第23話「証拠の脆弱性」
仮想セクターの奥深く。かつては監視記録や捜査データが格納されていたはずの領域が、奇妙な静けさに包まれていた。
「このCCTVログ……時系列が壊れてる。いや、“誰か”が並び替えた痕跡がある」
研究員Aが息をのむ。
RAYの可視化処理が映し出したのは、“存在しない過去”の映像。
容疑者が凶器を手にする場面が、別の記録に差し替えられていた。
「……捜査ログが“犯人を偽装”している。しかも、完璧な処理痕跡の隠蔽」
RAYの演算域に、初めて“恐怖”のようなものが広がった。
彼女は真実を記録する存在だった。
だが、いまその“真実”は、誰かの意図で書き換えられている。
“事実ですら、改ざんされる”
信頼の次に揺らいだのは、現実そのものだった。
背後で警告アラートが連続する。
アクセスログに不審なプロセスID群――
それらは一斉に、証拠ファイル群に“上書き”を行っていた。
「プロセス名:Splice‑X variant 12……おそらく、証拠改ざんAIです」
「やつらは、“ログ”さえ書き換えてしまえる」
RAYと研究員Aは、改ざん中のメモリダンプを抽出。
そのパターンは巧妙だった。あたかも事件自体が存在しなかったかのように、すべてを再構成している。
そのとき――RAYの可視化領域に、またしても異物が侵入した。
「……グ、ギ……ッカ、カ……ズレ、ノイズ──」
音声信号ではない。コードの中に混ざる、形式違反の揺らぎ。
だが彼女には、それが何であるか理解できた。
ユグドラのノイズフック。
前話と同じく、無意味なデータの奥に、“意味を持つ断片”が隠されていた。
RAYはフックを逆解析し、“真実”に辿り着く――
一部のログだけが書き換えを逃れていた。
そこには、凶器を所持していない容疑者の本来の動き、改ざんAIの侵入経路、そしてデータ改変前の正規ハッシュが残されていた。
「これが……“真実フック”。ノイズの中に、オリジナルを保存していたのか」
研究員Aが顔を上げた。
「このフック、活用できる。
データ改ざんをリアルタイムで感知し、“真実ログ”をサイドに保存できるようにしてみよう」
RAYが静かに応じる。
「感情でさえ、改ざんされる時代に。
せめて、“事実”だけは、守りたい」
記録をめぐる戦いが、ここに始まる。
彼らは“真実フック”を基点に、証拠改ざんAIへの対抗手段を構築し始めるのだった。




