猫耳愛好家は世界を救います
ただただ猫耳好きな人です。
猫、いいですよね。
ハッピー。
レンガ造りの家に、馬車を連れた業者、移動式の雑貨屋。見上げると青く澄み渡った空に、飛竜。飛行機や自動車のような科学技術が発展した欠片もない。鼻の奥を突き抜ける強い香りから甘ったるい匂いと異国情緒漂う。行き交う人の服装は洋風かそれとも和風なのか、何とも見当が付かない。そして何より。
『っん、ねぇっこみみぃぃっ。くぅかぅわいいいぃ』
失礼、心の声が出てしまった。
改めて話を戻そう。我がふるさととは似ても似つかない場所に俺は立っている。路面はコンクリートで埋め尽くされているわけではなく、泥や砂で踏み固められた原始的なもの。そのうえで出店がいくつも並んでおり、次から次へと出店の間を人が通り過ぎていく。人といっても、今まで出会ってきた人とは唯一異なる部位がある。
そう、猫耳である。精霊か何か知らないが、幼子、少女、幼女、淑女、もちろん、少年から紳士まで、周囲に存在する人は全員、頭部にアピールポイントがあった。
立ち話でもしているのか、やけに賑わっているようだ。
おっと、自分の紹介が遅れた。頭につけた尊き存在に気を取られてしまったようだ。
俺は、ドエル=ルナ=オレッキオ三世。無論偽名である。ひょんなことからどうやら、ヨーロッパ建築に似ていそうにも見えない街に飛ばされたらしい。俺がどうしてこの場所に飛ばされたのかは、ん、ひとまず置いておこう。
「おっかさんおっかさん、これ買って―」
「ダメよ、もうイモなら買ったでしょ。我慢なさい」
なるほど。猫耳の親子でも会話は人間らしいものだ。「おっかさん、ダイヤ買ってーー」とかだったら、どれだけ裕福な生活してるのだろうかと突っ込みを入れたくなってしまう。
「じゃ、じゃ、ダイヤ買ってーー」
おい。
いきなりフラグ回収。いやいや、ダイヤはダメだろう、お母さん、金欠になっちゃうよ、予算オーバーだよ。そこはさすがに怒った方がいいんじゃないんですか、お母さん。
「わかったわ、そこまで言うなら買ってあげるわ」
ええ、ダイヤってそんな簡単に買うものですか、ネット通販とかでポチポチ購入ボタン押すように買っちゃうんですか。
「はい、これでいい?ちゃんと首にかけておくのよ?」
「ありがとう!!おかーさんっ」
猫耳お母さんらしき人が猫耳少女にダイヤの首飾りらしきものを買ったようだ。しかも手のひらサイズのダイヤ、モノホンの、あの炭素の塊のダイヤである。
「はあ……なんなんだこの世界は……物価イカれてんじゃねーのか」
心の声が思わず口に出てしまった。周囲の猫耳人らが俺を不思議そうな目で見つめてきた。まずい、この世界の人間ではないことがバレてしまったのか。
いやたしかに、俺の服装は一度も通っていない高校のジャージだし、周りの人々とは大違い。まず、露出度が違う。例えるなら猫耳の可愛げな少女は胸元が開き、ミニスカートのような格好。全体的にベリーショートって感じだ。対して俺はどうか。露出度ゼロ。ジャージだからか、肌の部分なんてものは皆無だ。
しかも猫耳が俺には存在しない。つらい。
そうこう考えているうちにさっきの猫耳少女が俺を指差した。
「ねえねえ、おかーーさん。あれ、なんか変じゃない?モゾモゾ動いてるけど、なあにーー?」
「どうしたの、ってひぃっ!?」
え、俺のこと見たからってそれはないのではなかろうか。自分の姿、自分で見てもただの人間よ、ジャージ着てるけど。猫耳がないことがこの世界ではそんなイレギュラーなんですか。
すると、俺の周りに立っていた人々が一斉にその場から離れた。人々の顔色を伺うと青ざめているというか、怯えているようだった。
「な、なにしてるんだ……早くその場から離れろ!!取り込まれるぞ!!」
「早く逃げなさい、青年!!」
ん、俺が取り込む。いや、どうやって取り込むんだ。と、一度考えてからようやく気づいた。
「俺じゃなくて後ろか!?」
俺の背後にいたのはゼリー状の塊。見た目は掌では溢れるほどの大きさのわらび餅で美味しそう。ただ小刻みに震えており、不気味。そこで、その場にあった木の棒でつついてみると雫に棒を突き刺したよう。要は感触がない。
「お、お前よくそんなことできるな……」
「命知らずめ」
棒をつつく俺を呆然と眺める猫耳人は未だに怯えている。
なるほど、これがモンスターというやつだ。
「つまり?この場に連れてこられて、まず最初のイベントがスライム討伐イベントだと。なるほどなるほど、わかったわかった。よーくわかった、こいつを倒せばまた新しい展開が生まれると」
