24.魔物の被害
「クリスティーナ、今までお世話になっわ」
エリザベートはクリスティーナの瞳を見つめ、躊躇うことなく頭を下げた。
「い、いえ。そんな……頭を上げてください」
焦るクリスティーナに、焦らせている張本人たるエリザベートはおかしそうに笑った。
今が、そんなに笑っていられる状況ではない。だが、暫くの別れを告げる今くらい、好きにさせてほしい、とクリスティーナは思っていた。
「それじゃあ、そろそろ行くわね。――本当に、ありがとう」
エリザベートはくるりと踵を返すと、一度も振り返ることなく去っていった。
彼女の帰還を待ちわびる、南領へと。
「言ってしまわれたわね……」
クリスティーナは少し寂しげに呟いた。
南領から、魔物の被害の対応が追いついていない、という報告を遣いの者から聞かされたのはつい先程だ。聞けば、南領では急激に魔物の数が増え、聖女不在の状況では対応しきれていないという。
それを聞いたエリザベートは、南領へ帰ることを直ぐ様決断した。勿論、クリスティーナに異論は無かった。
「そうですね……でも、やっぱり気になりますよね。東領といい、魔物の被害が増えているのは……」
いつもの元気さとはかけ離れた様子でアイリスが言った。
「何が原因なのかしら……魔物は人の負の感情に誘われると言われているけれど、それだったら結界の崩壊とは関係ないはずよね」
「確かに、そうですよね……以前は魔物の被害なんてなかったのですから。とはいっても、近隣国からの侵入とも考えられないのですよね」
そこまで言うとアイリスは顎に手を添え、考え込んだ。やがて、独り言のようにポツリと零した。
「魔物が現れる条件がわかればいいのですが……」
「!条件、ね……魔物の被害件数が多いところの情報を集めましょう。何かしら、共通点が見つかるはずですし」
「それがいいですね!東領と、南領、あと、王都と連絡を取りましょう!」
「ええ、そうしましょう」
そう言って、クリスティーナは動きを止めた。
「クリス先輩……?」
「――そういえば、王都では何かが起きているのよね……本当に届くかどうか……」
「それは、そうですね……でも、クリス先輩!今は信じるしかないですよ!」
アイリスはいつもの無邪気な笑みを浮かべた。それは、今日は特に、クリスティーナにとって心強い笑みだった。
クリスティーナとアイリスはその日、3通の手紙をそれぞれに届くよう送った。
◇
「何よ、これ……」
馬を飛ばし、南領に着いたエリザベートは呆然として呟いた。
南領を出たのは、約1週間ほど前だった。
その頃は、やはり魔物の被害はあったものの、ここまで閑散としていなかった。人々からは聖女や聖境司への厚い信頼が見られ、まだ希望もあった。
しかし、今は土地は荒れ、人々も外へと出歩いているものは一人としていない。
「つい先日から何の予兆もなく魔物被害が増えまして、人々は家に籠もり、土地は魔物によって荒らされてしまったのです。我々聖境司でできる限りの対応はしたのですが……」
立ち竦むエリザベートに、半歩後ろに立っていた聖境司が経緯を説明した。
そして、その最中にも――
「魔物だ!魔物が出たぞ!逃げろ!!」
運悪く外出していた住民の痛々しい叫び声が聞こえてきた。後には、女性や子供のような悲鳴も響き渡る。
(こうしては居られないわ)
エリザベートは一度目を閉じ深呼吸し、己に言い聞かせた。
「――行くわよ」
強い意志を宿したエリザベートは再び馬に乗り、悲鳴の聞こえた方へ駆けていった。




