12.エリザベート
ヴィクトルが王都へと向かい、エリザベートと二人きりになってしまったクリスティーナは、何を話せば良いかわからず、口を開きかけては、閉じていた。
そんな気まずいまでの静寂を先に切り裂いたのは、エリザベートであった。
「クリスティーナ。話があるの。聞いてくれるかしら?」
「は、はい」
刃物のような鋭さを孕んだ赤眼に、クリスティーナは戸惑いながら頷いた。
「長くなるから、中へ戻りましょう」
エリザベートはクリスティーナから視線を逸らし、くるりと踵を返すとどこか余裕の無さそうな足取りで、邸へと引き返していく。
クリスティーナも慌てて追いかけ、部屋へと戻った。
◇
「エリザベート様、それで話というのは……?」
アイリスはわたくしは席を外します、と告げて何処かへ行ってしまったため、何とも言えない暗い雰囲気が2人を取り巻いていた。
(話を始めないと)
口を閉ざして何やら考えているエリザベートに、クリスティーナは躊躇いがちに問いかけた。
「……ごめんなさい。何から話せばいいのか、わからなくなってしまって」
「全然大丈夫です。時間をかけてもらっていいので」
弱々しく眉を下げたエリザベートの姿に、クリスティーナは意外性を感じながらも、以前抱いていた〝高慢〟という印象が薄れていくのを感じていた。
そんなことを思っていると、覚悟を決めたように、視線を上げたエリザベートと目が合った。
「まずは……そうね、私のことから始めるわ」
「はい」
「私の生まれは知っていると思うけれど……王国で一番歴史のある侯爵家、ウェルズリー家の長女が私、エリザベートよ。……あまり社交界には出ていないから箱入り娘だなんて言われているけれど」
例に漏れず、箱入り娘だと思っていたクリスティーナは気まずさから、思わず視線を逸らす。
「まあ、気にしなくていいわ。寧ろ……それが目的だもの」
心の内を見透かされた恥ずかしさに、首をすくめるクリスティーナだったが、話の流れが変わり、顔を上げた。
「目的、ですか?」
「ええ、そうよ。私達、ウェルズリー家では長子に――特に長女に、義務が課されているの。その義務を果たすために、長子は家に籠もっているのだけれど、その義務について他人に悟られないようにしているのよ」
そこで言葉を一度切ると、紅茶で喉を潤した。その間、クリスティーナは話を止めてはいけないと思い、エリザベートの言葉を待った。
「――その義務は、修境記にも記されていない歴史を、語り継ぐこと。誰も知らぬことを、絶対に忘れないこと」
「誰も知らぬこと……?」
「ええ」
思わず声に出してしまい、クリスティーナはハッと口を押さえる。だが、エリザベートに気にした様子はなく、言葉を続けた。
これが私の義務よ、と言うエリザベートの表情に暗さはなく、義務であることを受け止めているようだった。
「本来、そのことを人に話すことは許されていないのだけれど……」
そこで一瞬、エリザベートは、瞳に悔しさや苦しみを滲ませた。
「それでも、 私が受け止めるにはこのことは大きすぎる。それに、一人だけで知っていたとしても意味がない。この状況から国を……この世界を救えないの。だから……」
切実な声音に、クリスティーナは姿勢を正し、エリザベートの言葉に耳を傾けた。
「……あなたに、聞いてほしいの。この国の、真実と……――女神様の罪を」
「……私に何か出来るというのなら、何でもします。エリザベート様。あなたの抱えている秘密を、聞かせてください」
そうして、誰も知らない、けれど知らなければいけないこの国の歴史が、エリザベートの口から明かされるのだった。




