北の山と、封印されし遺跡
見知らぬ力を求めて、険しい山道へと足を踏み入れたノーランたち。かつて街での事件を経て、今度は王家の兵士が先に狙う「神々の遺産」を手掛かりに、北の山を急ぐ。険しい斜面と冷たい風、そして不安と焦りが入り混じる中、彼らを待ち受けるのは朽ちかけた門と、すでに集結しているらしき王家の一団。正面突破は危険だと判断し、こっそりと裏道を探ることにしたノーランたちだが、暗い洞窟の奥には何やら人工の痕跡や神秘的な刻印が……。王家と先に遭遇するのは彼らか、それとも、思わぬ出会いが訪れるのか。この山で眠る「神々の遺産」の謎と、巻き起こる冒険の鼓動が、読者をいっそう深い地下へと誘っていく。
山道を進むにつれ、周囲の景色は徐々に険しさを増していった。最初は緩やかだった坂道も、いつの間にか岩だらけの急斜面となり、背の高い樹々もまばらになっている。冷たい風が肌を刺し、湿った空気の中に小さな氷の粒が混じることもあった。真冬のような寒さではないものの、平地より明らかに気温が低い。
「結構、きついね……」
俺――ノーランは汗ばんだ額を拭いつつ、息を整える。歩きながら周囲を見回すと、フレイヤが先頭を切って進み、クロエがその後方で地図を手にしながらルートを確認している。トカリヤはやや遅れ気味だが、必死に足を動かしていた。彼女の表情には焦りと不安が入り混じっているように見える。
「ごめん、私のせいで急いでるよね……」
トカリヤがポツリと呟いた。
「いや、気にしなくていい。俺たちが北の山に来たのは、君だけの問題じゃないから」
そう言いつつも、実際には焦っている。なにせ、王家の兵士がいつ追ってくるとも限らない状況だ。長居すればするほど危険度は増し、手配されている俺とトカリヤはさらに逃げ場をなくす可能性がある。
目的は、この先にあるという“神々の遺産”に関する遺跡を探り、王家が何を狙っているのか確かめること。そして、トカリヤの一族が守り続けてきた宝を“正当な形”で取り戻す糸口を見つけることだ。
「しかし、どうやってそれを見つけるのかしら。山に入ったはいいけど、手掛かりもそう多くないし」
クロエが溜め息まじりに言う。ギルドで拾った断片的な情報や、彼女自身の調査網から得た噂だけが頼りだ。
「ひとまず、ここにあるはずの巨大な遺跡を探す。王家の調査隊も同じ場所を目指すだろうから、足取りを追えば見つかるはずだ」
フレイヤが力強く断言する。一度冒険者ギルドを“追放”された彼女だが、実力や経験は確かなものがあるらしい。険しい山道をものともせず、軽快な歩調で先導を続けてくれるのは心強い。
昼前には、山肌をずっと睨むようにそびえ立つ古い石造りの門が見えてきた。朽ちかけた柱の上には風化した紋章があり、そこからさらに奥へと続く通路が続いているようだ。遠目に見るだけで、人工的な構造物が埋もれているのがわかる。
「どうやら、ここが入り口の一つかもしれないわね」
クロエが地図を確認しながら首肯する。王家の紋章に似た模様はなく、代わりに古代文字らしき刻印がうっすら残っていた。
「見て。あの馬車……」
フレイヤが指さした先には、黒い塗装の豪奢な馬車が停まっていた。どうやら周囲には兵士も数人おり、彼らが何やら準備をしているように見える。
「やっぱり、もう王家の連中が来てるのか」
俺は思わず息をのむ。兵士の姿を見た途端、身体が強張りそうになるが、幸いこちらにはまだ気づいていないようだ。
「あの数じゃ、正面突破は無理そうね。どうする? 裏から回る?」
フレイヤが訊ねると、トカリヤの瞳にあの雷が一瞬宿った気がした。
「私、一瞬であいつらを……」
「ダメだ。力任せの戦闘はリスクが大きすぎる。街での騒ぎを繰り返したくないだろ?」
俺は急いで彼女を制止する。彼女の力は確かに強いが、制御を失えばまた大きな被害が出る可能性がある。
「少なくとも、彼らの動きを探る価値はあるわ」
クロエが少し考え込んだあと提案する。
「馬車があるってことは、貴族か王族に近い身分の人間がいる可能性が高い。いきなり突っ込むより、まずは彼らがどこへ向かうかを観察したほうがいい」
同意した俺たちは、近くの崖の陰に身を潜めて様子を伺う。少し距離があるが、兵士たちの動きはだいたい見える。すると、やがて一人の男が馬車から降りてきた。整った髪型に派手な衣装。いかにも高貴な雰囲気を放っている。
