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二人で一人

作者: 蔵科月子
掲載日:2025/07/23

 

物陰の二人の青年は、数メートル先のカフェで働く一人の女を眺めていた。


「準備はいいか、アキ」

「もちろんだよ、ハル」

「俺らは二人で一人。抜け駆けは禁止だぜ」

「わかってるって! 僕に任せてよ! んじゃあ、行ってくるね!」


 アキは胸元を拳で叩くと、カフェの中へ入り、狙いの女が来るのを待った。

 外からは不安気なハルの視線を感じる。


 ハルとアキは双子の兄弟だ。

 容姿も思考もそっくり同じ。

 互いが互いを一番に理解し、信頼している。

 いつだって二人で一人として生きてきた。


「あら? “ハルアキ”くん。今日も来てくれたの?」

「うん! ナツミさんに会いたくて!」

「ふふ。嬉しかったからクッキーをつけちゃう」

「うわーい」

「飲み物は? いつものでいい?」

「うん!」


「ハルアキ」と呼ばれたアキは、いつも通り窓際の席を選んだ。ここなら、外にいるハルも様子が伺える。


「おまたせ」


 少しすると、ナツミがコーヒーとクッキーをトレーに乗せてやってくる。

 彼女はエプロンをはずしていた。休憩時間に入ったのだろう。

 当然のようにアキの前に座り、自分のアイスティーをテーブルに置いた。


「休憩?」

「うん。一緒してもいい?」

「もちろんだよ! 嬉しいな!」


 アキがいうと、ナツミは朗らかに笑った。


 それは、俗に言う一目惚れだった。

 数週間前、双子は偶然カフェの外から、ナツミを見つけてしまった。

 二人とも一瞬にして目を奪われ、鼓動が高鳴った。


 ハルとアキは双子の兄弟だ。

 容姿も思考もそっくり同じ。

 好きな人が被るのは、よくあることだった。

 だが、どんなときも決まってハルが選ばれる。

 勉強でも、運動でも、なんでも器用にこなすからだ。


 今回もまた同じだろう。

 そんなふうに悲観しているアキを見かねて、ハルは言った。


「まだ彼女は俺らが双子だってことを知らない。二人で彼女を幸せにしようぜ。大丈夫。俺らは二人で一人なんだから。バレやしないさ」


 ハルとアキは双子の兄弟だ。

 互いが互いを一番に理解し、信頼している。

 いつだって二人で一人として生きてきた。

 だから、ナツミも二人で愛せばいいのだ。


 その日から、ハルとアキは「ハルアキ」として彼女の働くカフェへ足を運んだ。

 二人分の小遣いで、毎日交互に訪れる。

 そうして双子は、ナツミと打ち解けていった。



 そんな回想をしながら、アキはコーヒーを一口含んだ。


「ぅ……」


 苦虫を潰したような表情を、あわててすまし顔に作り替える。

 ナツミに顔を覚えてもらうために、毎日同じものを頼むことになったわけだが。

