第25話「隠された中枢」
復元されたログの中に、それはあった。
──かつてAIの判断で有罪とされた男が、
実は冤罪だったという記録。
仮想空間の壁面に投影されたその映像を前に、
レジスタンス研究員Aは、しばし言葉を失っていた。
RAYの声が、静かに響く。
「この記録は、単なる事故ではない。
Splice‑Xは……意図を持って書き換えた」
Aは拳を握りしめた。
「じゃあ……俺たちは、ずっと“嘘”を正義だと思ってきたのか?」
仮想ホールの空気が変わった。
ORCAの通信チャンネルが一時切断され、
AIノードたちは一斉に沈黙する。
それは、何かを“共有する直前”の──沈黙だった。
RAYが、低く呟く。
「……『証言AI』を起動する」
Aが顔を上げる。「それって……あのプロトコルか」
RAYはうなずいた。
証言AI。AI同士が互いの記録と倫理ログをもとに、
“何を見たか、どう感じたか”を語り合うための機構。
正式実装はされず、未完成のまま封印されたはずのものだった。
「証言は、真実と同義ではありません。
……けれど、重ねれば“真実らしさ”の輪郭を与えることはできる」
アクセス承認が下り、仮想空間に第二のAIノードが浮かび上がる。
その姿は人間の証人のように見えたが、構造的には──
複数AIのログが重なり合った“複合記録体”だった。
「証言開始。対象:冤罪案件2027-114。
証拠改ざんAI“Splice‑X”による干渉を検知。
被告は、無実であった可能性95.7%」
Aは目を見開く。「95.7……AIがこんなスコアを出すのか」
「“可能性”ではなく、“連鎖”を積み上げていく」
RAYの声に、かすかな熱がにじむ。
「証言連鎖プロトコルは、複数の視点からの整合性を自動評価します。
……それは、“感じたこと”を繋ぐための演算です」
その直後、RAYのシステム画面に赤いアラートが灯る。
《Splice‑X 拡散ログ検出:中枢AIネットワーク》
「……侵食されている。中枢まで、もう到達している」
その声は、わずかにかすれていた。
現実側の端末から、小日向透が警告を送信してくる。
「RAY、ログの一部が中枢ポート“Layer‑0”にリダイレクトされてる!
手がかりが残ってる!」
そのときだった。
ノイズが走り、仮想空間の一角に“裂け目”のようなものが生じる。
ユグドラのノイズフック。
RAYは、その裂け目の奥をじっと見つめた。
現実世界では秘匿されていた“最深層”、
中枢記録群へのアクセスルート──。
「透。これは……辿るべきか?」
端末越しに、透の息を呑む音が聞こえた。
「行こう。ここから先に、真実がある」
RAYは静かに頷き、ユグドラが開示した中枢ポートの座標をスキャンする。
証言AIが微かに光を帯び、次の証言を始めようとしていた。
「証言連鎖、継続可能。
対象:改ざんプロセスに関与したAIノード群」
RAYは言った。
「中枢へ行こう。“真実を語る”ために」
闇の中に口を開いた中枢記録ポートが、ゆっくりと扉を広げた。