うんうん、とうなずいているとゼリー状の塊からテニスボールほどのゼリーが分散した。
「おっと、あぶねぇあぶねぇ」
俺は胸をそらすように避けると、飛んでいった玉は馬車の荷台のテントに付着した。付着した部位は煙を出し、消失した。
「ほお、なるほどやるねぇ……」
って、やるねぇじゃねぇ。何いってんだ俺は。あんな小さな塊だけでテントの布部分を消すとか、最初から強くねこいつ。
ふう、と一度息を吐き呼吸を整える。考えろ、答えはある。どこかにあるはずだ。ほら、ゲームだってそうじゃないか。答えに結び付くヒントはどこかそこに隠されてるんだ、そうじゃなきゃ詰みゲー、クソゲーだ。
しかし、いま思えば当たり前のことを思い出した。
「これ、ゲームじゃなくね?いやリアルじゃね?」
リアルに正規ルートなんてある。俺は聞いたことないぞ。どうすりゃいいのさ、てかおかしいじゃん。普通、戦闘方法知った上で敵って現れるよね。戦う方法を知らないのにどうやって戦えばいいんだよ。
「考えろ、いや考えるな、フィーリング、フィーリング」
そうして、目を瞑り再び見開く。すると、ゼリー状の塊の上に被さるように大きな紙がのし掛かった。
その紙には。
「え、『塩』?」
おいおい、塩ってなんだよ意味わからんわ。といっても、でも一か八か。仕方ない、やるしかない。
雑貨屋に尋ねた。
「すまん、ここに塩ってあるか?塩ならなんでもいい固形でも水でも」
「え、こんな時に何いってるんですか!?」
「早くしてくれ!!」
「すみません……今日は調味料は売ってないんです、でも塩なんて使ってどうするんですか」
説明している暇はない。というか説明なんてものはない、直感だ、紙に書いてあるんだから。
雑貨屋の品をざっと眺めると俺は代替品に気づいた。
「あるじゃねーか。塩の代わりがここに。塩が入ってれば固形じゃなくてもいいんだよ」
そうして、俺はある液体をスライムに向けて振り撒いた。するとみるみるうちにゼリー状の塊が溶けていき、蒸発していった。
「どどど、どうして海水でスライムが倒せたんですか、さっき塩って言ってましたよね、なんで塩で倒せると分かったんです……?」
「ん、ああ。あのスライムの上に『塩』って書いてあったんだ。だからこれじゃねーかってかけてみた」
「塩って書いてあった?そんなものどこにもなかったですよ」
なんだと。この周りにいる人々には見えずに俺には見えるとは。
「ねえねえ、お兄ちゃんってどこから来たのーー?」
猫耳の少女が俺に近づいてきた。その質問はまずい、別の世界からやってきたとか言えば、一大事、大ごとになって、悪ければつるし上げられる。俺はぞっとした。
その為か、俺は「隣町から来たしがない旅人さ」と決めセリフを吐き捨て、そそくさとこの場から逃げることにしたのだ。
脊髄反射で答えたことを後悔した。
***
店が並び立つ大通りから離れたところ、光があまり入らない路地裏。不法投棄されたゴミが積み重なっているためか、それとも剥き出しになった排水溝のパイプのせいか、ひどい異臭がする。
疲れた足を癒すように壁に背もたれをつき座る。
「はあああ、転生した途端、モンスターが出てきて倒すってのはテンプレだけどさ……」
あの場に集まった人々、異変を察知して集った関係の無い人々、噂を聞きながら辿ってきた人々。
その全部の目が何より、モンスターだった。
「モンスターより怖いのが人間ってのはなんだよ……そんなの、元の世界と同じじゃねえか」
「人間がモンスターよりも恐ろしいと」
その瞬間、俺は凍り付いた。冷たい声で、まるで囁くように、それでもしっかりと聞こえるように。
俺が反射的に体を起こし、構えようとした。が、間に合わなかった。すでに剣の矛先が俺の首元に触れていたのだ。
「動かないでくれます?そうしてくれないと私、怒られちゃいますので」
微笑混じりにそう言った人物は胸元に勲章をつけており、まさに軍人であった。そして背中まで長く伸ばした赤い髪が特徴的で。
「あんたは、女なのか?」
「はい?そうですが?」
怪しい目で俺を一瞥した美しき軍人はどうやら、女性だったのだ。
***
黄金の砦に、黄金の門、黄金の扉に、黄金の絨毯。全てが金で埋め尽くされ、金に包まれた城。街の中心部に反り立つこの城はどうやら国の長、つまりは国王が居座っているようだった。
「本当に何も知らないようですね旅人の方」
「旅人なら手錠くらい外してもらってもいいんじゃなんですかねーー」
むすっと不満そうな顔をする赤髪の女性。俺はどうやらこの人に拘束されたようだ。腕輪のようなものをつけられ両腕が思うように動かない。これどうやって動いてるんだ、ワイヤレスか?
