4.討伐依頼
数年後――――
朝、人で溢れかえっている大通りをひたすら走り抜けていく。
先ほど9時を知らせる鐘の音が耳に入り、まるで死の宣告をされたかのような気持ちになる。
目当ての建物まであと少しだ。
人の間を掻い潜ること数分、ようやく目的の建物が見えた。
看板に「冒険者ギルド」と書かれた大きな建物に入っていく。
入口付近で立ち止まり、肩で息をしながら目的の人物を探していると、隣のラウンジの方から2人の少女が歩いてきた。
見開いた目でこちらを睨みながら歩いてくるエイラと、微笑みながら歩いてくるローネ。
僕は息を整えることを忘れ、血の気が引いていくのを感じた。
「おはようございます、カイトくん」
「遅い。時間にルーズにならないでって前も、その前も言ったわよね? もう何回言わせるのよ」
こちらを厳しく叱ってくる彼女に萎縮しながら謝罪する。
遅れたと言っても数分くらいのはずだが、まだ3度目で……。
だがそんなことは言えず、曖昧に笑った。
「はぁ……もういいわ。ほら、ゴブリンの討伐依頼の手続きは終わってるから。さっさと行くわよ」
そう言ってエイラはローネの手を引き、スタスタと入口に向かって歩いていった。
自分もそれに続こうとして、誰かに後ろから小突かれる。
「やってんなぁカイト。レイラおばさんの小言なんて適当なこと言って逃げればいいじゃんよ」
少年、アッシュが呆れ顔で言ってきた。
「隣人だからね……それにおばさんは優しいから断りづらいんだよ」
ヤレヤレと言うアッシュとエイラたちのもとへと走っていく。
するとアッシュがふとこちらを見てきた。
「……カイト、お前また盾だけ持ってくのか? 攻撃するためにも剣とか持っといた方がいいんじゃねぇの?」
「いや、僕が剣を持っていても上手く扱えないし、邪魔になるだけだからね。盾に専念するよ」
「ほーん……ま、いいんだけどさ。しっかり守れよ。俺が全部切ってやるからよ」
「……うん、ありがとう」
アッシュが自慢げに剣を見せながら言ってくる。
別に全く使えないわけではない。昔から剣を使うのがあまり好きではないのだ。
その点、盾なら防御に徹することで安心できる。
昔から盾は好きだった。
歩いていると前を歩くローネが背負う大きめのカバンが目に入る。
「ごめんね、準備とか任せてしまって」
「いいわよ別に。むしろ物資やお金の管理は私たちが買って出たんだから。あんたたちには他を頼んだわよ」
「任せろ。ゴブリンだろうがオークだろうが俺が真っ二つにしてやるよ」
「オークはまだ無理だと思うよ……」
アッシュは腕の力こぶを叩き、やる気満々の様子だが、ゴブリンとは違いオークはガタイが大きくて力も強い。
おまけに皮膚は石のように硬い。
本当に倒せるのか疑問に思えるほどだ。
「ゴブリンか……緊張するね」
「カイトは緊張しすぎじゃないかしら。大丈夫よ、もう何度もやってるんだし、ゴブリンだから森の奥にも入らないと思うし」
「そうだぜカイト、ビビりすぎだって」
確かにビビりすぎなのも自覚はある。
だけど自分が頼れるのはこの盾だけだ。剣が使えればまだマシなんだけど……。
それに魔法だって小さい頃から魔力操作の練習は欠かさずやっているが、未だに生活魔法のライトしか発動しないのだ。
臆病になっても仕方がないと思う。
そうこう話しているうちに街を囲んでいる城壁と門が見えてくる。
高さ10mはあるだろう壁に囲まれたこの街は、僕達がいるゾーナ王国の中でも特に栄えている街の一つらしい。
まあ、周囲が田舎だから余計に賑わって見えるのかもしれないけれど。
大きな木製の扉を潜る前に、すぐ脇に立っている門番兵のもとへと向かう。
「4人よ」
「ん、冒険者か、いいぞ」
首にかけていた銀のタグをそれぞれ門番兵に見せたあと、門の外へと促される。
ローネがいつも言っていた。『冒険者ギルドのタグを見せれば通行料は免除される』って。
金銭面の管理は彼女に任せているけれど、無料なのは僕らも安心だし納得できる。
城壁の外に広がる畑の横道を歩いていくと大きな森が見えて来た。これから入っていくノルディア大森林だ。
「じゃあ僕が先頭だね。アッシュ、後ろを頼んだよ」
「おう」
アッシュにそう伝えて先頭に行く。左手で小盾を構え、大きく口を開けたかのような森の中へと進んでいく。
パーティを組んでから数週間ほどが経ったが、陣形はある程度決まっていて、盾を持つ僕が先頭、続いて魔法士のエイラ、神官のローネ、最後に剣士のアッシュが並ぶ。これはエイラが考案した陣形だ。
5月である今はとても過ごしやすく、肌や髪を通り過ぎていく風がすごく気持ちがいい。
ゴブリンを狩りに来たことを忘れてしまいそうになるほどだ。
「森が静かですね、気持ちのいい日です」
「そうね。ピクニックでもしたい気分だわ」