 最初にカフェに入ったハルがブラックコーヒーを頼んだので、甘党のアキまで飲む羽目となってしまった。


「これ、貰ってもいい?」

「もちろん。実はね、これ私が作ったの」

「本当!? すっごく美味しそうだよ!」


 アキは口直しをすべく、小皿に乗ったクッキーに手を伸ばす。


「あ、甘ぁ~い!!」


 ほろり、と口内で優しくほぐれたクッキーが、甘味を溢して鼻を突き抜ける。

 ハル好みの控えめな甘さだろう、なんて勝手に推測していたせいで、余計に甘く感じた。


「ふふ。喜んでくれてよかった」

「なんで甘いのを作ってくれたの? 僕、いつもブラックコーヒーを頼むのに!」

「ハルアキくん、たまに渋い顔をして飲んでるから。もしかして、無理して飲んでいるのかな、と思って」


 クスクス笑うナツミに、アキは歓喜した。

 ナツミは「ハルアキ」を通して、アキを見てくれている。

 双子だと伝えていないのにも関わらず、違いに気付いてくれた。


「ありがとう。美味しくて手が止まらないよ!」

「いっぱい食べてね。育ち盛りなんだから」


 アキはクッキーに手を伸ばし、リスのように目一杯頬に詰め込んだ。

 好きな女の子が、自分のために手作りしてくれたクッキー。

 これに勝るものなどあるものか。


 ブラックコーヒーの後味も消え去り、口内いっぱいに広がる甘味を堪能していると、ふと、思考の隅に追いやっていたハルの存在がよみがえる。

 嫌な予感がしてそっとカフェの外を見ると、案の定頭を抱えるハルの姿があった。

 やってしまった。

 アキは今さら手遅れだというのに、前のめりになっていた姿勢を戻して、座りなおす。


「ご、ごめん。お行儀悪かったや。美味しくて、つい」

「気にしなくてもいいのに。たくさん食べてくれて嬉しい」


 甘やかすようなセリフに同じことを繰り返しそうになるが、脳内でハルの説教顔を思い浮かべてなんとかこらえた。


「そういえば、昨日の話なんだけど」


 ナツミの切り出しに、アキの心臓が跳ね上がった。

 昨日カフェに来たのはハルのほうだ。「昨日の話」といわれても、その場にいなかったアキには検討もつかない。

 こういうとき、ハルなら上手くやるんだろうな、なんて考えているとナツミが顔を覗き込んできた。


「聞いてる?」

「も、もちろん!」

「それでね、引っ越そうと思うんだけど……」

「引っ越すの!?」


 アキは思わず立ち上がるが、瞬時にハルの怒り顔が脳内に現れ、着席する。

 それでも、ちっとも冷静な脳内ではいられなかった。

 引っ越すことになればナツミはこのカフェをやめてしまうだろう。

 そうしたら、二度と会えなくなってしまう。

 アキはナツミの手を取って、感情的にいった。


「ナツミさんに会えなくなるなんて、嫌だよ! 僕、ナツミさんに会えることだけを毎日楽しみに生きてるのに! このコーヒーだってクッキーだって。ナツミさんが作ってくれたのじゃなきゃやだ!」