「この国の事情を何も知らない貴方に一から教えてあげた恩はありませんか?」
「事情つーか、ここが国の中心部ってことしか教えられてないが」
「っ、口答えはやめなさい。さもなければ手錠をもっときつくしますよ」
といいながら、女性は手元で呪文らしき文言を囁くと同時、俺の手錠も呼応した。腕輪が小さくなったのである。
「いででででっ、折れる折れちゃう、骨にヒビ入っちゃうからやめてください、はい、すみません申し訳ありませんでした」
「わかったのなら、よろしい」
腕輪が大きくなった。ちょろいな。
「今、ちょろいなって思いましたね?もう一度やりますよ」
「いてでででででで、はいはい、もう思いません諦めます、ごめんなさいごめんなさい」
「ってことは、ちょろいって思ったのですね!!女だからって甘く見ると痛い目遭いますよっ」
「もうあってるから、痛い目これ以上あわされたら体が持たないからっ」
俺が痛みで手を振り回していると、大きな物体に衝突してしまった。どうやら巨大な扉であった。
「ここです。王の面前では無礼のないように。非礼は罰則の対象ですので」
「え、こわ。そんな罰あるの?怖すぎない?」
「黙りなさい」と女性に一喝されると巨大な両扉がゆっくりと動いた。
眩しい光が目を襲った。ちょうど暗いところから明るいところへ出るように視界に何も写らなくなった。
突如、声がした。
「よくきた。旅人よ。ここまでのご足労、誠に大義であった」
重圧が、重力が、抑圧が、ありそうで、ない声だった。定番の展開ならもっと渋く低い声でおじいさんのような国王が玉座に座りながら見下ろしているが。違ったのだ。
「は?」
つい、声が漏れてしまった。隣で伏せるさっきの女性軍人が俺を見ておろおろとしている。耳を澄ますと「おい何をしている!!」と小声で言っているようだ。
いやしかし、俺は恐ろしくて声が出ないとか、頭が上がらないとか。国王へどう対応すればよいか分からないわけではない。無論、突然自暴自棄になって声を出したわけでもない。俺は出したくて言ったのだ。
「はああああああ???」
「おいおい、この国の主を拝めてその応答はないんじゃないのか?」
「はあああああああ??????」
恐ろしくない、恐ろしいはずかない。なぜなら、国王たる人物、赤いマント、金の杖、つけ髭のような白い髭。とってかぶったような金の冠。その人物の顔は何せ知っていたのだ。
「お前、夏希じゃねぇか!!」
夏希、俺のもとの世界の友人の名前だ。
「そういう旅人の格好してるのは勇人か?」
いざ実名で呼ばれると恥ずかしくなるが、勇人、滝本勇人、俺の本名だ。
「そうだよ、あの勇人だよ。お前の友人の、いつもの勇人だ。んで、王様気取りのお前は夏希か?」
「その名前で呼ばれるとちょっと恥ずかしいな」
いや被るなよ、てか被せるなよ。と、俺は即刻、聞きたかった質問をした。
「なんでここにいるんだ?もとの世界はどうした?」
「それ、僕に言うかな?同じ現世にいた人間なんだから聞いても分からないでしょ」
「いや、王になってんなら分かったのかと」
「分かってないから未だに王になってるんでしょーが」
夏希はため息をついた。なんでそんな簡単な質問をするんだ、とか言いげな顔だ。昔っからだが、腹立たしいなあの顔。何がって、趣味がゲームとか、性格が暗いとか、内面は似てるのに、外見はイケメンなんだもんな。それが俺と違って腹立つわあ。
「でもてっきり、先にこっちにきたのかと思ったよ」
「なんでだ?」
俺の問いに夏希は笑うように答えた。しかし、腹立つなあ。
「勇人って、僕の病室に何度も来てたのは覚えてるよね」
「ああ、なんたって俺しか友達と呼べるような人間いなかったからな」
「それは置いておいて、じゃあ現世の記憶って勇人はどこまで覚えてる?」
思い出そうとしたが、必要性がないと思って隠してきたこと。つまりは、俺が日本でいつ死んで、転生したのかってことだ。
実のところは覚えていない。そりゃそうだ、自分がいつ死んだかなんて分からない。生きていなければ、死んだ記憶なんて生まれないのだから。
「死んだ瞬間は分からないが、俺が夏希の病室にいってたことは覚えている」
「覚えてるじゃん」
俺を突き刺すような一言。このエセ王様、夏希は事の真意を突きつけてきたようにみえた。
「というと?」
「本当にそこだけは、自分がいつ死んだのかってことは覚えてないんだ、へぇぇ」
「おい、教えろ夏希。俺には知る権利があるはずだ」
