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サンデンキ  作者: まついち
プロローグ
1/11

偶然の産物

お試しでやってみました。

続くか分かりません。

 何かが近くを通る感覚。

 途端に寒気を感じ、湿った土の匂いが鼻をつく。

 ゆっくりと目を開けるも、視界はぼやけ、灰色がかった黒の影が揺れている。

 

 体の芯から冷えている。

 まるで裸で外に放り出されたような寒さだ。だが、着ているはずの服の感触もよく分からない。

 

 田中は記憶をたぐり寄せながら、ゆっくりと上体を起こそうとした。

 しかし、まるで何かに跳ね飛ばされたかのような衝撃が全身を駆け抜け、その鋭い痛みに思わず顔を歪める。視界はぐらつき、暗い(もや)がかかったように揺らぐ。

 

 なんだ、何が起こった。

 

 頭の中が少々混乱する中、しばらく目を閉じて、呼吸を整える。おそるおそる目を開け、もう一度上体を起こした。 

 立ちくらみをこらえながら、正面を見ると、ゴツゴツとした壁がぼんやりと浮かび上がる。

 

 そうだ、そうだった。自分は遺跡の調査をするために洞窟に入って――それから……?

 

 そこはゴツゴツとした岩壁に囲まれた洞窟であった。自分はどうやら洞窟の半ばで眠っていたようだ。

 照らされた岩肌は粗く削られたような凹凸に覆われていた。

 だが、その一部だけ妙に平坦で、まるで意図的に切り取られたかのようだった。

 

 手元の懐中電灯がかすかに奥を照らすが、その先は闇に溶け込んで何も見えない。

 背後を振り返れば、そこには息を呑むほどの深い暗闇が広がっていた。

 

 田中はふらつく足で立ち上がる。床を明るく照らしている懐中電灯を手に持ち前方に向けると、暗かった左手側が照らされる。

 そこには銀色に光る円柱型の水筒があった。隣には黒いプラスチック破片が散らばっている。

 水筒持ち上げると中から音がした。 

 蓋を開ける。暗くて見えなかったため、懐中電灯で中を照らした。光の中に、わずかに揺れる透明な水が映る。

 喉の奥が焼けるように渇き、無意識に水筒の口に唇を押しつけた。冷たい水が流れ込むと、全身が少しずつ潤っていくのを感じる。

 

 渇きを癒した後、今度は空腹を感じたため、辺りを懐中電灯で照らしたが、それらしきものは見つからなかった。


 足元の石を踏みしめるたび、かすかな反響が耳に返ってくる。

 頭の奥で鈍い痛みが続き、まるで何かがこめかみの内側をゆっくりと叩いているようだ。


 ——確か、あの時。

 奥の通路を進んで、壁のひび割れに手をかけた瞬間、天井が……。

 そこから先の記憶は泥水のように濁っていて、掴もうとすると指の間からすり抜けていく。


 ふと、かすかな風を頬に感じた。

 洞窟の奥からだ。

 風があるということは、どこかへ繋がっている。


 背後の闇へ目をやる。あの方向は崩落で塞がっているはずだ。戻れない。

 ならば行くしかない——。


 田中は深く息を吐き、懐中電灯の光を頼りに歩みを進めた。

 足元の砂利がざらりと鳴り、狭い通路を抜けると、壁の岩肌に奇妙な文様が刻まれているのが見えた。

 幾重もの円が重なり合い、中央には古代の印章のような形。

 懐中電灯を近づけると、それは金属のように鈍く光った。

 田中は無意識のうちに、その文様へ手を伸ばしていた。

 指先が触れた瞬間、冷たい金属の感触とわずかなざらつきが伝わる。

 なぞるたび、表面の凹凸が肌に刻み込まれ——次の瞬間、指先から微かな熱が走った。

 熱が指先から掌、そして腕へとじわじわ広がっていく。

 それと同時に、壁の文様がかすかに光を帯びた。

 淡い金色の線が輪郭をなぞるように走り、やがて複雑な模様全体が淡く輝き出す。


 ——動いてる……?


 低い振動音が足元から伝わってきた。

 最初は耳鳴りかと思ったが、岩壁全体がかすかに震えている。

 振動は徐々に強まり、壁の中央が静かに割れ、奥へと続く通路が口を開いた。


 田中は一歩退いた。

 しかし、その奥から吹き出す空気は生暖かく、かすかに金属の匂いが混じっている。

 背後には崩落の闇、前には未知の通路。選択肢は一つしかなかった。

 

 通路を進むと、やがて開けた空間に出た。

 天井は高く、中央に直径二メートルほどの光の球体が静かに浮かんでいる。

 その輝きは弱々しいようでいて、決して消えることなく、一定の間隔で脈動していた。


 ——指先に、あの時の小さな痛みがじんわりと蘇る。


 触れた瞬間に感じた、鋭く細い痛み。

 それはただの感覚ではなく、まるで自分の身体の一部が仕掛けと交信しているかのようだった。


 ——まさか、これを……動力に?


 足元は砂と粉砕された岩片で覆われ、長い年月を物語っている。

 壁や天井には鍾乳石が垂れ、ぽたり、と水滴が響くたびに空間はより広く、冷たく感じられた。

 この部屋も、洞窟も、きっと千年以上もの時を超えて存在してきたのだろう。


 中央には黒い台座があり、その上に一冊の分厚い本が置かれていた。

 分厚い革のような表紙は金属めいた鈍い光を放ち、表面には不規則な文様が刻まれている。

 しかし、その大半は厚く積もった埃に覆われ、指でなぞらなければ判別できないほどだった。


 田中は無意識のうちに手を伸ばし、ゆっくりとその本を持ち上げた。

 想像より重く、内部で何かが詰まっているような感触がある。


 持ち上げた瞬間、遠くから、こだまする声がぼんやりと耳に届いた。

 

「……な……さ……ん……」

 

 声は薄く掠れ、反響に消されてしまいそうだった。

 その声は徐々に輪郭を帯び、切迫した口調で次第にはっきりと伝わってくる。

 

 「田中さん! こちらだ! 返事をしてくれ!」


 背後の崩れた通路の方角から、救助隊の懸命な呼びかけが響いていた。

 耳を澄ますと、かすかな足音が響き、揺らめく懐中電灯の光が暗闇を切り裂いて近づいてくる。


 胸の奥に、かすかな希望の灯がともった。

 田中は小さく声を絞り出し、応えた。


 「ここだ……」


 それを合図に、光はさらに強くなり、温かな明かりが部屋全体を照らした。

 その光に包まれ、田中は崩落に巻き込まれた現実を受け入れつつも、確かな安堵に満たされた。

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