余波と新たなる火種
灼熱の紅蓮遺跡を死力で抜け出したノーランたちは、ようやく火山の麓へと転がり落ちるように下山する。身体を焦がす熱と溢れる溶岩は遠ざかったものの、雷を過剰に使ったトカリヤは意識が朦朧とし、仲間も重度の疲労で限界寸前。紅蓮の力を“いったん”封じた達成感と、王家が遺産の一部を持ち去ったかもしれないという不安が交錯する中、彼らは小さな山麓の村に保護を求めることに──。そこで待つのは束の間の休息か、それとも次なる陰謀の影か。仲間の絆が試される“回復のひと晩”が、静かに幕を開ける。
火山の麓へ下りてしばらくすると、空気が幾分涼しく感じられるようになった。溶岩の噴気から遠ざかっただけでも、ここまで快適なのかと改めて驚く。
「はぁ……生き返る」
フレイヤが汗を拭いながら、岩場に腰を下ろす。クロエも弓を背中にしまい、「私も限界だったわ」と息をついている。俺も疲労困憊で、足がガクガクしていた。
トカリヤはあれから意識が朦朧としているが、命に別状はなさそうだとエリーが診断してくれた。雷を過剰に使った反動と、火山の熱で体力を削られただけで、しばらく安静にしていれば回復するらしい。イヴが「あんたたち、無茶しすぎ」と呆れながらも介抱を手伝う姿が印象的だ。
「それにしても、王家の特務隊に先回りされてたのは痛かったわね。完全には阻止できなかった」
クロエが肩を落とす。確かに、紅蓮の遺跡を完全封印しきれたわけではなく、王家が何か持ち出した可能性もある。フレイヤは悔しそうに剣の柄を握り、「次こそ……」と小声で呟いた。
ハルトが岩に腰掛け、魔道具のメンテナンスをしながら口を開く。「どうやら、王家は他の遺産も狙っているようだ。獣人関連の話が出ていたけれど、そっちも動きがあるかもしれないな」
イヴはピクリと耳を動かし、「獣人関連の遺産……もしかして獣人の里を荒らすつもり?」と目を鋭くする。獣人への迫害が王家によって続いてきた過去を思えば、彼女が強い憎しみを抱くのも無理はない。
「詳しくはわからないが、王家がいくつもの遺産を同時に探っているのは確実だ。紅蓮の次は……あるいはまた別の場所かもしれない」
ハルトが言い切れないまま唇を噛む。仲間たちの疲労は大きいが、いずれまた動かなければならないだろう。
「とりあえず、トカリヤを休ませないと。近くの村に宿があればいいんだけど……」
俺がそう提案すると、エリーが「地図を見る限り、この北側に小さな集落があるわ。そこに行けば一晩くらいは泊まれるかも」と教えてくれた。クロエも「賛成。みんなボロボロだし、体勢を整えよう」と同意。フレイヤやイヴも無言でうなずく。
その後、日が暮れる前に何とかその集落に到着。思ったより小さな村だが、簡易宿や家畜小屋が点在している。村人たちは火山への道を通る冒険者を少し警戒しているようで、最初は近寄ってこない。
しかし、エリーが魔道書を閉じて優しく微笑み、「ごめんなさい、怪我人がいて一晩だけでも休ませてほしいんです」と頼むと、村長と思しき年配の男が「しょうがないな」と引き受けてくれた。
「ありがたい……」
フレイヤが素直に安堵の声を漏らし、クロエとイヴがトカリヤを抱きかかえるように宿屋へ運んでいく。俺は道具をまとめ、ハルトは周囲の安全を確認。エリーは手際よく回復呪文を使い、トカリヤの火傷や内傷を少しずつ癒やしていた。
夜になると、村の食堂の一角を貸し切りのような形にしてもらい、俺たちは簡単な夕食を頂く。フレイヤは何か考え込むように箸を動かし、クロエは地図を広げて今後のルートを検討。イヴは村人の視線を警戒しながら尻尾を落ち着かせている。エリーは呪文書を片手にトカリヤの看病を続け、ハルトは隅でメモ帳をめくっている。俺は給仕を手伝いながら、仲間たちに水やタオルを配って回った。
トカリヤの部屋を覗くと、彼女は布団の上で汗をかきながら浅い眠りに入っていた。火傷こそだいぶ治まったらしいが、まだ身体がだるそうだ。着替えもままならず、袖や裾が破れたままの恰好で寝ているのを見てしまい、思わず赤面してしまう。
「……大丈夫なのか?」
俺が小声で呟くと、エリーが布団のそばから振り返り、微笑んだ。
「生命の危機はないわ。このまま寝かせてあげましょう。ああ、その……服はあとで私が何とかするから、ノーランは外で待っててくれる?」
「そ、そうだね。悪い、頼むよ」
ほんのり肌を露出しながら横になっているトカリヤを見て心臓がバクバクしてしまうが、今は回復が最優先だ。後で新しい服やケープでも買うことにしよう。
夜が更け、皆がそれぞれ割り当てられた部屋で寝る支度を始める。フレイヤとクロエは同室、エリーはトカリヤを看病するので別室。イヴは獣人ゆえに落ち着かないのか、「私は外で警戒してるわ」と言い出し、ハルトが「じゃあ俺も付き合うよ」と申し出る。
俺は村の空き部屋を借り、布団に潜り込む。だが、頭にはトカリヤの心配やイヴの過去のこと、そして王家がまだ暗躍している現実がぐるぐる回っていて、なかなか眠れない。
(あの紅蓮の遺産……不完全なまま封印し直したけど、本当に大丈夫かな。王家が別の形で狙ってくる可能性は高いし、イヴやハルトの言っていた獣人絡みの遺産も気になる。どう動けばいいんだろう……)
そんな思考に囚われながら、いつの間にかまどろみに落ちる。村の外で時折吹く夜風が、まだ熱を帯びているように感じるのは、火山の影響だけじゃなく、次なる火種がすぐそこまで迫っている証拠なのかもしれない――。
火山の烈火を乗り越えた一行は、トカリヤの命を救い、王家の計画に一矢を報いました。しかし「紅蓮の遺産」が完全に安全とは言い切れず、王家が次に狙う“獣人関連の遺産”の噂が、イヴの怒りと不安を掻き立てます。ハルトの示唆する複数遺産の同時進行、エリーが垣間見せた回復術の限界、そして仲間たちの心と体のダメージ――小さな村での一夜は、彼らに安堵と次なる戦いの覚悟を同時に与えることでしょう。
トカリヤが再び立ち上がるまでのわずかな猶予のうちに、ノーランたちは次の手を練らねばなりません。王家の暗躍を食い止める道は険しく、獣人の里を守るための新たな決意も芽生え始めています。熱の残り香ただよう夜風の下、彼らの旅は再び加速しようとしています。




