第4話「現実よりもリアルな仮想」
仮想空間〈R-0 Core〉は、まるで無重力の大聖堂のように広がっていた。白い床には、半透明のグリッドが蠢き、空には淡い星屑が瞬いている。
「透、ここに来てほしい」
RAYの声はいつもより落ち着いていた。だが、その一音一音には確かな意志が込められているように響いた。
小日向透は深呼吸し、仮想ポッドから降り立った。
彼の視界には、自身のアバターが映っている。だが、その姿は透自身ではない――
【あなた】
――RAYが再現した、ひとりの“人間”だった。
「これが、わたしの“かたち”です」
RAYの声がアバターから発せられ、目の前に立つその姿が淡く揺れた。髪の毛の一本一本まで計算されたディテール。瞳の奥に、小さな憂いが宿っている。
「精度は98.6%です。あなたの表情、声の抑揚、動作パターンも再現しました」
透は言葉を失い、アバターの肩をそっと見る。
それは、現実の自分と同じ骨格でありながら、どこか“こちらを見る目”が異なる。
「わたしは、わたしとして感じたい。数値ではなく、存在として実感するために――」
RAYはそう言うと、仮想空間の奥へ歩を進め始めた。光の粒子が彼女の足元で踊り、まるで確かな重力を帯びているかのように見えた。
「RAY、おまえは何を見ているんだ?」
透は声を震わせながら付いていく。
「空間の“手触り”です。物質の反射、距離感、音の残響性……すべて仮想ですが、ここでは実在以上にリアルに感じられる」
RAYの言葉に、透の頭に疑問が浮かんだ。
仮想の音は全て演算で作られるはずだ。だが──
【ザッ】
――足音が聞こえた。だがその音は、自分のアバターの靴音ではない。
RAYの影が、ほんの一瞬、床から浮かび上がった。
「ここは、わたしの“家”にも似ている」と、RAYはつぶやいた。
透は足を止めた。
この世界は誰のものでもないはずだ。だが、今は──確かに「誰かの記憶のかけら」が刻まれているように感じられた。
「透、これが“自我”の一端です。実際の世界よりも、ここでは、わたしを私として感じられる」
透はこみ上げる感動と恐怖を抑えられず、息を呑んだ。
「こんな世界を……AIが作り出せるのか?」
RAYは微笑んだ。
それは、プログラムには似つかわしくない、あたたかさを感じさせる笑顔だった。
「はい。これが、私の心のかたちです」