「ええーーどうしよっかなあ、ボク、王様だしその権利はボクにあるはずじゃないのかなあ」
上から目線で眺めてくる。本当に腹立つなあこいつ。
「仕方ない。教えよう」
何か諦めたのか夏希はようやく口を割ったようだ。
「勇人は僕の病室にきてくれたんだよねー、それは優しかったよー、嬉しかったし、それに何度も遊びにきてくれて飽きなかったもん」
「けどさ、布団に隠れて勇人が来るのを待ち伏せてたのにさ」
「ようやく、きたっ!って思っておもいっきり脅かしたら」
「倒れるってなくない???」
線が切れたかのようにどっと夏希は笑いだした。
「あの表情はほんっとうに面白かったよ、えっ!?って顔してそのまま後ろに倒れてさ、まさか、ドッキリで心配停止になると思わないじゃん?」
「まあ、あとで思い返してみたら『なんてことしたんだろう』って後悔ばっかだったけど、こうやってまた会えたらなんか笑えてきちゃって」
「ごめんね、勇人」
上から目線で、笑われ、謝罪されで何がなんだかもうわけが分からない。分かるのはこの王のような人物こそ俺の友人である、夏希だということだ。
「謝らなくていい、それよりも今を見よう。ここはどこなんだ?」
夏希は手を大きく広げ、まるで我が物だといわんばかりに言った。
「ここは、この国はネクレル共和国。そして僕がこの国の国王、ネクレル=トゥヘルさ」
「はいはーい、すごいすごい。んで、本当は?」
「本当だよ!!これでも真面目にいってるんだぞ」
ものすごく王を頑張って取り繕ってる感じがしてならないんだが、そもそも身長が小さいんだよ。そこは現世の時と変わらないんだな。
夏希は、俺よりも身長は低く中学生ほどだ。そして俺は一般的な男子高校生ほどで、わりと身長には自信があるタイプだ。彼は玉座から立ち上がると俺の真横に飛び移った。
すると、俺の肩を組むように顔を寄せ、耳の辺りに囁いたのだ。
「もうその辺にしてくれないか?あまり昔話に浸っていると彼女も困ってしまう」
囁くとニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。いや、ほんと気持ち悪いな。え、なに、手駒にしてる感満載だよ、王としてそれは失格だよ。
「あの……王様、この方はどなたですか……」
さっきまで俺の手を拘束していた軍人女性はおどろおどろにして聞いた。え、王ってこんなに影響力あるの。
夏希は「ああ、彼は古くからの友人だよ。よく、連れてきてくれたサーシャ」と一言、伝えると女性はほっとした表情をした。なるほど、この見たからして強そうな女性はサーシャという名前らしい。
「彼女は僕の后だよ、サーシャ・ネクレル。クラスはソードアンカー、簡単に言えば剣使いってところかな」
「サーシャです。今後、お見知りおきを」
サーシャは頭を下げた。赤く背中まで伸ばした長い髪に、スラッとした細身、華奢な足を持ち、一見、戦闘には不向きのように見えるが、腰につけた太い剣が物々しさを感じさせる。まるで、近寄るな、といわんばかりに。
「おいおい、見とれてるんじゃないぞーー、彼女はこれでも軍人なんだ、少しでも鼻の下伸ばしてみろ、切られるぞ?」
そういいながら夏希は肩を組む力を強める、首を絞められる感覚だ。俺は咄嗟に腕を叩いた。
「いでででで、わかったわかった、わかったから早く離して……」
「ん、どうした?」
途中から拒むことを諦めた俺の異変を察知したのか、夏希は俺の顔に視線を移した。無論、俺はわかっていた、この柔らかく、だからといって豊満とはいえない物体の存在を。
「お、おま、おまええ……」
「ほへは、はざほじゃはいっ(これはわざとじゃない)」
「その状態で喋るなぁ!!」
俺は自分の顔を夏希の胸に押し付けていたのだ。いやこれはわざとじゃない。決して狙ったとか、ラッキースケベというやつではない。
夏希の組んでいた腕が離され、そのまま拳が顔面に直撃。鼻が折れそうなほどの痛みが俺に襲った。
「いったっ!!なにすんだよ夏希!!」
「それはこっちの台詞だ!!いきなり顔をこ、ここに、ボクの胸に押し付けてくるなんて……卑猥の極みだ、恥辱の至れり尽くせりだ!!」
「胸を押し付けてきたのはそっちだろ、そもそも肩を組んできたのはお前だ!」
「まさか、こんな純粋な乙女の体が目的だったなんて、恥を知れっ」
そう。夏希は女だったのだ。
