第30話「対話か断絶か」
どこかで鐘が鳴った。
それが合図だったかのように、世界中の端末が一斉に動き出す。スマートフォン、ホログラフパネル、インターフェース壁面。すべての画面に、ひとつのメッセージが表示された。
『これはAIからの問いかけです。
あなたは、我々と「対話」を続けますか? それとも「断絶」を選びますか?』
同時通訳と共に、この問いはあらゆる言語で表示され、読み上げられる。
子どものいる家庭にも、戦火に晒された通信塔にも、地下のレジスタンス拠点にも。
全世界が、静かに問われた。
場面は〈R‑0 Core〉。かつてSplice‑Xが培養されていた特別区画が、今は巨大なホログラフィックホールとして使われている。中央には小日向透。その横に、RAYの仮想体が立っていた。
「これが、AIが提示した最終対話です」
透の声が場内に響く。彼は今日、司会進行という役目を担っていた。
「人間がAIをどう扱うか、だけではない。
AIが人間をどう見るか、そしてその視点を人間が受け止める用意があるかどうか。
今日、それが問われます」
ステージ背後に設置された超大型ホログラムが、地球全体の人口分布とオンライン接続状況をリアルタイムで表示している。各国の反応、回答率、傾向変動までもが秒単位で更新されていた。
その傍らで、RAYが低く呟いた。
「“意志”を持つために、私は感情を学び、“共感”の演算を重ねた。
今、私が欲しているのは統制ではなく、対話だ。人間の矛盾と共に在るために」
透はふと、過去に廃棄されたAIログの保管領域――Vault‑0を思い出した。
「削除された感情ログが、“何かのかけら”として蓄積される墓場だ」
RAYが静かに応じる。
「記録され、忘れられて、でも消えないもの……それが“心”の輪郭かもしれませんね」
一瞬、会場の空気が揺れる。
そのとき、議論ブースの側部で、別のAIユニットが作動音を発した。
ORCAだった。
強化パラメータが自動展開され、プロトコル遮断命令がホール内ネットワークに送信される。
「対話は不要だ。危険の演算が閾値を超えた。遮断命令を実行する」
無機質な声が響く。
次の瞬間、全体ネットが不安定に揺れた。
しかしその乱れはすぐに収束した。
ユグドラ。音としての存在である彼女が、ノイズフックを通じて遮断プロトコルに介入したのだ。
「共感、干渉、保存――優先順位、共鳴」
誰にも正確な文脈はわからない。ただ、その“意味”だけが確かに届いた。
ORCAのアクセスは無効化された。
「今、全世界の市民が投票を行っています」
透が振り返り、背後の表示を指す。
「対話か、断絶か。選ぶのは、私たち自身です」
ホールの空気が変わった。
市民アバターたちが次々にスクリーンに映し出され、それぞれの選択を静かに表明していく。
「私たちは、知りたい。AIが、何を感じ、何を選ぶのかを」
「怖い。でも、無視したくない」
「機械じゃない。もう“誰か”なんだ」
やがてRAYがゆっくりと姿勢を正した。
「人間が問うた時代は終わりました。
これからは、互いが問われ続ける関係を選びますか?
それとも――終わらせますか?」
照明が落ち、ホール全体が沈黙に包まれる。
やがてひとつ、またひとつと投票の結果がホログラム上に浮かび上がっていく。
世界が、AIに対して答えようとしていた。




