37.不思議な少女
「ええ、久しぶりね」
突然の訪問に、怪訝そうな表情を浮かべながらエリザベートはアイリスを迎え入れた。
「それで、今日は何の用でいらしたのかしら?」
人払いをした室内で、エリザベートは心配そうな表情のアイリスにややきつい口調で問いかける。
「その、実は、北領に手紙を送ったのですが、一ヶ月近く返事が届かなくて……」
他の領に手紙を送る際、遅くとも2週間経てば返事は返ってくる。ましてや、西領と北領のように隣り合う領同士であれば、1週間もあれば返事は届くはずだ。
「……それで?」
淡々と尋ねるエリザベートに、アイリスは僅かに目を細める。緑色の瞳に、鋭い光が宿る。
「――エリザベート様に、北領まで同行していただきたいのです」
アイリスの豪胆な態度に、エリザベートは眉を顰める。
「私が行く必要は?……それに、どうして私なの?」
エリザベートは鋭い視線を向けるが、アイリスは動じた様子もなく笑顔で言う。
「わたくしは次期聖女でしかないので、聖女を名乗ることはできません。ですが、他の領を訪問するには聖女同伴で、とケイティ様に言いつけられておりますので」
その言葉は、理に適っている。だが、何故エリザベートで無ければいけないのか。
「エリザベート様は、わたくしが姉と仲が悪いことは知っておりますよね。そして、ケイティ様やクリスティーナ様は今すべきことがありますから。――それと何より」
勿体ぶって言葉を切るアイリスに、エリザベートは黙って先を促す。
「――ウェルズリー家の長子だから、でしょうか?」
意味深長な笑みを浮かべて、アイリスは小首を傾げる。アイリスの視線と、エリザベートの探るような視線が絡まる。
暫くそうした後、エリザベートは表情を緩めずに問う。
「――あなた、何者?」
アイリスは表情も変えずにゆっくりと瞬き、その後試すような目つきをする。
「エリザベート様はもう、見当がついていてるのでないでしょうか?――五大使の血を引くあなたならば」
「!」
ウェルズリー家は五大使の一人、レシエルの血を引いている。だがそれは、ウェルズリー家以外では知られていない、伝説のような話だ。それは、同じ御三家のフローラだって知らない。
(それを何故知っているの?)
癒しの天使レシエルは、その麗しい見目と権能から貴賎を問わず崇められる五大使の中でも代表的な天使だ。レシエルは常に笑みを浮かべ、大らかな性格だったという。
「どこでその話を聞いたの……?」
言葉で表せない緊張感に、エリザベートは手を握りしめる。
対してアイリスは、緊張感を物ともせず、笑顔のまま、あっけらかんと告げる。
「さあ、どこだったのでしょうか」
(……聞き出すのは無理そうね)
エリザベートはあっさりと諦めながら、目の前のアイリスを観察する。
あの日――私が南領に向かうことになった日。あのときの手紙を持ってきたのは、アイリスだった。彼女は、たとえ2通の手紙が重なっていたとして、封筒にある落書きに気づかなかったのだろうか。確かに、見えない位置ではあった。だが、渡されるとき、少しでも字が見えるはずだ。そしてそれを、彼女が気にしないとは考えづらい。
――もしあの文字を彼女自身が書いたていたとしたら?
他にも、彼女の行動や言葉には気になるな点が多い。けれど、それら全てに意味があったのだろう。
(彼女の目的を完全に理解するには時間がかかりそうだけれど……)
「――わかったわ。私は、あなたと北領に向かう」
決意の籠もった眼差しでアイリスを見ると、先程と変わらず笑みを浮かべていた。が、そこに宿る感情を読み取ることはできない。
「それじゃあ、北領に向かいましょう!」
アイリスが高らかに告げると、そこにはもう緊張した空気はなかった。
◇
苦しい。苦しい。苦しい。
闇に包まれた体が、焼けるように痛む。
それでも、耐えなければいけない。助けを求めないと、女神様に頼らないと決めたのは他でもない自分なのだから。
「女神様……何としてでも、悪を滅ぼしてみせます」
ここには居ないあの方に向けてそういうと、闇から守るように体から白い光が溢れ出た。