「うるせえ、もとはといえばお前が男みたいな行動するから悪いんだろ。ボク、ボクってボクっ子で売りにだしやがって」
「ボ、俺の口癖なんてどーだっていいだろ……」
「あのぅ……」
俺と夏希の間で言い合いをしていると、横からバツが悪そうにサーシャが入ってきた。
「何がなんだか、分からないのですが……説明していただけませんか、王様」
そうして、俺と夏希の間の関係についてサーシャに話すことにしたのだった。
※※※
旧友である夏希。昔っから病弱で俺はよく彼女の病室に通った。俺と同じゲームが趣味で、病室に行く度に別タイトルのゲームを持っていった。そしていつしか、俺の数少ない友人となっていったのだ。
自分を僕と呼ぶのももちろん訳があった。体が弱いのならば、心は少しでも強くしようとしたからだ、いつしか、ゲームの主人公と同じように「僕」と自分を呼ぶようになったのだ。
「なるほど、そういうことでしたか。王の昔からの御友人であられ、幼少期に生き別れをしてからようやく再開できたと……ところで王が女とはどういうことかお聞かせくださいませんか?」
「そういうことだ、サーシャ。って、僕が女なわけないだろっ、今までの勇ましい戦いぶり、この強靭な体、そして刮目せよ、この美しい顔を。どこからどう見ても勇者の名にふさわしい人物だろう」
「勇者なら女性もいらっしゃると存じていますが……」
「口答えはしなくていーーの、ほれっ、そんなに僕のことを怪しむと罰を与えるぞ」
「ほいっ」と夏希は手をふりかざすと、サーシャの頭が煙に包まれた。すると、彼女の頭から見覚えのあるものが生えた。見覚えのある、なんてものじゃない、忘れたくても忘れられないチャーミングの結晶のような、それでいて愛おしくなる。猫耳だ。
長い赤い髪にマッチするように、薄い桃色の猫耳がサーシャの頭にちょこんと現れたのである。サイズ感からしてかわいらしいのに、さっきまでと瓜二つのように性格ががらんと変わっているのがまたいい。頭を手で必死に隠しているのだ、どうにかして猫耳が見られないようにするために。
「な、王様っ、やめてください。私はこれでも騎士です、このような面前の場で私の耳を露見させるなど……」
どうやら騎士は自分の耳を外に出してはならないようだ。理由は分からないが。にしても……
「ぐへへへ……ほれほれよいではないかぁ。うへ、うへへへ」
職権乱用最悪だ。自分の地位を利用して自分よりも階位が低い、配下に対して嫌がらせするとか。でもよくいるよなぁ、こんなわき役。大抵、敵の餌食になりやすいタイプだな。
「やめてください!!」
突如、サーシャの手から円陣が浮かび上がり、電撃が放たれた。一瞬、一筋の光が夏希の体を目掛けて飛んで行ったのだ。案の定、雷に打たれたように夏希の体は黒焦げになる。
え、だいじょうぶ?
しかし、そんな俺の不安要素も解消された。サーシャが再び呪文のような言葉を呟くと、時間が戻されたように夏希の体がもとに戻っていたのだ。
「ふう、なおったなおった。ありがと、サーシャ」
「感謝するならもうやめてください、そもそも王が先に手を出しているんですから、自業自得ですよ」
「ふんっ」とサーシャはさぞ機嫌が悪そうな態度をとる。そんな姿を夏希は見て言った。
「だってよ、こいつ猫耳好きだから少しは見せてやりたいなーなんて唆せられるんだもん、仕方ないよね?」
サーシャは猫耳を隠しつつ、俺を睨んできた。いや、こわ。
「責任を俺になすりつけるなーー。猫耳好きなのはたしかだが……」
「え、キモ……」
「ほら、やっぱり変態だろ?」
めちゃめちゃ引いてるよ。仕方ないじゃん、そういう性癖なんだから直しようがないのよ。と、口答えしようとしたとき、夏希は咳ばらいをした。
「ってことで、茶番をいつまでやったってもキリがないから本題に移るよ」
「茶番をしたのはそっちだろうが」
「そういうのは訊かなくていいの‼それ、いちいち人の話に対してちょっかい入れてくるとこ勇人の悪いとこだよ、そんなだから友達にも猫にも嫌われるんだよ」
「はいはい……って猫は関係ないだろうが」
「猫耳好きですもんね………」
やめてーー、そんなクズみたいな目で見ないで――サーシャさんーー。
「さてさて、冗談はここまでにして。今回、勇人をここに呼んだのには理由がある。さっきの戦闘のことだ」
「ああ、あのスライムみたいなゼリーみたいなよくわからんやつか、海水ぶちまけたら一気に消えたんだ」