「……貴族、いや、王族の血を引く者か?」
その男は兵士に何やら指示を出した後、遺跡のほうへ足を踏み入れていった。兵士たちが数名ついていく。どうやら、この遺跡が本命というわけらしい。
「私たちも、あのままついていったら捕まるかもね……」
フレイヤが苦い表情で呟く。
「それなら、裏から回る方法があるかもしれない。山の地形的に、どこかに別の通路があるはずだ」
クロエが地図を片手に周囲を見渡す。確かに、自然の洞窟や隠し通路があっても不思議ではない地形だ。
「よし、こっそり迂回して、彼らより先に遺跡の深部へ行こう」
俺がそう提案すると、みんなが頷く。今のまま正面から突っ込んでいけば、兵士に捕まるリスクが高いし、トカリヤの力を乱用すれば大きな犠牲が出るかもしれない。
道なき道を進み、岩や灌木の陰を慎重に選びながら歩く。地図には書かれていない小さな裂け目のような崖を見つけ、中に入ると薄暗い通路が続いていた。
「ここ、まるで自然の洞窟ね……」
クロエが呟き、ローブの袖から小さな光源の魔法を展開する。ぼんやりとした白い光が壁を照らし、湿った空気がじっとりと肌にまとわりついた。足元には小石や土砂が散らばっており、何かの拍子で崩れ落ちてきたように見える。
「うわ、こっち真っ暗だ……。先がどうなってるかわからないぞ」
俺は石段のようなものを踏みながら下へ降り、岩肌を手探りで確かめる。すると、奥のほうからかすかな風が流れてきた。つまり、この洞窟はどこかに通じているわけだ。
「……行ってみる価値はあるわね」
フレイヤが剣を鞘から少し抜き、警戒を解かないまま慎重に進む。トカリヤは多少震えているが、俺の後ろをしっかりついてきてくれた。
洞窟を進むうちに、明らかに“自然”とは異なる痕跡が見られた。人工的に削った跡や、壁に残る複雑な刻印。やがて、そこはかなり広い地下空間へと続き、巨大な円柱状の柱が何本も立ち並んでいる。
「ここ……完全に遺跡の一部じゃない?」
クロエが感嘆するように言う。まるで古代の神殿の地下区画のような雰囲気だ。石の柱に描かれた紋様は、どことなく北欧神話を思わせるモチーフがある――狼や木、雷を象徴するような絵柄。
(雷……もしかしてトカリヤの力も、何か神話的な由来があるのか?)
ふと、前世のオタク知識が脳裏をかすめる。北欧神話には雷神トールが登場するが、その神話がこの世界に通じるのかどうかは不明だ。だが、前にも似たような古文書や伝承について読んだことがある気がして、妙な既視感を覚える。
「どうやら当たりだったみたいね。ここから遺跡の深部に入れそうだわ」
フレイヤが柱の向こうに見える扉を指さす。その先は階段が続いているらしく、ぼんやりと青白い光が漏れ出していた。
「みんな、気をつけて。仕掛けや罠があるかもしれない」
クロエが魔力の波動を探るように手のひらをかざす。俺も慎重に一歩ずつ進む。すると、かすかな音が耳に届いた。何かが石を引きずるような、不快な摩擦音。
「……誰かいるのか?」
トカリヤが小声で訊ねると、突然、視界の端で人影が動いた。緊張が高まり、誰もがその場で身を構える。だが、姿を現したのは兵士風でも怪物でもなく、黒いマントを羽織った青年だった。
「やあ、こんなところで遭遇するなんて奇遇だね」
青年は落ち着いた表情で、どこか不敵な笑みを浮かべている。
こうして、俺たちは謎の青年ハルト・アウレリウスと出会う。彼が何者で、どうしてここにいるのか――その答えは、次の瞬間、予想外にあっさりと提示されることになる。
北の山の暗い洞窟の先で、ノーラン一行は新たな一歩を踏み出し、そこで迎えたのは謎めいた青年ハルト・アウレリウスとの思いがけない出会いでした。人工の痕跡や古い刻印、そして王家が狙う「神々の遺産」の存在が、いよいよ現実味を帯び始めます。これまでの遺跡や街の騒動とはまた違う空気が漂う山の内部で、彼らはどんな仕掛けや運命に立ち向かうのでしょうか。
未知の冒険と隠された陰謀が、まるで岩の奥底で息づいているかのように感じられる今回の展開。次回は、謎の青年ハルトが何を知り、何を抱えているのかが明らかになり、それがノーランたちの旅路にも大きな影響を及ぼすかもしれません。