35.記憶喪失
(……様子を見ると決めたけれど)
「?どうかした?」
ヴィクトルの一歩後ろを歩きながら、何となく彼の顔を観察していると視線に気づかれこちらを振り向く。
「いえ、何でもないわ」
「?そう」
クリスティーナは不思議そうにしながらも前を向いたヴィクトルを、また観察する。
(良くも悪くも何もないわね……)
先程5階に行ったというのに、この落ち着き様は可怪しい。記憶を失っていると考えるのが一番妥当ではあるが……。そんな事があり得るのだろうか。
――そういえば……。
(恐らく私、記憶を失っているのよね……)
クリスティーナは前回図書館の5階に行った時の記憶をなくしていた。図書館に行き、5階まで行った事も覚えていたが、その先の記憶の一切が消えていた。
(5階に何かあるのかしら……?)
クリスティーナは5階に辿り着いてから使い魔と対峙した時までの記憶を振り返るが、それらしき手掛かりはない。
(……単なる偶然なのかしら。……って、まずいわ!このままでは5階に行ってしまう……!)
そこまで考えてクリスティーナは立ち止まる。今2人は4階地点に着き、そのまま5階まで上ろうとしている。
5階に日記が無かった事はわかっているし、記憶を失う可能性がある事を考えると、上手いこと誘導して5階へ行かないようにしなければいけない。
「クリス?」
突然足を止めたクリスティーナに気がついたヴィクトルもまた、足を止める。
「――ねえ、5階を見るのは後にしない?」
「どうして?」
ヴィクトルが疑念を抱くのも無理はない。師匠自身が日記は5階にあると言っていたのだから。
「それは……かなり時間が経っているしもう5階には無いかもしれないでしょう?それに何より時間が掛りそうだもの」
クリスティーナに5階での記憶はほとんど無いが、5階の本棚の量が桁違いだったという事は微かに記憶に残っている。
「あっ!……そうだね」
ヴィクトルは制限時間の事を思い出したのか、はっと目を見張る。
(っと、私は知らない振りをしておいた方がいいわよね)
「どうかしたの?」
仮にヴィクトルが記憶を失っているとすると、クリスティーナが現時点で制限時間があるという事を知らない事になっている筈だ。
「い、いや……なんでもないよ。それじゃあ何階から見ていく?」
「そうね……どうしようかしら」
クリスティーナは師匠から聞いた話を思い出し、どの階から見ていけば良いか考える。
「――当時師匠は学園の関係者だったから、日記を隠した相手も関係者だと思うの」
「うんうん」
「だから、3階か4階にある可能性が高いんじゃないかしら」
「でも、1・2階に無いとは言えなくない?」
「そうね。でも、3、4階と違って1、2階は書物を借りることも出来るから、そうなった時に日記があれば気づかれやすいと思うの」
「なるほどね〜。それじゃあ、3階から見てみよっか」
「ええ。そうしましょう」
5階に入らぬように上手く誘導する事ができ、クリスティーナは安堵する。
「ねえ、クリス」
階段を降り、3階まで来たところでヴィクトルは唐突に後ろ――つまりクリスティーナを振り返る。
「何?」
「さっきから、何か雰囲気が変じゃない?」
「え……?あっ!」
クリスティーナはヴィクトルにそう言われて思い出す。あの異質な空間を。
「そういえば、外がとても暗かったわね……それでどうしたの?」
「やっぱり……」
「?」
「いや、何でもないよ。忘れて」
そう言うとヴィクトルはにこりと笑う。クリスティーナはヴィクトルの言葉の意味を知りたかったが、彼が難しい顔をしている事に気づき、言葉を呑んだ。