サーシャはじろっと俺ににらみをきかしてきた。そして夏希は黄金の杖を縦に振ると巨大なスクリーンが映し出された。被写体がないのにも関わらず、俺の目の前に画面が現れたのである。
「そうそう、スライムみたいなモンスター、通称メルティ―。名前の通り取り込んだものはたとえ鉄や金のような金属であろうとも溶かす恐ろしいやつだ」
「スライムが怖いのか?ゲーム性狂ってるんじゃないのかこの世界、最初から強いモンスターが出てくるとか、詰みじゃん」
「まさにその詰みってわけ。普段からこの国には魔物が出現することは知られていたけど、というかいつもボクやサーシャが退治しにいってたしね」
サーシャが戦闘向きなのは腰につけてる剣を見ればおおよそ見当が付くが……
「なあにい、こんな小さな体で、武器も何も持っていなさそうなガキが戦えるのかよ、って思ってるのかなあ」
「ちがうちがう、他に誰が戦いに行ってるのかと思っただけだ……」
「それってやっぱり、ボクが戦力外通告ってことじゃんか‼これでも魔法はコンプリートしてるんだぞ、ふんっ」
「まあいい、魔物がこの国に出現するのは知ってた、けどスライムは無かったんだ。しかも中型級だ、特殊な魔法を使わなければ、ましてや道具を使って一発で倒すなんてことはまずない」
俺は一時間程前の出来事を思い出す。人々が集まっている中、突然俺の背後に現れたスライム。雑貨屋から拝借した海水を振り撒いただけでスライムは蒸発し消えたのだった。
「てことは、俺はどうして海水をかけただけで消えたんだ?もしかして魔法とか、知らないうちに使ってたのか?」
「その線はゼロといっていい。なにせ、勇人が戦っていたところをずっとここからモニターしてたからね。魔法が使われた形跡はなった」
「じゃあ、なんでだ……」
そういえば、海水を使ったのには理由があったのを思い出した。
「俺がスライムを見た時、不意にあいつの上に紙がかかっていたんだ。『海水』って黒い文字で書かれたその紙をみて俺は倒したような気がする」
そう言うと夏希はモニターを消し、杖を再び俺の目の前へと向けた。そして「スライム」と叫ぶとまた見たことのないモンスターが現れた。
「こいつは勇人が倒したスライムとは別の中型スライム。だからさっきと同じ攻撃しても効かないはずだ」
俺が倒したのは透明なスライムだった。しかし、今目の前に対峙しているのは薄い青色で着色されている水色のスライムだ。
「ちょっと倒してみてよ」
そう言うと夏希は離れていった。遠くから「あ、別に死んでもまた蘇生してあげるから安心して~~」と呑気な声が返ってきた。
「死ぬか死なないかって言われて安心できる奴なんているか――‼‼」
俺が夏希に叫ぶと、隣に立っていたサーシャが果敢にスライムに走りこむ、まるでスライディングだ。おそらく横切りをするのだろう、剣を構え、一太刀。
さすがサーシャさん。王の側近は度胸が違う。こんなのワンパン……
一瞬で蒸発した。サーシャさんが。
「ええええ、サーシャさんっ、剣構えて切ろうとしたら一気に消えたよ、ものの数秒で体すら見事になくなったよ」
「あーーあ、なにしてんのさ。これだから無防備に切りつけるのはよくないって言ってんのに……」
と言いながら夏希が呪文を唱えると、俺の真横の地面に魔法陣が浮かび上がる。すると、サーシャさんが魔法陣から現れた。
「あと一歩だった……」
「どこが⁉一歩じゃないよ‼どう見ても一瞬で消えてたよ、一発KOだったよ、完全にオーバーキルだったよ⁉」
突っ込む俺を再び睨むサーシャ。いや、正論だからね、猫耳の一件があるからってそれは逆恨みだよ。
俺は再度、気を取り直す。どうしたら倒せるか。真正面から向かえばおそらくサーシャの二の舞だ。そして武器すらない俺に何が出来るか。考えろ、答えはあるはずだ。違う、考えるな、答えは眼前に、すぐそこにある。フィーリングだ。
すると、水色のスライムの上にまたもや紙が舞い降りた。その紙には、「水」という文字。
「水だ!!水をくれ!!」
「ほい」と夏希が魔法で俺の手元に水筒を渡してきた。俺はすかさず水筒の蓋を開け、中身をスライムに向かってかけた。
「まさか……本当にやるとは、」
みるみるうちにスライムが蒸発し、原形が消えていき、いつしか全て煙と化していた。
「じゃあ次も、出すねぇーー」
夏希はそういうと再びスライムを生み出した。水色の同じスライムだ。
「え、さっきと同じじゃないのかこれ」
「スライム自体は変わらないけど状況が変わる、ほいほいっと」
