15.聖女ルシア
クリスティーナは本棚と本棚の、人一人通り抜ける事がやっとの隙間を縫うように、歩き始めた。
その急いで足を進めるクリスティーナの直ぐ後ろを、ヴィクトルが付いてくる。
……距離を殆ど空けずに。
「……ねえ、近すぎではないかしら」
クリスティーナはささやかな抵抗を試みる。
……が、色々と有能なヴィクトルには無意味に等しかった。
「そう?でも、近くにいないとと逸れちゃうよ」
ヴィクトルはニコリと笑みを浮かべながら正論を返してきた。
だが、彼の言う通り、ここは〝乱雑〟といえるまでに不規則に本棚が並んでおり、距離を空けて且つ逸れずに進むことなど不可能な程だった。
「あ、それとも手を繋いでほしい?」
「っ!?変なこと言わないで」
恋愛経験が無いクリスティーナは、手を繋ぐ事ですら拒絶反応を起こしてしまう。
クリスティーナはヴィクトルから素早く距離を取ろうとしたが、そのことを察知したヴィクトルに手を取られ、距離を取る事も、体に触れられないことも叶わなかった。
「……はあ。もういいわ。このままでいいから早く進みましょ」
「本当!?やった」
ついには折れたクリスティーナに、ヴィクトルは喜びを露にした。
……だがその一方でクリスティーナは、人知れず胸をおさえていた。
(……この笑顔に弱いのよね)
「……ところで、どうやって進むの?」
ヴィクトルに問われて、クリスティーナは我に返る。
視界に飛び込むのは、やはり膨大な数の書物とそびえ立つ本棚だ。
それは今まで見てきた階と変わらない。しかし――。
「う〜ん」
5階では、本棚が迷路を形作るかのように、複雑に配置されていた。おまけに、体感では本棚の数も格別に多い気がする。
(どうしよう……)
「あ、見てみてこの本〜」
と、本気で悩む人の気も知らずにヴィクトルは一冊の本を本棚から抜き取り、クリスティーナに示した。
「何よ……」
その本の表紙には聖女の絵が描かれていた。それは、聖女ルシアについて記された物で、教会にも置かれている物だった。
「教会にも置かれてるし、複製はクリスの家にもあるよ」
「え……?そうなの?初めて見たわ……。――ッ!?」
クリスティーナは、ヴィクトルが本を見せた意図がわからず混乱するが、何故か強く心臓が脈打ち目を見張る。
――ドクン。
(何……?どうして……わからない……)
クリスティーナはドクドクと脈を刻む胸に手を当て、浅い呼吸を繰り返した。ヴィクトルの心配する声も聞こえたが、今のクリスティーナには全てが無に感じられた。
「ねえ、大丈夫?クリス?」
「……」
「ねえ。大丈夫なの?クリスっ!?」
「……ええ。大丈夫よ。……全て……全て――思い出した」
漸く応えたクリスティーナは、眼鏡を取り、結っていた長い髪を下ろした。
「ヴィクトル。――行きましょう。私が隠した秘宝のもとへ」
ヴィクトルを射抜いたクリスティーナの瞳は、晴れた青空ではなく、夜の暗闇を湛えていた。
◇
「さてさて、どうなるのじゃろうな」
その頃、一人の老人が空を見上げ呟いた。
「師匠?これ以上外に居られたらお身体に障ります」
背後にある古びた小屋から一人の少年が老人のもとに駆け寄った。
「ああ、そうだな。そろそろ戻ろうか」
弟子と思われる少年はホッとした様子を見せると老人に寄り添った。
「……そうじゃ、久しぶりに聖女様の話でもするとしようかのう」
「本当ですか!?楽しみです!」
老人は博識で、弟子たちは彼から語られる話にいつも夢中になった。
「ああ。――クリスの健闘を祈るという意味でもな……」
喜びを顔に浮かべた少年は、老人の呟きを聞き取る事ができなかった。




