弓弦は雪を裂いて(前編)
白冥の激戦を抜けたとはいえ、狩人の村での朝はまだ氷点下。
今回は〈弓士クロエ〉視点で描く“凍える早朝トレーニング”。
矢羽が切る清冽な空気、ピリッと痺れる恋の気配、そして思わぬハプニング──。
夜明け直前、私は肩掛け外套だけ羽織り村外れの白樺林へ入った。
雪を踏むたび素肌に沿う革ズボンが冷え、その下で大腿筋が微かに震える。昨夜フレイヤから貰った温石下着のおかげで尻まで火照るように熱いのに、外気は平等に厳しい。
的紙を吊し、一矢放つ。空気が澄み、矢羽の切先が雪霧を割って一直線に吸い込まれた。的の中心を貫く。
「さすがクロエ姐!」
白樺の影から狩人の少年が歓声を上げた。弓を担ぐ肩先を揺らし、私は笑い返す。そこで枝のきしむ音――気配の主はノーラン。寝癖のまま雪に足を取られ、外套の裾から素足を覗かせていた。
「靴下……履き替えて」
「忘れた。えへへ」
空気より薄い笑みをよそに、私は彼の足を掴み上げ、弓弦でぴしりと一打。「凍傷で歩けなくなったら誰が荷車を押すの」
ノーランは跳び上がり、雪面に尻餅。外套がめくれてシャツの裾から腹筋が覗く。なぜか私の指弓が緩み、弦が涼しい音を立てた。視線を戻せず、「弦の点検よ!」と取り繕い再び矢羽を整える。
朝靄の氷原。私と彼は並んで一矢ずつ放つ。私の矢が中心を射抜き、彼の矢は惜しくも左外側。
「……腕の長さは申し分ない。後は脇を締めて」
脇を仕舞う仕草を見せると、胸元が弓着でせり出し、彼の視線が一瞬彷徨う。肺が凍えたみたいに詰まる。狩人少年が「いい雰囲気っスね」と囃し、私は弓で小突いて追い払った。
稽古後、村の共同浴場。午後は女時間――のはずが、戸を押し開けるとノーランが湯煙の向こうで背伸びしている。
私の弓着の薄布が湯気で透け、「ひゃっ」短い悲鳴。ノーランは慌てて湯船に沈み、背を向ける。
「弓弦を乾かしに……知らなかった、ゴメン!」
私は睨み、でも勝手に顔が熱くなる。弓の手入れと称して湯縁に腰掛け、足先だけ湯へ沈めた。
しばらく沈黙ののち、ノーランが振り返らずに呟く。
「矢羽の色……綺麗だね」
心臓が弦を弾いたように跳ねた。
「当たり前でしょ。敵の血痕に紛れないよう黎明の空色で染めたの」
湯気が揺れ、彼が肩まで沈む水面が複雑に反射する。私は口角だけ緩め、今度は凍らないよう彼に弦の乾かし方を講義した――背中越しに。
お付き合いありがとうございました!
クロエは「クールで世話焼き」な姉属性ですが、寒空と湯けむりの W 温度差で ひさびさに動揺してもらいました。




