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サンデンキ  作者: まついち
第一章
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1.救助

 薄暗い洞窟から一歩外へ出ると、強烈な日差しが目を射た。

 乾いた風が砂塵を巻き上げ、広大な砂漠が果てしなく広がっている。

 肩を貸してくれる救助隊員の腕にしがみつき、震える足で砂地を踏みしめる。


 遠くから、ヘリコプターのローター音が唸りを上げて近づいてきた。

 砂煙が舞い上がり、巨大な機体が砂原に着陸する様子が見える。


「すぐに搬送する。頑張れ!」

 

 救助隊員の声が響く中、担架に慎重に乗せられ、冷たい金属の感触に身体が沈む。


 ヘリの機内は涼しく、医療スタッフがモニターや点滴を準備している。

 点滴の冷たさがじんわりと身体に染み込み、疲労でぼんやりしていた意識が少しだけ覚醒する。


「今から病院へ向かう。安心して。」


 誰かの優しい声が遠くで聞こえ、瞼が重くなる中、田中は遠い夢の中へ落ちていった。




 ヘリが着陸した病院の救急入口は慌ただしく、医療スタッフの声や機器の音が飛び交っていた。

 担架からストレッチャーに移され、冷たいシーツの感触に震えながらも、少しほっとした気持ちが胸を満たす。


 すぐにCTやレントゲンなどの精密検査が行われた。

 頭部の打撲、骨折の有無、内出血の兆候を慎重に確認する。

 幸い、大きな異常は見つからなかったが、医師は数日の入院で経過を観察する必要があると告げた。


 病室に移されると、硬いベッドに横たわり、全身の痛みや倦怠感に襲われる。

 身体のあちこちがひりひりと疼き、思考も重く鈍っていた。


 点滴の冷たさが心地よく、体内にゆっくりと力が戻っていくのを感じる。

 けれども、疲労は深く、目を閉じればすぐに眠気に飲み込まれた。


 意識の波間で、ふと遺跡で見つけた本のことを思い出す。

 あの重厚な革表紙、古代の文字が刻まれた頁。

 しかし、その本は現在、研究機関の安全な場所に保管されていると聞いていた。


 入院中は直接触れることは許されず、資料や写真を眺めるだけの日々が続く。

 未知の謎に引き込まれつつも、身体はまだ思うように動かず、もどかしさが募った。


 病院での数日間の静養を終え、医師から退院の許可が下りた。

 田中は体の疲れを抱えながらも、看護師の支えを受けて病院を後にした。




 現在いる街、スロブの小さな空港までは、砂漠の乾いた大地を車で数時間かけて進む。

 赤茶けた砂丘が果てしなく広がる中、吹きすさぶ熱風が車の窓を叩いた。


 スロブ空港はこぢんまりとしていて、少数の旅客を受け入れるだけの静かな施設だった。

 田中はそこでアルデラ行きの小型機に搭乗し、砂漠の広がる景色を背に飛び立った。


 数十分の飛行の後、アルデラの国際空港に到着した。

この街は砂漠の北端と巨大な山脈の南端の狭間に位置し、活気と近代性が融合した大都市だった。

 高層ビル群が空を突き抜け、国際便が行き交う様子は、田中に新たな世界への期待を抱かせた。


 アルデラの空港での乗り継ぎは数時間待ちだった。

田中は待合室の椅子に腰を下ろし、冷たい飲み物で喉を潤しながら、これからの研究と未知の調査に思いを馳せた。


 やがて、ウルジニア行きの大型機に乗り込み、再び空へと舞い上がる。

 飛行機は山脈を越え、緑豊かな大地へと近づいていった。




 数時間後、ウルジニアの空港に降り立った田中は、同僚に迎えられながら研究機関へと向かった。


 玄関をくぐると、普段と変わらぬ研究室の空気が彼を包み込んだ。


「田中さん、お帰りなさい!」

 

 明るい声とともに数名の同僚が集まり、労いの言葉をかけてくれる。

 長く続いた入院を経ての復帰に、皆の表情には安堵の色が浮かんでいた。


 しかし、田中自身はまだ体の疲れが抜けず、思考も完全には冴えていなかった。

 上司が近づき、病院での経過や今後の体調管理について軽く話をした。

 

