15.なにかが逃げだした
「……っそんなこと、考えたこともなかったわ」
エリザベートは、ハッとしたように目を見開き、深く考え込む。数十秒間そうしたところでエリザベートは顔を上げた。
「――否定したいところだけれど、残念ながら、その可能性は高いわね」
「やっぱり……でも、だとしたら」
クリスティーナは、そこから導き出される答えに辿り着き、表情を暗くした。そんなクリスティーナを見て、エリザベートは顔つきを険しくさせる。
「……クリスティーナ、あなたもそう思うのね」
「はい……でも、こうなると、ケイティ様からの報告を本当に無視できなくなります」
クリスティーナとエリザベートが辿り着いた答え。それは、類例のない程の魔力を持った魔物が、結界が壊れたことにより解き放たれてしまった可能性だ。
「ケイティの言う〝なにかが逃げだした〟が魔物のことを言っているとしたら、やはり王都の混乱は免れないわよね……」
「魔物が出たとわかれば、助けに行っても良いのではないですか?」
「駄目よ。あなたの聖境司が戻ってこない限り安全を保証することはできないもの」
エリザベートの、心配そうに見えるその表情に、クリスティーナの口は戸惑いながらも正反対の言葉を紡ぎ出す。
「……どうして私の安全をそんなに気にするのですか?落ちこぼれでも、一応聖女だからですか?それとも、エリザベート様のお情けですか?」
強くなってしまう口調に、エリザベートは眉を上げ、いつになく厳しい面持ちになる。クリスティーナはそれに怯みながらも負けず嫌いが出てしまい、つい視線を鋭くさせてしまった。
「いい加減になさい。あなたは、聖女という以前に私たちにとって必要なの。あなたがいなければ――」
エリザベートの言葉一つ一つがクリスティーナを刺激し、それに反応するようにエリザベートの頭にも熱が上った。
「エリザベート様がそんなことを言っても説得力がありませんよ。そもそも私が必要とされるはずがないのですから」
「そんなことはっ…………――もう、やめましょう。時間の無駄だわ。お互いに、一度頭を冷やしましょう。……続きはまた後で」
エリザベートはそう言い残して部屋を後にしたを一人部屋に残されたクリスティーナは、悔しさや怒り、悲しみに顔を歪めた。
「もう、どういうことよっ……エリザベート様は私のことを認めていないんじゃないの?……本当は私をどう思っているの……?」
複雑の心境の中呟いた言葉は、誰に届くこともなく消えていった。
◇
「はぁ〜出てきてしまいましたけれど、特にやることないですわね」
クリスティーナとエリザベートが話し合っている間、アイリスは巡回と称して街を探索していた。公爵家から来ている従者が居るため、ある程度身の安全は保証されている。
「魔物も狩り尽くしてしまったわけですし……」
見習いの立場である次期聖女には、魔物を倒す補助は任されても、前に立たされるようなことはない。だが、アイリスはクリスティーナに黙ってこっそりと魔物を狩っていた。
(わたくしの力のことはセト様以外には隠しておかないと)
アイリスはゆっくり足を動かしながら、しばし考えに耽る。
(そう言えば、修境記の代わりのものをセト様は探しているのでしたわよね)
数日前の出来事を思い出し、ふむ、と小さく声を漏らす。
「そんな物は絶対にないはず。……セト様は何かを隠している……?」
「お嬢様、どうされましたか?」
突如立ち止まったアイリスに、怪訝そうに従者が呼びかける。
「何でもないですわ。でも……少し一人になりたいの」
「ですが、お嬢様からは離れないようにと……」
「お願いよ。父様達には誤魔化しておくから」
アイリスが困ったように微笑みながら頼むと、主に弱い従者は一礼し、もと来た道を戻っていった。
「――さて、仕事の時間ね」
一人切りになったアイリスは、今まで見せたことのない大人びた顔つきをしていた。




