闇の始まり
数ある作品の中から「無能聖女は有能魔術師様に溺愛される」を見つけて下さり、ありがとうございます!
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「はぁ……はぁ……はぁっ」
辺りに冷え冷えとした夜の空気が満ち始めた頃、今にも倒れそうな男が一人、夜闇の濃くなる町を彷徨っていた。
ふらふらとした覚束ない足取りで、何処へともなく歩く男は怪しげで、人々は男を避けるように家の中へと入っていった。
道に一人取り残されても変わらず真っすぐ前だけを見ている漆黒の瞳は、虚ろで燃え滾る憎しみだけを映し出し、同じく漆黒の本来絹のように美しい髪は所々薄汚れていた。
「……アイツさえいなければ……」
先程起こした出来事と、その顛末を思い出し、誰に言うでもなく呟いた言葉は濃い闇の中に消えていった。
やがて力尽き、ドサリと音を立てて建物に背をつくようにして座り込むと、自分の酷い有様に気付いた。手や足は鋭利な刃物で切られたかのような傷を負い、身を包む服は所々が切り裂かれていた。
男は呪詛を吐くように恨み言を言い続ける。
「クソっ……このままじゃ……逃げられないっ……」
人っ子一人いない町並みに、男の憎しみが籠もった言葉が響く。いよいよ夜も深まって来たその時。
「ねえ……大丈夫?」
不意に場違いな、高く幼い声が響いた。だが、男が気付いた様子はなく、虚ろな目は伏せられ、ただじっと地面を見ている。
「ねえねえ!大丈夫!?」
少女は先程よりもいくらか語気を強めて言ってみるが、やはり男は気づかない。
そこで少女はトントンと男の肩を叩いてみた。
「聞いてるの?……大丈……」
今度こそ男は少女へと視線を移したが、少女は衝撃のあまり言葉を失った。
――男は人では無かった。
尖った耳に、開いた口から覗く鋭い歯。
恐怖から少女は後退りする。だが、男は視線を逸らさない。
――それまで虚ろだった瞳は目の前の少女を捕えている。
そして、男は先程までの様子を感じさせずに口元を歪めるようにして笑った。