ローネとエイラが気持ちよさそうな声で話しているのが聞こえ、少し楽しくなってくる。
「ピクニックか、いいな……今度するか?」
「無理です、今金欠なんですよ? そんな余裕ないです」
後ろから聞こえるアッシュの申し出にローネがきっぱりと断っている。
アッシュ、管理者相手に勝ち目はないんだよ……。
「今回のゴブリンで稼げるだろ、それで行けるじゃん」
「ダメです。そもそも準備をする度に貯めた分が流れていってるんですよ? こんな状態じゃピクニックなんて出来ませんよ」
食い下がるアッシュを軽く説き伏せるローネについ苦笑いしてしまう。
そんなに準備に費用がかかるなんて、驚きだ……。
「まあ、俺たちまだ6個ある中の一番下の等級だからなぁ……そら稼ぎもすくねぇか。あ、でももう少ししたらポイント溜まりそうだろ? それで5等級に上がれば貰える金も多くなるし、その後なら行けそうだな」
「どのぐらい貰えるかはわかりませんが、少なくとも今よりはマシにはなりそうです。まあ私たちの腕にかかってるんですが」
「止まってカイト。前方に2体、探査に引っかかったわよ」
エイラの呼びかけを聞き、二人の会話から意識を前方へと向ける。
アッシュ達も慌てて黙り込み、集中しているのがわかった。
「……バレてねぇかな?」
「わからないわ」
2体にバレないようにするためなのか、アッシュが小声でエイラに問いかける。
僕もバレないように息を潜めながら草を掻き分けていく。
少しずつ進んでいくと、開けた空間が見えてきた。
カイトが隠れている草むらの中から数メートル離れたところに腰に布をまとった人影が2つ、あった。
子供のような背丈で身体は緑色。右手には錆びているのか茶色く変色したナイフが握られていた。ゴブリンである。
ゴブリンはこちらに気づいた様子もなく、道のど真ん中で談義している様子だった。
「あたしが今から合図するからカイト行って」
「うん」
「3……2……1……今っ」
後ろから聞こえる小さな合図を元にカイト達は一斉に草むらから飛び出す。カイト自身は左腕につけていら小盾を正面に構え一気にゴブリンに近づいていく。
こちら側を向いていた一体のゴブリンが気づいて喚き始めた。カイトは少しスピードをあげる。
「うおぉ!」
2体のゴブリンが重なって見えるように走り、背を向けているゴブリンに小盾を振りかざして斜めに突き出す。
「グギァッ!」
盾の打撃がゴブリンの側面に当たり、ゴブリンはうめき声を上げて向こう側の仲間の方に倒れこんだ。
カイトは素早く横に回り込み、もう一方のゴブリンがナイフを振りかざしてくるのを見て、慌てて腰を落として盾を構えた。
ガキンッという音と共に盾に強烈な衝撃が走る。
カイトが食いしばっているところへ、後ろから走ってきたアッシュが勢いよく剣を振り抜き、ゴブリンの首を斬り落とした。
うめき声も上げぬまま、ゴブリンはその場に倒れた。
「ふぅ……。なんとか奇襲が成功したね」
「おう。やっぱこいつら弱えよ」
「……すごく怖いんだよ?ゴブリン」
そう話しているとエイラとローネがこちらに歩いてきた。
どうやらあちらの方でも軽い戦闘があったらしい。すでに2つ、依頼に必要であるゴブリンの片耳を持っていた。
「えっ、もう2体いたの?」
「えぇ、探査にギリギリ引っかからない範囲にいたのよ。アッシュが後ろに居なかったら危なかったわ」
「ま、瞬殺だがな。それよかこの2体も早く剥ぎ取ろうぜ」
「それもそうね」
なんと。どうやら2体倒した後にこちらにも来たらしい。頼もしいものだ。
カイトとアッシュが周りを警戒しながらエイラとローネがそれぞれから片耳を剥ぎ取っていく。
エイラが片耳を手に取りながら言った。
「ギルドへの報告は、必ず指定された部位を持っていかないと認められないのよね。今回みたいに片耳とか。」
ローネが頷きながら答える。
「そうです。だから一匹倒しても、ちゃんと部位を持って帰らないと報酬にならないんです」
カイトが小さく息を吐きながら言った。
「ポイントもその数で変わるんだよね。しっかり集めないと等級も上がらないし…」
アッシュが腕を組みながら笑った。
「まあ、あんまり焦りすぎるなよ。俺たちの腕が良くなれば、自然と稼げるようになるさ。それよりもカイトの盾捌き、上手くなってきてんな。前は仰け反ってたのに今回は踏ん張ってたじゃん」
「そうなんだよ!この間の打ち合いで腰を落として構えてたら腕が痺れるだけってことに気づいたんだ!」
カイトが嬉しそうにアッシュに話す。この2人は時間が空いた時に打ち合いをしてきたので、目に見える成果ができたのはとても喜ばしい事だった。
「いきなりゴブリン4体ですか。幸先いいですね」
「そうね。でももう少し奥に進んだら1度入口に戻ったほうが良さそうね。ちょっと入りすぎかも」
剥ぎ取りが終わったローネとエイラは2人に合流し、森の奥へと進んでいった。