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逃走と、仲間になるということ

 夜の街を逃げ回った末、ようやく落ち着ける場所を見つけたノーランたち。しかし、この一時の安息も、決して安泰とはいえない。なぜなら、王宮の兵士に追われる立場となり、得体の知れない“雷の力”を秘めた少女と行動を共にすることになったからだ。まだ互いを深く知るには至らない関係ながら、危険を潜り抜けたことで芽生え始める連帯感。

 先行きは真っ暗で、街を出ればさらに過酷な道のりが待っているかもしれない。それでも、わずかな月明かりの下で見交わす視線には、確かな決意と優しさが宿り始めている。ここから始まる“奇妙な旅”は、やがて大きな運命を動かす鍵となるのか――夜明け前の静かな倉庫の片隅で、物語は次なる展開の予感を孕みながら夜を深めていく。

 夜の闇が、石造りの路地を覆い隠すように広がっていた。大通りから外れた細い裏道は、昼間には目立たなかった廃材やゴミが散乱している。壁に背を預ける形で座り込み、俺――ノーランは荒い呼吸を整えようとしていた。

 「はぁ、はぁ……ま、なんとか逃げ切れた……かな」

 脈打つ鼓動がまだ落ち着かない。トカリヤ・スカイレイヴンという雷の魔力を持つ少女をかばいながら、王宮の兵士から必死に逃げ回った結果、俺たちはこんな路地裏にたどり着いた。目の前では、フレイヤ・ストームが剣を鞘に収め、肩で息をしている。その隣にはクロエ・ブライア。彼女は相変わらず落ち着いた様子で辺りを警戒しながら、呪文の支度を解くようにローブの袖をゆるめていた。

 「とりあえず……兵士の足音は遠ざかったわね」

 クロエが厳かにそう呟き、暗い路地を見回す。ヘドロのような汚泥のにおいが鼻をつき、少しだけ頭がくらりとする。

 だが、そんな感覚よりも大きいのは、胸の中に渦巻く安堵と高揚だった。ほんの数刻前まで、俺はただの新人冒険者。戦闘どころか初仕事の荷運びすらまともに終わらせていなかったのに、いまや王宮の兵士から追われる羽目になっている。


 「ごめん……私のせいで……」

 そうぽつりと呟いたのはトカリヤだ。頭を垂れ、視線は暗い石畳に向けられている。

 「そんな……謝ることないよ。俺が勝手に君を連れ出したんだ」

 正直、どうして彼女を守ろうと思ったのか、自分でも説明がつかない。ただ、あの広場で震える彼女を見たとき、放っておけなくなったのだ。あのままではトカリヤは傷つくかもしれないし、あるいは周囲を傷つけてしまうかもしれない。


