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サンデンキ  作者: まついち
第一章
3/11

2.邂逅

 研究は日を追うごとに進み、田中もまた夜遅くまで実験と分析に没頭していた。


 そんな中、今日も田中は保管室の本の所へ赴いていた。

 手袋をし、いつものように本を開いていく。

 するとまたいつもの如く文字が浮かび上がる。

 遺跡のあちらこちらで見かけた文字列と似たものが、本の最初のページに並んでいるのを見て、田中はなんとなしにその文字をなぞるように指を滑らせた。


 すると、目の前で文字が鮮やかに浮かび上がり、突然声が聞こえた。


(……うん?え? ……え?)


 驚きのあまり、田中は顔を上げ、資料を読んでいる同僚の姿が目に入ったので声をかける。


「なんだ?どうした?」


 その声に反応した同僚は、顔を上げて返事をした。


「?? なにが?」


 そのやり取りに田中はハッとし、慌てて手元の本を見る。

 その様子を見た同僚が声を潜めて言った。


「おい、なんだその反応は……まさか、また新現象か?」

「……恐らくな。突然声が聞こえたんだ」

「声?気のせいじゃないのか?」

「いや、確かに聞こえた。この部屋には俺とお前しかいないし、お前でなければ、もはや原因はこれしかないだろう」


 そういって田中は手元の本を指す。 

 しかし、その後、声が聞こえることはなかった。

 その晩は不思議な出来事を胸に秘めつつも、田中は疲労から早めに床に就いた。


 翌日、田中は再び同僚たちに昨夜の出来事を報告した。

 彼らは半信半疑ながらも検証を重ねることにした。


 何度もページを開き、そしてふと指で文字をなぞる。

 すると……またしても声が聞こえてきた。


(……あー、テステス、聞こえますか?)


「……声が聞こえたぞ」

「おぉ!!!」

(お、ほんと!? これ聞こえてる!?)

「……あぁ、聞こえている。君は……いや、あなたは誰だ?何処にいる?」


 周りの同僚達は田中と謎の相手とが対話を始めたのを見て、静かになる。


(いやぁ……長かった!!!! いや、ほんと長すぎぃ! 何年待たせんだよ!!!!! 50年? 100年? ……6000年だよっ!! 遅すぎ!!!!)


 どうやら声の主はかなり溜まっていたのか、まくし立てるように不満をこちらにぶちまけてきた。

 それと、重要な情報がまた飛び出してきた。少し落ち着いて欲しい。

 

「……ずいぶん待たせてしまったようで申し訳ないが、私も最近遺跡を見つけたものでね。この本を見つけたのも偶然の産物だ」

(……あぁ、うん。ごめんごめん。ちょっと……ううん、かなり待ちすぎて頭がおかしくなりそうだったんだ。自己紹介がまだだったね。俺の名前はカイト。この本の持ち主さ)


 (本の持ち主?)


 次から次へと情報が飛び出してきて、頭が痛くなってきた。

 つまり……6000年前の存在が、この本に意識を封じ込めていて、しかも何故か私だけに反応し、脳に直接声を送ってきている……そういうことか? ……めちゃくちゃだな。


「聞きたいことは山ほどあるが、まずは私も名乗ろう。田中悟という者だ。さきほど6000年と言っていたが、あれはどういう意味だ?」


「6000年?」

 すぐ横で同僚が怪訝そうに呟いた。


(そのまんまだよ。6000年待ったってこと。……まあ正確に言うと6534年だけどね。今って2025年だよね?)


「本当にそうなのか……。確かに今は2025年だが、なぜ分かった? それと、どうやって話しかけている? 意識を本に入れることも気になるが……何より、なぜ私なんだ? 最初に拾ったからか?」


(沢山聞くねぇ)


 しまった、つい矢継ぎ早に聞きすぎたか。

 答えを待つが――突然、声が途切れた。


「……あれ? 黙った……?」


 急いで周りの同僚たちに、聞こえた内容を報告する。

 文字が浮かび上がるだけでも衝撃なのに、さらに“6000年前の意識”が脳に直接語りかけてくる――情報量が多すぎて、皆の脳が追いつかない。


 他にも何か条件があるのか、その日は何度文字列をなぞっても、声が戻ってくることはなかった。




 あれから数日が経った。

 保管室では、田中と数名の研究員がほぼ毎日、例の本を囲んでいた。

 最初のページをなぞるだけでは駄目らしい。指先の温度、湿度、触れる時間――細かすぎる条件を一つずつ検証していくが、結果はすべて沈黙。


「昨日と同じやり方だとダメだな」

「インクの部分じゃなく、余白を触ったらどうだ?」

「……駄目だ。何も起きない」


 ページのめくり方や保管室の照明の明るさまで調整したが、何も変わらない。

 やがて、他の研究員たちは「偶然の現象だったのでは」と囁きはじめる。


 だが田中の中には、あの日確かに頭の中で声を聞いた感覚が焼きついていた。

「偶然」では片づけられない確信。あれは、繋がったのだ――何かと。


(まるで通信が途切れたみたいだ……)

 自分の呟きに、自分でハッとする。


 通信――そういえば、あの洞窟の奥で見た仕掛けも、最初は沈黙していた。

 分厚い石扉の前で、何をやっても反応しなかったのに、血の一滴で静かに開いたあの瞬間。

 薄暗い洞窟の湿気、石に刻まれた古代の紋様、血が吸い込まれるように染みていく様子が、鮮明に脳裏によみがえる。


 ……やってみる価値はある。


 とはいえ、相手は何千年も前の存在かもしれない“声”だ。

 加えて、この本自体が発掘されたままの状態で残っていた極めて貴重な古文書であり、保存状態も奇跡的といえる。血を垂らすなど、本来なら研究者として絶対に避けるべき行為だ。

 軽々しく試していいのかという迷いもあった。

 しかし、結局、好奇心が勝った。


 指先に細い傷を作り、赤い雫を一滴――まずは革の表紙に垂らす。

 暗褐色の革の上に、鮮やかな赤がぽたりと落ち、丸く広がった。

 だが、それだけだった。革は液体を拒むように艶やかに光り、何の変化も見せない。


 「……やはり違うか」

 思わず息を吐く。


 それでも諦めず、最初のページを開き、例の文字列の上にもう一滴。

 血は細い線を伝うように流れ、文字の刻み目に沿って薄く広がった。

 その瞬間、わずかに文字が赤く輝き、まるで脈動するように震えた。


(……あー、やっと繋がったよ)

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