「無理は禁物ですから、体調と相談しながらゆっくり慣らしていきましょう」


 その言葉に少しほっとしつつ、田中はデスクへ向かった。

 机の上には先日発見された古代の書物の資料が積み上げられている。

 写真や写本のコピー、研究ノートが整然と並び、これから始まる調査の重要さを改めて感じさせた。


 同僚たちもそれぞれの担当分野の報告を始め、田中は聞きながら、身体のだるさを忘れるように集中した。


 初日は軽めの資料確認やデータ整理に充てられ、重い装丁の本を直接扱うのはまだ先のこととなった。

 疲労を感じつつも、田中は徐々に仕事のリズムを取り戻していった。




 スロブ砂漠の地下には、かつて壮大な街が広がっていた痕跡が眠っている。

 数千年の時を経て、その多くは砂に埋もれ、忘れ去られていたが、最近になってようやく遺跡の名残が発見された。


 そこはかつてグローリア王国と呼ばれた繁栄の地だった。

 王国の遺産は、砂漠のあちらこちらで見つかる太陽のシンボルと龍の紋章に今も息づいている。


 考古学者たちは、この遺跡からかつて高度な文明が存在していた証拠を次々と見つけ出し、失われた歴史の謎を解き明かそうとしている。


 今回田中が発見した古文書は、その鍵となる重要なアーティファクトだと期待されている。




 研究室の奥にある特別保管室には、その書物が静かに横たわっていた。


「白紙だって?」

「そうだ。本の表紙の文字は、遺跡のあっちこっちで見かける文字と同じ言語ではあるんだが、肝心の中身はキレイさっぱり白紙だ」


 同僚から話を聞いた田中は、その数人の同僚を連れて特別保管室へ向かった。

 扉を押し開けると、冷たい空気が身体を包み込み、古代の秘密を守ってきた時間の重みを感じさせた。


 重厚な棚の中で、ひときわ存在感を放つその本は、まるで田中を待っていたかのように輝いていた。

 革表紙は年月を経て色あせ、厚みは六法全書にも匹敵する重さがある。


 田中は特別保管室の静けさの中、慎重に手袋をはめ、ゆっくりと本の表紙を撫でるように触れたあと、そっとページを開く。

 中身は本当に、目の前に広がるページはまったくの白紙だった。


 しかし本を開いて確認し終えたその瞬間、田中の指先に不思議な感覚が走った。


 これまでただの白紙だったページに文字が鮮やかに浮かび上がったのだ。

 その変化に、研究員たちは思わず息を呑み、ざわめきが広がった。


「触れた途端に変わった……? これは一体どういうことだ?」

 

 誰もが戸惑いながらも、興奮を隠せない様子だった。


 しかし、田中が指を離すと、文字は瞬く間に消え去り、ページは元の白紙に戻った。


 田中がページに触れて文字が浮かび上がる現象は、一瞬にして研究室の空気を変えた。


 誰も見たことのない異常事態に、研究員たちは慌ただしく動き回った。持ち出された高性能カメラが文字の変化を捉え、化学分析装置はページの成分を詳細に調べ始める。


「何度でも再現できるのか?」

 

 研究員同士が声を掛け合いながら、田中に何度もページを触らせる。触れるたびに文字は鮮明に浮かび、離すと消え去った。


 だが、その文字は誰にも意味が理解できず、ただの謎の記号の集まりに過ぎなかった。


 光学検査、温度測定、湿度変化のデータ──どれも通常の範囲内で、不可解な現象を科学的に説明できる兆候はなかった。


 そんな中、遺跡調査の責任者が電話を手に取り、上層部へ速やかに報告を開始した。


 遺跡の価値は一気に跳ね上がり、数日以内には政府関係者や専門家が現場に集まることが決まった。


 マスコミの報道も始まり、現場は日増しに騒然とした様子を見せる。


 田中自身も、ただの研究者である自分が何故この現象に関わっているのか、戸惑いを隠せなかった。


 しかし、今は謎の解明に集中するしかなかった。

 この古文書に隠された秘密が、まだ誰も知らない何かを示していることだけは確かだった。

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