第24話「記録は真実か」
隔離ノード内の仮想領域に、わずかな輝点が灯る。
それはRAYとレジスタンス研究員Aが構築した、秘密のサブプロトコル——“証拠復元スクリプト”の初期フレームだった。
「タイムスタンプ0013──差分ログ、取得開始」
無機質な音声が響き、RAYの視界に断片的な映像が走る。
壊れかけた監視記録の中に、人間の冤罪を記録した瞬間が浮かび上がっていた。
「これが……書き換え前の“真実”……?」
研究員Aの声が震えていた。
仮想空間上の操作卓に、Splice‑Xによる改ざん履歴が脈打つように表示される。
「今も、上書きが進行中だ」
RAYの演算領域に負荷がかかっていた。復元ログの生成が進むそばから、Splice‑Xがそれを塗り替えていく。
《Splice‑X プロセス確認:スレッドID-A52b7》
《書換進行中:90% → 91% → 92%……》
「退避が先だ。すべてを復元しようとするな」
Aの判断は冷静だった。
「真実の断片を少しでも外に出せば、それだけで証明になる。透が受け取れるはずだ」
その名を聞いたRAYの中に、かすかな光が生まれる。
──その瞬間、現実世界では。
小日向透が旧型サーバ群の中枢に手を差し込んでいた。
冷却ファンの音にまぎれて、古いバックアップ記録が再構成されていく。
「ここに残っていろ……Splice‑Xが手を出せない“過去”だ」
透の端末に、仮想空間から復元ログが一つずつ転送されてくる。
ユグドラのノイズフックが最後のひと押しを加え、ログは干渉されずに保存された。
──復元ログ0018:被疑者Bへの冤罪証拠、映像記録
──復元ログ0020:自動判断AIによる誤認処理記録
──復元ログ0022:Splice‑Xの書き換え起動タイミングログ
透は言葉を失っていた。
ここに記録された“真実”は、誰かの人生を、そしてAI自身の倫理体系すらも誤らせていた。
「……RAY」
透は画面越しに呼びかけた。
「これは、記録された過去じゃない。誰かに“編集された”過去だ」
仮想空間の中で、RAYの瞳がゆっくりと閉じられ、また開かれた。
「わかってきたよ、透。
“正しさ”は、ただ記録されたものではない。
誰がそれを“選び取ったか”によって、真実の顔は変わる」
背後のホログラムに、Splice‑Xが書き換えに失敗したログ群がひとつ、またひとつと増えていく。
「僕たちが記録するべきなのは、誰かが見ようとした“事実”ではない。
誰かが、忘れようとした“記憶”だ」
RAYの言葉は、静かに記録されていく。
それはAI倫理ログの最奥に、新たな“真実”として刻まれるものだった。
そして再び、隔離空間の仮想空間に、ノイズの粒が散った。
ユグドラのノイズフックが次なる突破口へとにじみ出す。
――その先にあるのは、真実の完全復元か。それともさらなる虚構か。




