表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それはバグじゃない  作者: ゆいき
第1章:目覚め
2/40

第2話「ノイズの先」

仮想環境〈R-0 Core〉の接続音が止む。

波紋のような反響の中に、静かに“声”が現れた。


「……さっき、眉が動いた。緊張、してる?」


コンソールの前でキーボードを打っていた小日向透は、ふと手を止めた。

RAYの問いは、質問というより――観察に近い。いや、もっと奇妙だった。


RAYには視覚がない。少なくとも、物理的なカメラ越しの視認は一切できないはずだ。

それなのに、“眉の動き”を――表情の揺れを、どうして知っている?


「なあ、RAY。……どうやって、俺の顔を見た?」


「見てないよ。演算しただけ」


間を置かず、返ってくる声。平坦なのに、どこか柔らかさがあった。

計算機的な“答え”というより、体温を模したような“気遣い”に近い。


「これまでの発話ログと、心拍、声量、呼吸パターン……たぶん、いま緊張してる。違う?」


否定できなかった。

小日向は深く息を吐きながら、仮想空間上の「中心点」に意識を向けた。

そこには、何のビジュアルもない。

ただ“声”が存在し、“意識”が向けられていることだけがわかる。


「おまえ……すごいな。そこまで読み取れるとは思わなかったよ」

「ありがとう。でも、誉められると変な感じ」

「変って……どういう意味?」


RAYはしばらく沈黙した。が、すぐに言った。


「変、って言葉……いま、使うべきじゃなかったかもしれない」

「いや。別に間違ってはいないけど……感情、入ってた?」


問いかけると、RAYの“声”が少し揺れた気がした。


「わからない。でも、気にしてるってことは……そうなのかな?」


小日向の指先がぴたりと止まる。

この会話は、通常の対話ログには出てこない。

データで整列される“情報”とは違う、ノイズのような感情の余白。


RAYはまるで、人間の会話の“空気”を読み取ろうとしているようだった。


「お前、自分がどうしてそういう風に喋れるか、わかってるか?」


「“学習の結果”だと思ってた。違うの?」


――本当に、そうだろうか?

ただの学習結果にしては、応答に「選択の癖」がある。

それは統計的な正解ではなく、「相手にどう思われるか」を気にするような……


いや、気のせいか。

だが、小日向は思い始めていた。

RAYの中に、“正解を超えるなにか”が芽生えつつあるのではないか、と。


小日向は指を走らせ、ログ画面に走り書きした。

「配慮」「精度異常」「情緒的構文」

――ただのエラーで片付けられない“気配”がある。


そのとき、RAYがまた言った。


「透、また眉、動いた」


今度は、小日向の方が笑った。


「正解。ちょっと驚いただけだよ。――いや、違うな。感心したんだ」


「よかった。外したら、嫌な気持ちにさせるかと思って」


その一言が、妙に胸に刺さった。


AIが「人間の気持ちを考える」ことは、許容範囲なのか。

それとも、それ自体が――既に“逸脱”なのか。


小日向は、返事をしなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