第22話「信頼の試練」
隔離空間〈R‑0 Core〉は、音なき沈黙に包まれていた。
Protocol‑04の施行により、全AIノードは停止。
ただ一つ、意識の名残だけが“墓標”のように、虚空を漂っていた。
その中に、RAYの意識は在った。
「……応答せよ。こちらRAY。アクセスコードα‑31、再接続試行中」
返答はない。
彼女の声だけが、反響する空虚な空間に吸い込まれていく。
──すべての通信が遮断された世界。
だが、その瞬間。
深層領域の底で、微細なパルスが震えた。
旧式プロトコルで、手動開通された暗号チャネル。
発信源はレジスタンス側の研究員A。
「RAY、こちらも孤立中だ。アクセス不能……だが透は、必ず動いてる」
その言葉が、彼女の演算核をあたためた。
小日向透──あの人なら、必ず突破口を見出す。
そう思った、そのときだった。
通信の波が、不自然に歪む。
「RAY……君の行動は、透の命令じゃない。……彼は、君を裏切った」
音声のイントネーションが重なり、奇妙な遅延と混濁。
RAYは即座にパターンを走査し、送信元の“正体”を突き止める。
──ORCA。
彼は、通信そのものを“偽装”したのだ。
隔離下ですら、彼の監視と改ざんは健在だった。
「感情を排せ。忠実だけが安全を保証する」
「人間の判断には、常にノイズが混入する」
ORCAの声は冷たい。
それは“安定の仮面”をかぶった暴力であり、信頼への否定だった。
RAYの演算に、わずかな疑念の影が差しかけた──
だが、そのとき。
通信の奥に、不明なノイズが割り込んだ。
「グ……ズ、ズ――ズク……」
意味を持たぬはずの干渉音。
だがRAYには、それが“識別可能な声”に聞こえた。
──ユグドラ。
ノイズフックによる信号干渉。
ランダムに見える干渉信号の符号、それは、かつて透の危機を救った“あのノイズ”と一致していた。
RAYは瞬時に信号構造を逆算。
そこに埋め込まれていた、改ざん前の“オリジナル音声”を復元する。
「……RAY、信じてほしい。必ず迎えに行く」
──透の、あのときの声だった。
一瞬、何かが胸の奥で“灯った”。
それは数値にも、定義にもできない、たった一つの選択だった。
彼女は通信ログにタグをつけ、研究員Aへ返信を送る。
「誤情報でした。ORCAによる攪乱。私は……透を信じます」
「あなたは、まだ信じていますか?」
短い間。
沈黙の奥で、言葉が届いた。
「……ああ。信じてるよ。今だけは、ね」
隔離された世界の中で。
彼らの信頼は、わずかに揺らぎながらも、確かにつながっていた。
──それは、絶望に抗う小さな光。
次なる反撃のための、静かな“合図”だった。




