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絶対服従令  作者: ララ
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コルホールの惨劇

「ふん、で?ご期待の英雄たちは、いつごろご到着される予定なんだ?」


 コルホールにある教会で、鼻を鳴らしたスターナーが、新星自衛自治統括省職員であるテレスを()め付けた。まるでそこに政敵がいるかのような憤慨っぷりである。迷惑極まりない彼の傲慢さが明確に示されている。


「はい、アデール配属のナルダからの通信によりますと……」

「ナルダ?そう言う、実にくだらない仲間意識は捨てろと言ったはずだが?お前たちの仲よしごっこに付き合わされるこっちの身にもなってみろ。また時間を無駄にした。俺たち戦闘員は敵地に駐在し、昼夜を問わず脅威に(さら)されているんだ。ちったあ気ぃ使えや!このグズ、人面畜生、糞喰らいのオス豚――」


 スターナーはテレスを遮り、言葉尻を捕らえたように怒鳴り散らしているが、テレスからすると、これはとんでもない嫌がらせだった。


 確かに、親し気に同僚の名前を他部署の上司に言っても伝わらないだろう。それくらいテレスにも分かる。だが、わざわざ名前を言わせるように仕向けたのは、他でもないスターナーだった。


 コルホールは戦闘員の集積場となっている。新たに動員された戦闘員の情報がアデールより伝達された際、司令官であるスターナーに報告するのがテレスの最も重大な業務である。その折、アデールより伝令がありますと言ったら、奴から情報提供者をはっきり伝えろとキレられ、それもそうだと思い自衛自治職員と言い換えると、名前まで言えと説教を一時間喰らってしまった。その後、自衛自治職員のナルダよりと前置きすると、(なげ)えと殴られた。

 伝令があるごとに難癖をつけられ、奴の気が済むまで罵られる。


 まともで意思疎通が唯一出来ていた前司令官のコルペニアを偲ぶ。きっと彼の死を一番悼んでいたのはテレスだ。

 それにコルホールの滞在期間はスターナーよりテレスの方が長い。言われる筋合いのないことだらけだった。


 何度も何度もテレスが謝り続け、そしてようやく報告が聞き入れられるも、スターナーはヒステリックに叫んだ。


「奴らがいたらなんだと言うのだ!我々では力不足とでも言いたいのか?良いだろう!決戦は明日!夜明けと共に戦場へ馳せる。兵士(みな)を呼んでこい、今すぐにだ!」


 富嶽の面々は遺伝子操作のされていない駑馬(どば)の方に乗ってしまったため、三日は掛かる。更に不運なことに、その馬は使用不可となってしまったそうだ。これでは、いつ到着するか分からない。


 その報告を聞いていたはずのスターナーの判断がこれである。

 彼は気負い立っていた。王竜討伐に対する重圧もあるだろう。

 しかしそれ以上に、彼の手腕でズルズルと長引かせた停戦が解除されることを恐れているのだ。更に、後からのこのことやって来た奴らに手柄を横取りされるなど、言語道断であろう。


 彼ら招致を受けた戦闘員にとって、コルホールは極楽だったに違いない。

 この中規模都市には一四〇名の住人が居た。今はそのほとんどが殺され、生き残りはわずかに十三名。不吉な数だ。

 ナルダには竜に()られたと報告させられたが、実際に彼らを殺したのは戦闘員だった。


 テレスがこの新星に来て初めて知ったことになるが、竜族は争いを好まない。仲間の首、特に幼竜のものを取り返しに来たその時でさえ、抵抗の意思も力もないテレスや住民には見向きもしなかった。


 コルホールの死んでいった住民たちからすると、戦闘員の方がよほど悪魔的存在に近かっただろう。


 なんの脈絡もなく、突然娘を差し出せと無理難題を突きつけられ、断れば家ごと家族もろとも燃やされた。素直に従った者は更なる試練が訪れた。武器の試し斬りに使われたのだ。生き残る道などなかった。


 残された娘たちも悲惨である。死んだ方がマシだったのかもしれない。


 テレスは六十いる戦闘員を呼びに出かけた。彼らのほとんどは同じ場所に居るだろう。慰安所だ。

 先週の時点で、そこには見目の良い女性や子どもが三五名生きていた。例の英雄が参戦すると聞き、イキリ立った荒くれから弄ばれ無事かどうか。


 彼女たちが囚われているのは、石牢だった。逃げ出さないよう手枷をつけられ、罪人のように捕えられている。


 入口には門番のように男が突っ立っていた。なんの装備もない薄汚れた官服に、疲れコケた表情はまるでテレスのようだ。彼も同僚で、名はカザール。前回会った時より、生傷が増えている。テレスと同様、苦労人だ。


「カザール、無事か?」

「それは、中の女たちがという意味か?」

「いや、お前のことだ。中のことは考えるな」


 憔悴しきった顔が嘆息をつく。生気も無く、反骨心を削がれた負け犬は、吠え方すら忘れてしまったらしい。


「テレス、まさか俺の様子を見に来ただけではあるまい。何か用か?」

「富嶽の英雄たちがコルホールに向かって来ているらしい。いつ来るか定かでは無いが、司令官殿は明朝にも出陣したいと仰せだ。兵を集めてくれ」


 カザールは言葉もなく頷き、中へ入っていった。




「勇敢なる我が同志たちよ、ついに時は来た!王竜を打たんがため、各地より集いし猛者どもに、鮮血の祝福を」


 泣き叫ぶ子どもたちの首が一刀で断ち切られ、噴水のように血飛沫が上がる。

 それを恍惚と浴びる男たち。


 テレスはむせ返るような血の匂いにえずき、すかさず殴り飛ばされた。転がるように教会の端へ逃げ、黒魔術さながらの光景から目をそらす。


 相手もできないような年端もいかない子どもたちが、なぜ生かされていたのか謎めいていたが、ついに理由が判明した瞬間だった。


 奴らは悪魔だ。住人も、連れてこられた女たちも皆殺された。

 女たちの断末魔がまだ耳にこびりついている。果敢にも罵声を浴びせる者までいた。天の裁きを、と言い切る前に声は途切れた。こういったことに付き物な命乞いをする者はいなかった。それが彼女たちの声なき答えだったのだろう。


 血飛沫が収まると、スターナーは十字架を背景に赤いマントを身につけた。それを合図に、他の男たちも同色のマントを羽織る。


「明日は決戦の時、明けより順次進め」


 スターナーはナイフで子どもの肉をこそぎ、生のままで口に含んだ。他の男たちも肉を削ぎ、口から血を滴らせながら、クチャクチャと咀嚼する。


 そのうちの一人が、生肉をテレスの口に近ずけた。背ける顔を片手で鷲掴み、無理やり開けた口内に押し込む。

 テレスは咀嚼する気も嚥下する気もなかったのだが、男の指が口腔に入り込んだまま舌を弄んでいるので、吐き出すことも出来ない。またえずき、唾液が溢れ、男の指に粘液がまとわりつく。溢れたものが口端より顎に伝い、滴り落ちる。粘度があるためとろりと糸を引き、辿ったあとがテラテラと光の筋を作った。


 目の前の男は前をくつろげた。何日も洗っていないような、強烈な男臭さを感じる。鼻だけでなく、目にも染みる。もう何も考えりゃしない。


 視界の端に子どもの死体に群がる男たちを見た。ぞんざいに扱われる肉塊は、手を取られ脚を取られ、引きちぎられ、分かれていく。尻に腰を打ち付ける者もいれば、頭にそれを強要する者。首にまで楔を打ちつけようとする者までいた。その意味が分かると、ついにテレスの限界が訪れた。

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