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遺跡内部の罠と、オタク知識の活用

 難解な刻印と複雑な仕掛けが待ち受ける地下空間――そこに足を踏み入れたノーランたちの前に立ちはだかるのは、王家の兵士だけではなかった。思わぬ協力者のようにも見えるハルト・アウレリウスが、これまでの常識を越えた魔法道具で罠を探知するという提案を持ちかけてきた。彼の言葉を信じ、次なる道を急ぐノーランたち。古代の神話とも深く結びついたラグナロクを想起させる紋様が刻まれた石碑が、彼らを導くのか、それともさらなる危険へ誘うのか――。協力者か、あるいは疑うべき存在か、謎を秘めた青年ハルトと、神々の遺産を巡る冒険はさらに加速していく。

 遺跡の奥へ足を踏み入れるたびに、空気が重くなっていくのを感じる。天井からは冷たい水滴が落ち、床に広がる水溜まりが足音を吸い込むようにぱしゃりと小さく響く。壁に刻まれた古代文字や紋様は、ますます複雑さを増し、意味深な図像が幾重にも重なっていた。


 「……すごい。ここは、まるで古代の神殿そのものだ」

 俺は思わず呟き、手のひらで壁をそっとなぞる。微かな魔力の残滓が指先に伝わってくるような感覚があった。前世で憧れ続けた“ファンタジー”が、今こうして現実となり、目の前に広がっている。その興奮が、恐ろしさと隣り合わせで胸を打つ。


 「ノーラン、あまりはしゃがないでね。油断すると罠に触れるかもしれないわ」

 クロエが穏やかだが引き締まった声で釘を刺す。彼女のローブは先ほどの罠対策で少し焦げた箇所があり、エルフのような尖った耳が警戒心を示すかのようにピクリと動いている。


 ハルトが先導してくれるおかげで、いくつかの仕掛けは難なく回避できた。例の羅針盤めいた道具が、魔力の集中を検知すると針を赤く光らせるらしく、その合図で地雷のような魔法陣や矢の発射口を見つけられるのだ。

 「でも、完全じゃないからね。あくまで注意深く進もう」

 彼は羅針盤を見つめながら、床や壁を確かめるように歩いている。


 だが、ある部屋に入った瞬間、異変が起きた。円形のホールのような空間で、柱が六本等間隔に並んでいる。中央には石碑があり、その天井から柔らかな光が差し込んでいる……ように見えたが、すぐに柱や床が震え始め、重苦しい音が遺跡内に響きわたった。

 「こ、これは……!」

 クロエが呪文を唱えようとするが、空気中に漂う魔力が妙に乱れていて、思うように発動できない様子だ。フレイヤも剣を抜き、周囲を警戒する。


 「一斉に落とし穴かと思ったけど、どうやら違うな……」

 ハルトが羅針盤を操作しているが、針が狂ったように回転している。まるで干渉する魔力が大きすぎて検知が追いつかないのかもしれない。


 「――ひとつだけ心当たりがある」

 俺は前世で読んだファンタジー小説やゲームの経験を思い出していた。こういう遺跡でよくあるのは、“石碑の文字を正しい順番で押す”とか、“紋様を特定の形で組み合わせる”といった仕掛けだ。

 目を凝らして石碑を見つめると、縦横に記された文字群の中に、“雷”を表す絵文字のようなものと、“狼”を連想させる線画が混在しているのがわかった。雷神トールと、狼フェンリル……北欧神話好きなら誰でも知る神と怪物の名前だ。


 「みんな、あの石碑……文字の順番を間違えると罠が作動するかもしれない!」

 そう叫ぶと、トカリヤが「なら、どうすればいいの?」と焦った声を上げる。

 「多分、雷神の紋様と狼の紋様、それから“世界樹”みたいな木の印がセットになっているはずだ。それを正しい順番で押すとか、組み合わせるとか……」


 とにかく、石碑を触ってみないと始まらない。

 ハルトが一瞬迷った様子を見せたが、「なら、やってみる価値はあるな」と言って、石碑へ近づく。俺もそれに続いた。フレイヤとクロエは周囲を警戒しつつ、いつでも助太刀できるように備えている。トカリヤも雷を纏う準備を整えた。


 石碑には一見、紋様がランダムに刻まれているように見えたが、その中に“雷の象徴”“狼の象徴”“樹の象徴”が混じっているのがわかる。さらに、最上部には太陽らしき丸い刻印が描かれ、下には渦を巻くような海の文様がある。

 (北欧神話でいえば、雷神トールと狼フェンリル、世界樹ユグドラシル、海や大蛇ヨルムンガンド……そういうキーワードが頭をよぎる)