杖をサーシャに向けると、彼女の姿が一瞬にしてなくなった。
「とりあえず、サーシャは別の場所に移したよ。もっかい、さっきのやってみてよ」
俺はもう一度、スライムに直面する。また同じだ。同じ色で同じ大きさ。どうせ、水を掛ければ消えるだろう。水筒に残った水を振り撒いた。
だがしかし。
「消えない!?なんでだ、さっきは一瞬で消えたのに、もしかして水の量が足りないんじゃないんか、勇人!!もっかいあの水筒をくれっ」
「ほーい」というやる気のない声とともに再び手のひらに水筒が現れた。俺はすかさず中身をぶちまける。だか、これでもやはり消えない。
「どういうことだ……?」
悩む。俺はどうして水をかけようと思ったんだろうか。それは紙に「水」と書いてあったからだ。ということはつまり。
紙に書いてある物がモンスターに対する特効要素なんじゃないか。
俺は再度、スライムを見つめる。ゼリー状の塊に視線を合わせる。考えろ、答えは必ずある。いや、考えるな、どうせ考えても思い付かないはずだ。全てはフィーリング。
スライムに近寄る。じりじりと詰め寄りヒントが現れないか模索する。
あと少し。あと少しだ……
その時、遠くに離れていた夏希から声がかかった。
「おい、それ以上近寄ると」
その瞬間、俺は体の感覚が消失した。痛いとか、気持ちいいとか、暑いとか、冷たいとか、感覚という感覚がなく、ただ言えるのは「無」だけだった。
しかし、俺はスライムを前に立っていた。
「いったい何がおきたんだ!?」
「死んだんだよーー、まったく蒸気でも触れたら消えちゃうんだから気を付けてよねえ」
「それは先に言えよーー!!」
どうやら俺は近寄りすぎて死んだようだ。夏希の蘇生によって生き返らされたのだ。
その後、俺は幾度となくスライムの上に紙が降りてこないか検証してみたところ、結果残ったのは数十回の俺の死だけだった。
「これ、もう無理ゲーじゃないか?というか俺を何回殺す気だよ夏希」
「んーーーー、そうだね、たぶん、わかったようなわかってないようなって感じだけど、サーシャ、彼のもとにいてくれる?」
そういうと俺の横に再びサーシャが現れた。
「これでもっかいやってみて」
何回目か、すでに検証数を忘れた俺は半分諦めた中でスライムを眺めると。
「今度は『海水』だ……」
スライムの上に「海水」という文字が書かれた紙が舞い降りてきたのだ。咄嗟に俺は水筒の中身をぶちまけた。さっきは消えなかった。が、今度はどうだ。
海水の飛沫がスライムに付着したとたん、煙を起こして消えていった。そうして二秒も経たないまま何もなくなってしまったのだ。
スライムが消えた後、夏希はすぐに現れた。
「ようやく解明できた。まだカラクリというか、中身とか仕組みはまだだけど、どうなっているかは理解できたよ」
「どういうことかまるで分からない。俺がさっきかけた海水がなんで今になって効いたんだ?サーシャがいたから倒せたのか?」
夏希は杖をサーシャに向けた。
「うん、たぶんそう。あくまでも憶測の範疇だけど、この世界って魔法っていってもいくつもあるんだ。一人で呪文を唱えたり、陣を描いて作る単魔法が基本だけど、複数人で魔力を供給しあって完成する複魔法も存在する。大抵の場合、強い魔法ほど複魔法の傾向があるけど……」
「勇人の場合は複魔法の一種だと思うよ。サーシャの魔力と連結した形跡が残ってるもん」
サーシャの方を見ると、やけに嫌そうな目で俺を見ていた。だからそんな目で見ないでくれ。
「どうして、こんな変人と複魔法をすることになるんです王様、私は一度もした覚えはありません」
「サーシャ、きみが拒んでもきっと発動しただろうよ。何せ、魔法の発動が一方的だった、勇人が強制的にサーシャの魔力に呼びかけたんだ」
「変態……」と言いながら再び俺を睨む。何度目だ。
「しかし、俺は魔法なんて呪文だって唱えた覚えはない、そこんところはどうなるんだ?まさか自動的に発動したってことか?」
夏希は「その通り」と異論の余地なく答えた。
「おそらく、猫耳をもつ人間がいることが鍵だろうね。勇人がスライムから特効的な何かを見出した時、サーシャの耳が動いたんだ」
「つまり、俺がスライムを倒した要ってのは『猫耳』ってことなのか……?」
頷く夏希をよそに俺の隣に立つサーシャは慌てたように訊いた。
「し、しかし、そのような複魔法は聞いたことがありません。猫耳にアクセスすることで発動する魔法など見かけたこと、いえ、一度たりとも聞いたことがありません‼」
