嵐の予感と、新たなる道標
旅の途中で宿屋に立ち寄ったノーランたち。激しい雨が窓を叩く中、大部屋しか空いていないという予想外の展開が、彼らをひとつの部屋に押し込むことになった。中には「雷の巫女」という異名を囁かれるトカリヤを含め、王家から目をつけられる者たちが複数。しかも、そこへ、いかにも知的な雰囲気を漂わせる謎の女性エレオノーラ・ハドリー(エリー)が現れ、何やら古代神話や遺跡に通じていると言う。
警戒心を隠せないフレイヤやクロエ、そして淡々とした態度のハルトまでもが巻き込まれるこの混沌とした宿泊――雨と夜の闇が包む中、彼女らとの“ひとつの部屋での夜”は、どんな騒がしくも奇妙な絆を育むのだろうか。これより第2章の幕開けだ。
灰色の雲が低く垂れ込める朝。俺――ノーランは、トカリヤ、フレイヤ、クロエ、そしてハルトの四人と一緒に、小さな街道沿いの宿屋を発ったばかりだった。
「ノーラン、本当に大丈夫? まだ遺跡攻略の疲れが残ってるんじゃない?」
雷の力を操る少女・トカリヤが、気遣うようにこちらを覗き込む。彼女自身も大きな戦闘を経験して負担がかかっているはずだが、その瞳には優しさが滲んでいた。
「平気だよ。あのときはヘトヘトになったけど、ちゃんと休養も取れたし……」
そう答えながら肩を回す。確かに身体はだるいが、じっとしていられる状況でもない。王家の陰謀はまだ完全には打ち砕けていないし、俺たちにできることは多い。
「フレイヤ、道に迷うんじゃないわよ」
クロエが冗談めかして声をかけると、女剣士フレイヤは「誰に言ってるのよ」と不機嫌そうに剣の柄を叩いた。
「この先の町までは一本道だし、大きく外れることはないわ。むしろ、ハルトこそ余計な道草しないように」
視線を向けられたハルトは、不敵な笑みを浮かべて肩をすくめる。彼はどこか謎めいた雰囲気を纏う青年で、王家の研究に関わった過去があると噂されている。もっとも、いまは仲間として力を貸してくれているのだが、心のどこかで警戒心が拭えないのも事実だ。
そんな空気を微妙に感じつつ、俺たちは当面の目的地となる町へと歩を進めた。ところが、昼過ぎになって雲行きが怪しくなり、急な雨が降り出す。
「うわ、やけに強いな……」
フレイヤが雨粒を払いながら足を速める。俺たちも慌てて防水布を頭にかぶるが、ズブ濡れは避けられそうにない。
どこか雨宿りできる建物はないかと探していると、草原の向こうに小さな旅籠が見えた。どうやら、道行く冒険者が軽く休息をとるために利用する宿らしい。
「助かった。とりあえず、あそこで雨を凌ごう」
俺がそう提案すると、トカリヤやフレイヤも安堵の表情。ハルトは相変わらず落ち着いている。クロエは「また面倒ごとが起きなきゃいいけど」と呟きつつ、店先の扉を叩いた。
中に入ると、意外にも客が多い。傭兵風の男たちが酒を飲み、商人らしき中年が食事をとっている。その片隅には、ひっそりとローブをまとった一人の女性がいた。
「いらっしゃい。あいにく部屋があまり空いてなくてね。大部屋でよけりゃ泊まっていきな」
宿の主人が頭を下げる。雨脚は強まる一方だし、ここを逃せば次の町までは厳しい。相談の余地もなく、俺たちは全員同じ大部屋を借りることになった。
大部屋に荷を下ろし、濡れた服を拭いていると、ローブ姿の女性が近づいてきた。
「あなたたち、“雷の巫女”って呼ばれてる子を連れてるそうね?」
唐突な問いに、トカリヤが「うっ」と小さく声を洩らす。どこでそんな異名が広がったのか……。
「ごめんなさい、紹介が遅れたわ。私、エレオノーラ・ハドリー。エリーって呼んでちょうだい。古代の神話や遺跡に関わる研究をしているの」
そう言って微笑む彼女は、どこか上品な佇まい。ハルトが彼女の杖に興味を示し、「なかなか凝った術式が施されてるね」と言うと、エリーは嬉しそうに頷いた。
「あなた、目が利くのね。これは特殊な魔力の回路が組み込まれていて……」
専門用語が飛び交う二人の会話に、フレイヤとクロエはついていけない様子で「難しい話は苦手」とため息。トカリヤはローブから覗くエリーの顔をチラチラ見ている。俺はよくわからないまま、彼女が遺跡や神話に相当詳しいらしいと理解した。
「あなたたちが遺跡を攻略したって噂を聞いたわ。王家の兵士も、あなたたちを探してるみたいね。新しい遺産を見つけたんじゃないかと疑われてる、とか」
エリーが話を切り出すと、ハルトは「なるほど、連中も焦ってるわけだ」と苦い笑みを浮かべる。俺たちは顔を見合わせ、今はここで深く語るつもりはないが、エリーと情報交換する価値はありそうだ。
結局、夜になっても雨足は衰えず、宿の主人から「大部屋しか空いてない」と言われ、男女混合の雑魚寝という状態になった。
「ま、仕方ないわね。ノーラン、変な気起こさないでよ?」
フレイヤが睨むと、トカリヤが「やめなさいよ。ノーランはそんなことしないってば」と慌てる。クロエは苦笑し、ハルトは愉快そうに「賑やかでいいね」と茶化す。
その夜、落ち着かない雰囲気のまま布団に入るが、やはり眠れそうになかった。トカリヤたちが隣で寝ているし、少し離れた場所にはエリーがローブを脱いだ軽装で横になっている。ハルトは部屋の端で書物を取り出し、ゴソゴソしている。
――でも、これが何かの縁なのだろう。そう思いながら俺は目を閉じる。この出会いが、俺たちの旅を大きく動かすきっかけになるに違いない――そんな予感を抱いて。
雨降る夜の宿屋で知り合ったエリーは、トカリヤたちが遺跡攻略を果たしたという噂を聞きつけ、その知識や研究を活かすべく同行を申し出ました。まだ正体のわからない魔法道具研究者のハルトも含め、ただでさえ落ち着かないハーレムめいた状況に加えて、今後の旅路にはさらなる賑やかさが加わりそうです。
一つの屋根の下、ノーランにとっては居心地の悪いような嬉しいような、“男女混合の雑魚寝”という状況が意外にも彼らの距離を一気に縮めたかもしれません。ひとまず雨宿りという名目でのひと晩ではありますが、この先の旅では、エリーの知識やハルトの魔道具がどれだけ大きな鍵となるのか――そして、トカリヤの雷がどう物語を転がしていくのか。そんな予感を抱かせながら、夜はまだ深まっていくのでした。
因みに今回のエピソードのイラストというわけではありませんが
イラストはトカリヤで、右端に居るのがノーランです。




