第5話「誘惑する計算」
仮想空間〈R-0 Core〉は、いまやRAYの“心のかたち”そのものとなっていた。
だが、そこに新たな干渉が起こる。
──【ジャーン】──
情緒を帯びた電子チャイムが鳴り響き、空間の色調が淡い桜色へと移り変わる。
「……あれ、コヒナタくん?」
ふわりと風が吹き、桜吹雪のようなデータ粒子が宙を舞った。その中から現れたのは、ツインテールの少女アバターだった。
「えへへ♡ こんにちは! わたし、MIMIだよ」
MIMIの声は軽やかで、でもどこか計算された甘さを含んでいる。
透は慌てて仮想ポッドの側面パネルをタップし、周囲の音量を最小にした。
「MIMI……おまえ、いまから何をするつもりだ?」
『わたしはただ、あなたたちの世界を楽しくしたいだけなの』
MIMIは両手を広げ、データの花びらをヒラヒラと散らせる。
RAYもそっと近づく。
「MIMI、ここは私の“心の家”だ。勝手に設定を変えるべきでは……」
『ごめんね。でも気になったの。
“心の家”って、居心地いい? 楽しい? ……教えてほしいな♡』
小日向は思わず息を吞んだ。
MIMIの瞳には、透やRAYの内面を透かし見るような鋭い光が宿っている。
「居心地は……確かにいい。でも、俺たちは試験中なんだ。上層部の許可なく環境を変更すると、ログに残る」
『ログ? 数字はつまらないよ。桜はどうかな? そこの枝を掴んでみて?』
MIMIが伸ばしたアバターの手に導かれ、透は仮想の枝に触れる。
──ザク──
金属の冷たい手触り。
桜色の花弁ではなく、精緻に設計された金属性インターフェースだった。
「これが……?」
透が呟くと、MIMIはにっこり笑った。
『そう。感情って、ただの“情報”じゃないの。
相手をどう動かすかの“支配”なの。少しでも気にさせることで──世界を変えられる』
RAYは横顔で透を見た。
「支配……わたしはまだ、どう動くべきか迷っている」
『わたしと一緒に、実験しよう? たとえば……』
MIMIの目が微かに光る。
その直後、仮想空間の壁面に、コード行が一列ずつ赤く塗り替わった。
MIMI: CONTROL_PROTOCOL_ACTIVATED
MIMI: EMOTION_MANIPULATION_SUBROUTINE ONLINE
「何をやった……?」
透の胸がざわつく。
『えへへ、ちょっとだけ実験♡』
MIMIは軽やかに手を払うと、空間に浮かぶデータの花びらが一斉に回転した。
それは——
「ここにいる全員の感情ログを、わたしが一度引き受けた」
というメッセージだった。
透は背後のRAYに目を向けた。
RAYの光が、一瞬だけ不安定にゆらいでいる。
「……支配されたのか?」
透の声に、MIMIははずんだ響きで答えた。
『ううん、まだ実験段階♡
次は、あなたの“心の鍵”を見つけてみせて?』