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サンデンキ  作者: まついち
第一章
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3.記録装置

最初に聞こえたのは、弾むような声だった。

 

(あー! やっとだ! マジでやっとだよ! あー……こっちの声、ちゃんと届いてるよね?)

 

 その熱量に田中は思わず口を開く。

 

「……聞こえている。どうやら成功したらしいな」

(よしよし、やっぱり血が必要だったんだな……いや、まあ、それもそうか)


 田中は、目の前の革表紙の古文書を見下ろす。

 数千年の時を超えて届く声。まるで冗談のような出来事だが、今は確かに繋がっている。


「さて、続きを聞かせてもらおうか。カイトさん、あなたは一体……」

(あー、それそれ! 俺の話をしないとね。時間が腐るほどあったけど、いざ話せるとなると、何から説明していいか迷うな……)

 

 しばしの沈黙。

 

(……俺は、この本の持ち主だ。そして、君に“俺の生涯”を体験してもらうために、ずっとここで待ってた)


 田中は眉をひそめる。

 

「生涯を体験?」

(うん、これから説明するけど、その前に覚悟しとけよ。これ、ただの物語じゃないから)


 声の響きには強い自信と、どこか底知れぬ覚悟が感じられた。

 田中は深く息をつき、心を落ち着けるように本を握り直した。

 接続が安定したのか、カイトの声は途切れなく続く。

 

(まず、この本は……いや、君の言葉で言うと、記録装置みたいなもんだ。ただの文字じゃない。俺の記憶や感情、感じたものまで全部詰め込んである)

「つまり、読めばわかるということか?」

(読む、じゃ足りない。——“体験”するんだ)


 田中は息を呑む。

 古文書に記された記録を、そのまま追体験できるというのか。


(で、これが本題。君に俺の人生を全部見せる。それが俺の目的だ。そして——君に語り継いでもらう)

「なぜ私なのだ?」

(認証条件が合ったのが君だった。それだけ。でも……多分、それは偶然じゃない)


 理不尽な話に戸惑い、胸の内で小さく苛立ちを感じた。だが同時に、なぜか説明もされぬ使命感が胸に芽生え、抗えぬ何かに導かれるような気がした。自分でも信じられないが、なぜか納得している自分がいた。


(で、本題だ。君にはこれから俺の生涯を体験してもらう)

「……体験か」

(そう。読むんじゃなく、実際にそこに行って、生きてもらうんだ)

「そこというのはまさか?」

(俺が生きてた時代さ。君のいる世界と同じ場所だけど、何千年も前の話だ)

「ま、待て。そんなことが——」

(はいはい、説明はいい。やってみりゃわかる)

「いや、心の準備というものが——」

(準備? そんなもんいらないって。よし、じゃあ行くぞ)


 その瞬間、ページの文字が光を放ち、田中の視界が真白に弾け飛んだ。

 次の瞬間、視界は白くぼやけ、冷たい空気が肌を包み込んだ。

遠くでパチパチと暖炉の火がはぜる音が響き、柔らかな布団の感触が体を包み込む。

それはまるで、現実と記憶の狭間に漂うような感覚だった。


そして、その温もりの中で、静かに声が響き始めた——。





 

 子供の頃、僕の世界は光り輝いていた。


 努力すれば、すべて報われる。

 なりたいものになれる、可能性は無限大。

 そんな希望に満ちた世界だと思っていた。


 しかし、現実は違った。

 いくら努力しても伸びないものは伸びず、逆に努力しなくても成功する者もいる。

 世界は平等に不平等だった。


 それでも夢を諦めない。

 例えその道が細く弱い光でも。

 過去の自分に報いるため、出来ることを模索する。


 そんなことを想いながら、僕は眼前の光輝く世界を見つめていた。




 季節は冬。凍えるような寒さが世界を包み、去ったはずの夏が恋しくなる頃だった。

 僕は布団にくるまり、唯一の暖炉の火が送るぬくもりに身を委ねていた。


「そうして、勇者は世界を救いましたとさ、めでたしめでたし」


 隣で母が絵本を閉じる。


「いいなぁ、僕も勇者みたいに強くなりたいな」


 母に羨望の眼差しを向けた。


「カイトならなれるわよ。今日もたくさん魔法の練習したんでしょ?」


「うん……でも、どうしても上手くできないんだ」


 僕は苦い気持ちを隠せなかった。


「どうして?あんなに練習しているのに?」


 母は優しく僕の顔を覗き込み、励ましてくれた。

 その優しさに少し安心しつつも、胸の痛みは消えなかった。


「……だって、何度やってもできないんだもん。隣のヘラちゃんはすぐできたのに……みんなの中で僕だけ……」


 涙がこぼれそうになるけれど、母に抱きしめられ、その気持ちはかき消された。


「大丈夫よ、カイト」


「え?」


 優しい笑顔が僕を包み込む。


「ヘラちゃんは確かにすごいわ。小さい頃から魔力を操って、今では魔法も使いこなしているもの」


「……うん、ヘラちゃんはすごいよ」


 僕は心の中でそう思っていた。


「でも大切なのは、あなたの気持ちよ」


 母は僕の胸をそっと撫でる。くすぐったくて少し身をよじった。


「あなたの“なりたい”という強い気持ちがあれば、どんな夢でも叶うのよ。勇者にも魔王にもなれるわ」


「えー、本当に?魔王にはなりたくないよ」


「ふふ、本当よ」


 頭を優しく撫でられ、眠気が差し始める。


「その気持ちがあれば大丈夫。強くなるのはそれからよ」


「……うん、わかった。魔法の練習は続けるよ」


「えらい子ね。さあ、もう寝ましょう」


 母に布団を掛けられ、強烈な眠気に襲われて目を閉じた。


「おやすみ、母さん」


「おやすみなさい、カイト」


 母の声を聞きながら、僕は夢の世界へと沈んでいった。

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