2.眼鏡
(ふぅ)
クリスティーナは心の中で深い溜め息をつく。
無事入学式を追えたクリスティーナだったが、早速囁かれる噂話や陰口やらで既に疲労困憊だった。
不幸中の幸いと言うべきか、今日はもう帰るだけだった。
(これはこれで苦行ね……)
誰も隣にいない通学路を一人で歩きながらクリスティーナは心の内で呟く。
周りは皆仲の良いもの同士で帰っているので、当然クリスティーナは浮いて見えてしまう。
さっさと帰ろう、そう思い足を速めた瞬間。
――ピシリ。
ガラスにひびが入るような、何処か不穏な響きを持った音が聞こえた気がした。
――何が原因だったのか。
それは白で遮断された視界から容易に想像がついた。
クリスティーナは道の端に寄り、眼鏡を外した。
案の定、眼鏡のレンズには幾つものひびが入っていた。
蜘蛛の巣状のひびは不吉さを助長させ、クリスティーナは不安に駆られた。
(お兄様の強いお力で作っていただいたのにどうして……)
クリスティーナは気持ちを切り替え眼鏡を仕舞うと、先程より更に速く歩を進めた。
前を見ていても何も判別する事ができないので、クリスティーナはひたすら地面を見続け、人を避けながら家に続く道を急いだ。
「……ッ!」
人々からようやく離れることができたと思い息をつこうとしたクリスティーナは突如視界に映り込んだ長い足に息を呑む。
だが、避けることは叶わず、クリスティーナは相手に思いっ切りぶつかり、地面にへたり込んでしまった。
「もっ、申し訳ありませんっ」
突然のことに焦りながらも、立ち上がらず何とか謝罪の言葉を述べるが、一向に相手は口を開かない。
「……?」
不思議に思い顔を上げると、青みがかった黒髪が揺れた気がした。
この距離で相手の顔がわからないだなんて相当視力が悪いのね、とクリスティーナはぼんやりと相手の顔を見つめ続けた。
「……いや、気にしなくていい」
相手は涼やかな声でそれだけ言うと去っていった。
残されたクリスティーナは不思議な人だったなと思いつつ立ち上がり制服についた土を払い、再び歩き始めた。
✴✴✴
「――それで、急にひびが入ったと」
焦げ茶色の机に置かれた眼鏡を挟み込むようにクリスティーナとその兄、リシュアンが座っていた。
クリスティーナは帰るなり兄に眼鏡の事を話し、事の顛末を語った。
「そうなの。……でも、こんなことってあるの?」
「見たことないな。だが、魔力のレンズが壊れるということは何かしらの強い魔力の影響だろうな。それも光とは違う属性の」
「光の力同士ではお互いに影響を及ぼしませんものね……」
クリスティーナが眉を顰めながら呟くと、兄はそうだ、と肯定する。
「でも……火や水属性などは光の力の派生だからこれらも影響を与えないのでは……?」
思った事をそのまま口にすると、リシュアンは困ったように頷き、続けた。
「だが、そうなると闇の力が関わっていることになる」
「それは……おかしいわ……闇の力は結界に阻まれるはずよ。それに、闇の力を使える者だなんて悪魔しかいないわ」
悪魔。それはアムールデースにおいて国や民を脅かす存在として人々に知られてきた。だが、女神に愛された帝国では過去として認識されている。
また、悪魔は闇の力で人々を陥れる、倒すべきものとして扱われ、歴代の聖女が葬ってきたことも事実だ。
そんなこともあり、国内に闇の力を扱うもの――悪魔がいるはずがないのだが……。
「――このことに関しては俺に任せろ。後、新しい眼鏡だ」
リシュアンはそう言って眼鏡を渡すと、席を立った。