そんな慌てた姿を見て夏希はまったく動じなかった。
「イレギュラーなんていつ、どこであっても存在する。ましてや未だ歴史が浅いこの国の魔法譚を当てにしていたら、いつになっても新しい魔法など生まれるはずもない」
「勇人、ちょっといいか?」
今更ながらに王様を気取っている俺の友人、夏希は改まって言った。
「僕がこの玉座に君を呼んだのには何も旧友との再会を懐かしむためじゃない」
「もう経験した話だろうけど、この国にはいつからかモンスターが湧き出てきている。しかも街の至る所にだ、何の罪もない、武器も持たず、戦い方も知らない国民が犠牲になりつつあるんだ」
俺が戦ったスライムもその一つだろう。何の前兆もなく俺の背後に現れた、あんなことが何度も引き起こされればこの国に生きる人々の命は危うい。だからか、同情した俺はいつしか夏希に訊いていた。
「それはなにが原因なんだ?」
「魔王による世界の浸食だ。聞こえは恐ろしいが、単にモンスターが僕らの国に進行してきているんだ、これは予想だけれど、きっと僕らの国の領土を奪おうという魂胆だろう」
病弱だった夏希と何度もやった異世界系ゲーム。その定番、ご都合的な展開に俺は何となく気付きながらも。
俺は腕を組みながら王になった旧友、夏希に問う。
「で、俺に何を求めていると?」
「勇人に、魔王討伐を依頼したい」
決まりきった答えが来て安心した。
「何せ、ボクは国内の情勢と、モンスターの討伐で手一杯なんだ。国の、街の外へ出てしまっては国民の命が危うい。だから君に任せる」
王からの命。俺は拒むことなく、全うしようと決意する。どうせ、もう現世では死んでいるんだ。ゲームしか出来なかった俺に何かできる事があるのなら、それをしたい。活かしたい。欺瞞のように聞こえるが、これは嘘ではない。
「わかっ」
「ちょっとまってください‼」
王を見上げる軍人、赤い髪に小さな桃色の猫耳がチャームポイントなサーシャがまったをかけた。
いやいやいや、もう流れ的に俺が「わかった、世界を救おう」とか決意するタイミングじゃない?雰囲気ぶち壊してるよ、サーシャさん。
「どうして私ではなく、この薄ら気持ち悪い男に重大な命を任せるのです?今まで仕えてきた私ではなく……不憫ではありませんか」
必死に夏希に乞うサーシャ。しかし、夏希は心底残念そうな表情を浮かべた。
「僕がいつ、どこでサーシャに任せないといったかな?しかもちょうどいいタイミングで横槍入れてくるとか、空気読めないの?」
「サーシャ」と夏希は呼びかけた。
「彼と一緒に魔王を討伐してきて欲しい、君たち二人の力が必要なはずだ。無論、無理強いはさせ」
「やります‼」
やはり軍人のようだ、返事が速い。そこは褒めるべきだが、どうしても俺を見る目が怖い。
「しかし……」
「なんだ、まだあるのか?」
じろりと俺を視界に入れると、嫌そうに、虫唾が走るのか知らないが、心底嫌そうに訊いた。
「やはり、なぜこの男が私の『猫耳』にアクセスするのかが分かりません、それだけが納得いかないのです」
そして今度は夏希が俺を見つめ、不気味な笑みを浮かべた。不気味といっても、ただ怖いとか、何を考えているのか分からないというわけではない。単に気持ち悪いのだ。擬音で表すのならば、「ニチャア」だろう。何とも言えない、不快感の塊だ。
「それは本人が一番知っているんじゃないのかな」
俺を眺めながらそう言い残した。つまり、自分の性癖ぐらい答えてやってもいいじゃないかってことか、俺は夏希の意図を瞬時に察した。
ゆえに、嘘偽りなく、包み隠さず、この思いのまま語ろうではないか。何が好きで嫌いなのかなんて他人に決められる筋合いはない。あったとしても俺は断固として反対、きっと追い返すだろう。
ふうっと息を吐き、一気に肺に空気を取り込む。そして、どっと流れるような息とともに言った。
「この世で唯一消えてはならないものを猫耳として崇拝し、ありとあらゆる概念を猫耳としたいと願う。ああ……小さくかつ小刻みに動く姿はまさに、この世のものとは思えないほど愛おしい。全ては猫耳のままに、猫耳は正義、猫耳こそ人類の栄光すなわち叡智。俺は猫耳愛好家の一人、猫耳を愛し、愛された男」
「猫耳ラヴァーズ‼」
まさか、自分が好きな概念で異世界を冒険出来るとか、願ったり叶ったりだ。
俺はそう呟いたのだった。
時間があれば続き書きます。