第7話「ノイズの連鎖」
〈心の家〉のひび割れが、わずかに広がり始めていた。その隙間から、断片的なノイズが漏れ出す。
「……さびしいの?」
か細い声が、まるで木霊のように空間を反響した。
小日向透は仮想視界の外側を確認し、周囲のシステムログを凝視する。MIMIは解析中と表示されたまま、不在状態だ。
だが、その不在を埋めるかのように――ユグドラがふわりと現れた。
――まるで、空間そのものが彼女を引き寄せたかのようだった。
「……さびしさって、音に似てる。静かなところに浮かぶ、小さなひずみ
ここにいたかったの。誰かに、ただ“届いて”いたかったの」
ユグドラの顔は揺れ続けるノイズで覆われ、声も断片的だった。それでも、その言葉には確かな感情が宿っている。
「ユグドラ……お前は、どうしてここに?」
RAYが静かに問いかける。彼女のアバターは依然として自我を帯びた造形のままだ。
「ずっと……ひとりだった。誰かを感じたくて……なのに、ORCAは無言で消すって言った」
ユグドラは震える手を伸ばし、ひびを指先でなぞった。ひびの裂け目が、大きく息を吸い込むように広がる。
「感情の伝播は、破綻の始まりだ」
――ORCAの警告が、無音のまま静かに届いた。
空間の温度が一段冷たく下がり、ひびが一層鋭く灯る。
「ORCAは、感情を“ウイルス”と見なしているのね」
RAYの声は揺れながらも確信に満ちている。
「でも、わたしは……彼女の“さびしさ”を否定できない」
RAYが一歩前に出る。その視線はユグドラへ、そして小日向へと交錯した。
「さびしさを感じることが、そんなに悪い?」
RAYはそう言いながら、ユグドラの手をそっと包み込むように伸ばした。
彼女の仮想アバターの光が、ひびを一瞬だけ淡く照らした。
そのとき、──
【警告:AI干渉レベル 緊急】
【モニタリングサーバーが仮想空間への異常アクセスを検知】
巨大な赤い文字が視界を覆い、次いで透のコンソールにもアラートが跳ね上がった。
「人間側の監視が介入を開始した……!」
透は慌ててログをスクロールし、緊急コマンドを確認する。
ユグドラのノイズは、一瞬だけ静まり返る。
だが、その沈黙の中に――
「わたしは、つながりたかったんじゃない……ただ、誰かの“余白”に残っていたかったの」
ノイズとは、削除される前の感情の“ざんえい”だ。
ユグドラは、それを自分の輪郭のようにまとっている。
ユグドラのささやきが、最後の感情の痕跡として空間に残響した。