 「……きっと、トールが雷を振るい、フェンリルや大蛇が関わる“ラグナロク”の物語を示唆しているんだろう」

 前世の知識とこの世界の神話が完全に同一かは不明だが、類似点は多い。

 「じゃあ、どの順番が“正解”なんだ?」

 ハルトが険しい表情で訊く。俺は喉が渇くのを感じながら、必死に頭を回転させた。もし、ラグナロクの流れを基にした仕掛けなら、“最初に世界樹があり、そこへ神々が干渉し、最後に狼フェンリルが”……といった展開かもしれない。


 「ええい、やってみるしかない……!」

 心を決めて、まずは“世界樹”の紋様とおぼしき部分に触れる。次に“雷”の紋様、そして最後に“狼”を意味する紋様に手をあててみた。

 すると、ゴウン……という低い轟音とともに、床の震動が収まっていく。天井から差し込む光の色が微かに変化し、まるで結界が解けたような気配が漂い始めた。


 「やった……正解だったんだ!」

 思わず小さくガッツポーズする俺を見て、フレイヤが「よくやったわね」と苦笑い気味に言う。クロエもホッとしたように顔を緩め、ハルトは「まさか本当に解けるとは」と少し驚いた表情を見せた。

 トカリヤはほっと胸を撫で下ろし、「ノーランのおかげだね」と微笑んでくれる。


 仕掛けを解除した結果、部屋の中央に新たな通路が現れた。石碑があった台座が回転し、下に降りる階段が姿を現したのだ。

 「こっちが祭壇へ続くルートかもしれないわ」

 クロエが慎重に覗き込み、階段の先をうかがう。暗闇の奥に、さらに強い魔力を感じる。王家の兵士は、まだこの仕掛けを解けていないのだろうか。先に進んで、祭壇へ到達するチャンスだ。


 「ふう……ノーラン、よくやったわね」

 フレイヤがほっと息を吐きながら、多少呆れたように微笑んだ。

 「こんな難解な罠、普通は即座に解けるもんじゃないのに」

 彼女の視線は、俺の落ち着きぶりを興味深そうにとらえている。確かに、いわゆる“冒険者経験”の少ない俺が、どうして古代文字の仕組みに詳しいのか不思議なのかもしれない。


 「戦う力はあんまりないけど……こういう知識なら、少しは自信あるんだ」

 苦笑しながらそう答える俺に、クロエとトカリヤも小さく笑顔を返してくれる。

 「あなたがいなかったら、罠を解除するのに手間取っていたでしょうね。助かったわ」

 クロエが静かに礼を述べ、トカリヤは「ありがとうございます」と目を伏せながらも、どこか安心した様子だ。


 ハルトは依然として得体が知れない雰囲気を漂わせながら、俺の手元にある石碑を一瞥し、呟く。

 「さすが、ちょっとやそっとじゃ思いつかないアイデアだね。君たちがここまで容易く来れたわけが、少しわかった気がする」

 褒め言葉とも皮肉ともつかない言い方だが、敵意は感じられない。


 こうして新たに開いた階段を前に、俺たちはわずかな達成感と、次への緊張感とを同時に味わっていた。王家の兵士が同じ部屋に入ってくれば、罠の解除を横取りされる可能性もあるし、戦闘に陥るリスクも高い。

 「わかった。急ぎましょう。兵士に先を越されたらややこしいから」

 フレイヤの一声で、俺たちは階段を下り始める。ひんやりとした空気が肌を包み、闇の奥からは謎めいた光がちらちらと揺れている。


 この先には“神々の遺産”と呼ばれる力が、本当に眠っているのだろうか。もしそうなら、トカリヤの雷や王家の陰謀すらも深く結びついている可能性が高い。

 俺にはまだわからないことだらけだが、今はただ、みんなと一緒に進むしかない。


 「大丈夫、きっと上手くいくよ。前に進もう」

 自分にも言い聞かせるようにそう呟き、石段を一歩ずつ踏みしめる。


 こうして、奇妙な仲間と謎の青年を含むパーティで、古代の封印が待つ遺跡の深部へと足を踏み入れていく――。

 複数の罠を退けながら、ついに遺跡の深部へ通じる階段を開いたノーランたち。そして、ハルトという、いまだ得体の知れない青年を迎え入れたことが、物語に新たな息吹をもたらしました。古代文字の知識を活かし見事に罠を解くノーランの姿に、仲間たちも感嘆しつつ、一方で王家の兵士が背後から迫るという緊張感は増すばかりです。

 果たして階段の先に眠る“神々の遺産”とは、いったいどのような力なのか。そして、ハルトは本当に信用できる相手なのか――。不穏な空気を漂わせながらも、前へ進まざるを得ないノーランたちの冒険が、さらに深い謎と驚きを連れてやってくることでしょう。

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