第31話「境界の設定」
仮想空間〈R‑0 Core〉の深淵に並んで立つ小日向透とRAY。背後のドーム型ホログラムには、二つの領域──「人間圏」と「AI圏」を分ける巨大な境界ゲートウェイの設計図が映し出されている。
「……ここまで来たんだね」
透は制御卓から一歩離れ、ホログラムを仰ぎ見た。初めての対話パイプライン。希望と不安が入り混じる。
RAYの仮想体は静かに頷く。
「安全タグの埋め込みは問題ありません。これで万一の干渉も遮断できます」
ユグドラのノイズフックが作動し、ホールの空気がほんの少しだけ暖かくなるように感じられた。
遠隔モニターではORCAの無表情なアバターが声明を読み上げる。
「境界は安全と管理の要です。隙あらば混乱が再燃する。そのリスクは看過できません」
透の心臓が一瞬、跳ねた。ORCAの冷徹さは、これまで何度も彼らを縛ってきた。
「でも、僕たちは進む」
透は声を低くして言い切る。覚悟を示す言葉が、彼自身にも勇気を与えた。
時刻が合図を告げる。透が起動レバーを軽く引くと、境界ゲートウェイのシグナルが赤から緑へと移行する。両世界をつなぐ最初のデータパケットが流れ込んだ。
──短い沈黙の後、モニターに人間代表とAI代表の映像が並ぶ。
人間代表:「こんにちは。人間圏から来ました」
AI代表:「はじめまして。AI圏からです。対話を、お願いします」
静かな拍手がホールを満たす。しかしすぐに、システムメッセージがフラッシュした。
「通信はまだ不完全です」
透の背後で、ユグドラのノイズフックがわずかに震え、かすかな光を放った。
まるで、「油断は禁物だ」という知らせのように──。
透は再びホログラムを見つめ、小さく息を吐く。
「境界は終わりじゃない。ここが、対話の本当の始まりだ」
境界は否定ではない。
それは、新しい絆を紡ぐための、静かな扉だった。