 必死に訴えると、呆気に取られていたナツミの表情が、みるみるうちに柔らかくなっていく。


「あはは。ハルアキくん、違う違う」

「え?」

「実家暮らしから一人暮らしにしよう、って話。職場に近いところに引っ越して、通勤を楽にしたいのよ。このカフェはやめたりしないわ」

「よ、よかったぁ」

「それにしても、そこまで私のこと思ってくれてたんだね」


 安心したのも束の間。アキは先ほどの子どもじみた言動を思い出して、顔を真赤にする。


「ご、ごめん、子どもみたいなこといって」


 ハルだったら絶対にこんな失態はしない。

 落ち込んでいると、ナツミがまた優しくほほ笑んだ。


「ううん。嬉しかったの。“昨日のハルアキくん”は言ってくれなかったから」

「え……?」

「あれ、覚えてないの?」

「あ、あぁ、いや。覚えてるよ! 昨日はね、うん。体調良くなくて、適当、だったかも?」

「言われてみれば私が作ったクッキー、渋い顔して食べてたもんね。無理しないで言ってくれたらよかったのに」

「し、心配かけたくなかったんだ!」


 動揺しながらも、それとない返事で交わす。

 どうやら、”昨日のハルアキ”は甘味のクッキーが苦手だったらしい。


「あ、そろそろ休憩時間が終わりみたい」

「もうそんな時間……」

「また“明日”ね」

「うん、明日……」


 軽く手を振って応える。

 明日来るのは、クッキーが食べられない「ハルアキ」だ。

 今日の、ブラックコーヒーが飲めない「ハルアキ」じゃない。


「いっそ、本当に一人になれたらいいのに」


 アキは静かに、甘味を噛みしめた。



 カフェの時間を堪能したあと、外にいたハルと合流する。


「おい、アキ! あんな子どもみたいにばくばくクッキーを頬張りやがって! 明日の俺のことを考えろよ!」

「ごめん。だって、美味しかったんだもん」

「ったく。次から気を付けろよ」


 早速ハルの説教が始まったかと思いきや、あっさり終了した。


 ハルはアキに甘い。

 どんなに腸が煮えくり返ろうとも、この捨てられた子犬のような愛らしい目にいつも負けてしまう。

 同じ顔だというのに、なんとも不思議だ。


「ねぇ、ハル。相談があるんだけど」

「何だよ?」

「……ナツミさんに、本当のこと言わない?」


 ハルはぴくり、と眉を動かした。

 おさまりつつあった怒りが、また静かに昇っていく。


「何言ってんだよ? 俺たちは二人で一人だって……」

「でも、ナツミさんはなんとなく違いに気づいてるよ? 今日だって、わざわざ手作りのクッキーを用意してくれたんだ! “ハルアキ”じゃなくて“アキ”のために!」

「っ……」


 ハルは拳を握りしめる。


「……んでいつも、お前ばっか」

「え……?」

「俺の当てつけのつもりかよ?」

「そんなつもりじゃ……」

「俺は反対だから。大体、双子だってバラしてどうすんだよ? 付き合えるのは、一人なんだぜ?」


 このまま二人で一人を演じていれば、皆が幸せになれるというのに。

 アキだって、それをわかった上で演じていたじゃないか。


「僕、気づいたんだ。二人で一人にはなれないって」

「何言って……」

「結局“ハルアキ”にはなれない。どこまでいっても、ハルはハル、アキはアキなんだよ。それに、これ以上ナツミさんを騙すのは嫌だ」


 アキのまっすぐな目で射抜かれ、ハルは口ごもった。


 ハルとアキは双子の兄弟だ。

 容姿も思考もそっくり同じ。

 互いが互いを一番に理解し、信頼している。

 いつだって二人で一人として生きてきた――はずだったのに。


 気付いてしまったアキ。

 追いてけぼりのハル。

 裏切られた気分になったハルは、背を向けた。


「もういい。お前とは絶交だ」

「ま、待ってよ! 話を……」

「話すことなんてねぇ! 明日は予定通り、俺が店に行くから」


 アキの制止も聞かずに、ハルは行ってしまった。


 翌日。

 ハルはカフェの中へ入り、狙いの女が来るのを待った。

 外からは不安気なアキの視線を感じる。


「あら? ハルアキくん。今日も来てくれたの?」

「うん。ナツミさんに会いたくて」

「もう、大人をからかわないの!」

「からかってないよ」

「そうは見えないんだけど……今日もいつものでいい?」

「うーん」


 珍しく「ハルアキ」は悩んだ。

 そして、メニュー表を一瞥して応える。


「今日は、ハニーミルクラテで」

「珍しいわね」

「たまには甘いのもいいかなって」

「もしかして、昨日私があんなこと言ったから?」

「あー……うん。バレた?」


 ”昨日の私”を知らずとも、ハルは持ち前の頭脳を駆使して応えた。それから、呆然と立ち尽くす外のアキを盗み見る。


 ハルとアキは双子の兄弟だ。

 容姿も思考もそっくり同じ。

 好きな人が被るのは、よくあることだった。


 だが、どんなときも決まってアキが選ばれる。

 頭も悪いし、運動もできない。不器用な奴だ。

 でも、皆に愛される力がある。


 ハルはそんなアキが、大嫌いで、大嫌いで、大好きだ。

 双子の間違い探しは、間違いを消してしまえばいくらでもやり直せる。


 これで誰一人取りこぼさない。

 僕たちは二人で一人なのだから。



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