っていく。声を掛けることも抗うこともできず、そのまま伯爵の部屋に連れ込まれた

乱暴にベッドに投げられる


「いっ……だ、旦那様?どうなさったのですか?私、何かしてしまいましたか?」

「……何か、だと?この期に及んでそんな事を言うとは……」


伯爵はグレイの上に乗り上げグッと前髪を掴み上げる


「私との逢瀬を拒んだ後、ミハイル殿と夜を過ごしたそうではないか。主である私の許可も無く…」

「え……?」


(もしかして客人の部屋から出た所を誰かに見られた?昨日も今日もメイド棟に戻っていないし……誰かが告げ口したんだ)


「違います!ミハイル様は熱を出した私を看病してくださって……」


バシン!


伯爵の腕が上がったと思うと左頬に大きな衝撃が来た


(頬が熱い、痛い、叩かれた…?)


伯爵は衝撃で硬直してしまったグレイの衣服を無理やり剥ぎ取る。綺麗なメイド服はフリルは裂けボタンが弾け見るも無惨な姿となった


「口答えを覚えるとは……ミハイル殿の影響か?大事にしてやろうと思っていたが、どうやら躾が必要なようだな」


伯爵は腕を振り上げると、グレイに拳を落とした

何度も、何度も、場所を変えて何度も殴り続けた




「……はぁ…はぁ……ふっ、やはりこれは良いな……最初からこうするべきだった、優しさをかけてやるのが間違いだったんだ」


伯爵は衣服を脱ぎ、グレイの足を開かせる


(痛い……力が入らない、動けない……)


「安心しろ、今情をくれてやる」

「あ……やだ……やめっ……」


ぬるりとしたものが太腿に触れゾッとした

動こうにも足首をきつく掴まれ動けない


「暴れるな、入れにくいだろう」

「いや、だ……やめてくださ……っ」


(嫌だ、嫌だ、嫌だ……!誰か……っ)


覚悟して目を瞑った

………しかし、いつまでたっても伯爵が動く気配は無かった

そっと目を開けると、伯爵は泡を吹いて白目を剥いていた


「え……?」

「遅くなってごめんね」


ふわりと温かな風が吹いたと思うと、横にミハイルが立っていた

ミハイルが指を空中にスッと動かすと、伯爵の体が離れ、ソファまで移動した


「少し目を瞑ってくれる?」

「え、は、はい……」


目を瞑ると、おでこに柔らかな感触がした


「開けていいよ」


目を開けると、先程まで赤くなっていた腕も、足も、跡がなくなり痛みも消えていた


「ま、魔法…?」

「治る傷で良かった、これでもう大丈夫だから」


ミハイルは着ていたローブをグレイに着せ、グレイの目線に合うように膝をついた


「ね、私と駆け落ちする気は無い?」

「駆け落ち…?」

「私は明日ここを発つ。でも君は……ここにいていいの?あんな不細……あんな主人と一緒にいるくらいなら、私と一緒に来ない?」


穏やかに、まるでお茶会に誘うような気軽さで、グレイが怯えてしまわないような丁寧な話し方で。

グレイの心は大きく傾いた


「……で、でも……私がいたら、迷惑に……」

「こんなに綺麗な子を迷惑だと思う人なんていないよ、いるとしたらそんな奴は人間じゃないね」


当たり前のようにそう言うミハイルの顔には曇りは欠片もなく、きらきらと輝いていた


「……っ……あ……私……」

「うん」


ソファで伸びている伯爵が目に入る

ミハイルが助けてくれなければ、きっと……


「………私…っ……ここから出たい……連れてって!」

「うん、じゃあ行こう!」


ミハイルは軽々とグレイを持ち上げるとコテージに向かう。窓がガラスが散っているのできっとミハイルはここから入ってきたのだろう


「よーし、じゃあここから飛んで……」

「ま、待ってください!」


グレイはミハイルの服をギュッと掴んだ


「空を飛ぶのは初めて?怖いなら下から行こうか」

「そうじゃなくて、いや、飛んだことは無いですが……部屋に取りに行きたい物が……」

「ああ、じゃあ寄ってから行こうか、落とさないから安心してて」


ミハイルはコテージの柵に片足を置いたと思うと次の瞬間、ぐっと踏み込み飛び降りた


「……っ!?」

「君の部屋はどっちにあるの?」


地面に落ちることはなく、ミハイルは宙に浮いていた。まるで透明な地面があるかのように優雅に歩いている。


(すごい……)

「グレイ?」

「あ、えっと……そこの左の奥にある黒い建物の屋根裏、です」


宙を歩いているのに地面を歩いているのと同じくらい安定していて、とても奇妙な感覚だった


「着いたよ、立てる?」

「はい、ありがとうございます」


鍵が付いていない窓を開け中に入る

中にあるのはいつも寝ている硬いベッドに何も入っていない本棚、替えのメイド服……

今の自分の格好は酷いものだ、ローブを着させてもらえたからまだ良いが、その下はとても人前に出れる姿じゃない

グレイはクローゼットにある黒いワンピースに着替え、肝心の忘れ物を手に取った


「……良かった、流石に部屋荒らしまではされてなかったな」


忘れ物を胸元にしまい、ミハイルに声を掛ける


「終わりました」

「よし!じゃあ行こう」


ミハイルはグレイに手を伸ばした

月の光が差し込んで彼の白髪がきらきらと輝いていた

グレイが手を取るとミハイルはまたグレイを抱き上げ宙を歩き始めた


「ミハイル様は物、取りに行かなくて良いんですか?」

「私の荷物は魔導袋に入れてあるから大丈夫さ」


魔導袋とは熟練の魔法使いが作る中にたくさん物が入る魔道具のことだ。かなり高価な為グレイは実物を見るのは初めてだった


(この人……画家って言ってたけど、貴族なのかな…)


いつの間にかかなり高いところまで来ていた。屋敷がもうすぐ見えなくなる、半年程働いたが特に何の感情も沸かなかった


「グレイ、見てご覧。月が綺麗だね」


空を見ると、大きな満月が光り輝いていた

眩しい月明かりがミハイルを祝福しているかのように降り注いでいる


「綺麗…ですね」

「グレイの方が綺麗だけどね。ふふ、まるで私達の駆け落ちを祝福してるみたいだ」


心地良い夜風が髪をなびかせる


「……こんなに空が広いなんて知りませんでした」


いつも屋根裏から見ていた景色、小さな窓枠からしか見たことのなかった星空がこんなに大きなものだったなんて


「……どうして、助けてくれたんですか?」

「人を助けるのに理由がいるの?」

「………」

(……やっぱり、変な人だ)


当たり前のように話しかけてきて、当たり前のように笑顔を向けられる。グレイにとってそれは初めての体験だった


(……これからどうなるんだろう

戻りたいとは思わないけど……この人に迷惑をかけてまで逃げるべきなのか?)


軽い揺れと夜風が心地よくて、屋敷なんてもうどこにも見えなくなっていた。

ミハイルの顔を見上げると綺麗な顔が優しげに微笑んでいる


「もう夜も遅いし、寝てていいよ」


返事をする間もなく、重いまぶたに抗えずにそのまま意識を手放した


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