 フレイヤはそんな俺とトカリヤを交互に見つめ、深く息を吐きだした。

 「アンタたち、そもそも何者? クロエはともかく、このノーランって新人はどうして兵士相手に無茶をするわけ?」

 「フレイヤ、そこを責められても……」

 クロエがやれやれと首を振りながら口を挟む。

 「結果的に助け合ったんだし、いいじゃない。それよりも今は、これからのことを考えないと。兵士を相手にこのまま逃げ回るの?」

 確かに、俺たちは完全に王宮の目に付いてしまった。トカリヤが王宮の宝を盗んだとか、何やら危険な力を持っているとか、そういう噂を信じている兵士もいるようだ。


 「俺としては、トカリヤをこのまま放置するわけにもいかない。兵士に捕まったら何をされるかわからないし、彼女自身も自分の力をあまり制御できないみたいだし……」

 思わず言葉が熱を帯びる。すると、トカリヤが少しだけ顔を上げて、俺を見つめ返した。琥珀色の瞳がわずかに揺れている。

 「……あなたは、なんでそこまで私に構うの?」

 「さあ……なんでだろうな。俺にもよくわからない。けど、見捨てたくないって気持ちは確かにあるんだ」


 すると、フレイヤは苦笑しながら肩をすくめた。

 「へえ、随分とお人よしなのね。でも、やるからには中途半端はやめてよ。あたしまで巻き込まれたんだから」

 「巻き込んだのは、俺が悪かった……ごめん」

 素直に謝ると、意外にもフレイヤはあっさりとした調子で「まあ、今さら言っても仕方ないしね」と返してきた。


 さて、問題はこの先どうするかだ。路地裏でこうして夜を明かしても状況が好転するわけではない。むしろ、王宮の兵士に周囲を固められてしまうかもしれない。

 「まずは一晩、どこか安全な場所に隠れよう。人目につかない宿か、あるいは城外へ出る道を探すか……」

 クロエが地図を広げながら提案する。そのとき、トカリヤが何かを思い出したように切り出した。

 「私は王宮の人間に追われてる。理由は、私の一族に伝わる“雷の力”の宝を私が持ち出したから……。でも、それは本当は私たちのものなの。それを取り返しただけなんだ」

 彼女の言葉には悔しさと責任感、そして深い孤独が滲んでいた。


 「……そうだったんだね。だったら、なおさら追い回される理由があるわけだ」

 フレイヤが真面目な顔で言う。

 「そもそも王宮としては、あの雷の力を兵器みたいに使いたいのかもしれないわね。そうなると、ここに留まっていては危険が増すばかり」

 俺はうなずいた。確かに、街の中には王宮の影響が強く及んでいる。変に抵抗したら、今度はクロエやフレイヤも巻き込んで大きな騒ぎになるだろう。

 「とにかく、今日は安全な場所を探そう。それから、街を出ようか」


 クロエとフレイヤはお互いの顔を見合わせ、トカリヤも不安そうではあるが小さくうなずく。こうして、俺たちは実質的に“仲間”として行動を共にせざるを得ない状況に立たされた。

 正直、まだ信頼関係と呼べるほどの絆はない。けれど、それでも共に動くという決断をするしかないのだ。


 「ノーラン、ちゃんと歩ける? さっきの逃走で足を痛めたんじゃない?」

 クロエが心配そうに声をかけてくれる。俺は軽く首を振る。

 「大丈夫。多少筋肉痛にはなりそうだけど、歩けないほどじゃないよ」

 こういう小さな気遣いに救われる。前世ではこんな風に誰かと危機を乗り越えることなんてなかったから、どこか新鮮な気分だ。


 俺たちは闇にまぎれて路地を抜け出し、街の外れへ向かう。夜陰の中、人気の少ない裏道をたどりながら、ようやく薄暗い小屋のような宿屋を見つけた。表向きは倉庫兼住居らしいが、中にいた老婆が「金を出すなら泊めてやる」と言ってくれたのだ。

 部屋と言ってもほとんど倉庫の片隅だが、屋根があり横になれるだけマシだった。俺たちは密かに身を寄せ合い、明け方まで休むことにした。


 細い隙間から月光が差し込み、トカリヤの髪に金色のラインがうっすらと浮かび上がる。あの雷の力は一体何なのか。彼女が背負っているものは想像以上に大きいのだろう。

 「ノーラン……」

 トカリヤがそっと俺に声をかける。その瞳は不安げだった。

 「ありがとう……助けてくれて」

 「いいんだよ。俺が勝手に首を突っ込んだだけだし」

 そう答えると、彼女はわずかに笑みを浮かべ、目を閉じた。その横顔を見つめながら、俺は心の中で決意する。

 (このままじゃ終わらせない。彼女も、フレイヤも、クロエも。みんなが笑っていられる場所を探すために、もっと頑張らなきゃ)


 こうして俺たち四人の奇妙な旅が、否応なく始まってしまったのだ。

 誰とも深い絆を築くことなく生きてきたノーランにとって、トカリヤやフレイヤ、クロエとの出会いはまさに急転直下の出来事でした。自分に何ができるかもわからないまま、ただ彼女たちを放っておけない一心で行動した結果、道を外れるように逃げ延びてしまった――。

 やがて迎える夜明けまで、この小さな宿屋の一室で過ごす彼らは、ほんの少しの安堵と、これから先への不安を胸に秘めています。それでも、すでに「自分だけが無事ならいい」という段階は過ぎ去ったように見えます。人を助けたい、誰かに寄り添いたいという気持ちが、この四人を確かな仲間へと変えていくのかもしれません。

 次回は彼らが拠点を離れ、外の世界へ踏み出す様子が描かれます。果たして、逃亡生活の先にある真相とは何なのか、そして“雷の力”の裏に秘められた謎は解けるのか。

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