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絶対服従令  作者: ララ
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便利アイテム使用講座

 幌馬車(ほろばしゃ) は馬二頭立てだった。しかし息が合っていないのか、そこまで早くはない。かろうじて(わだち)の見える、往来の絶えた草原を、歩きと走りの中間の速さで渡っている。

 追い風は心地よく、天候も良好。御者曰く、この速さなら三日でコルホールに着くそうだ。のんびりピクニック気分で進むのも悪くない。


「坊くん、使い方は大丈夫そう?」


 耳元を指で押さえ気難しそうに悩む坊に、灰掛が声をかけた。真っ白で柔らかな髪を耳にかけてやると、金色のイヤーカフが現れる。先ほどそのイヤーカフについて指導していたのだ、灰掛と丙寅で。


 鴉はというと、口を挟まず、ただその様子に耳を傾けていた。

 一応彼も気になるようだ。

 本来なら指導する立場なので、それはそうだろうと思う。ただ、鴉と坊は一晩あったのに、一体何を話していたんだとも思う。大事なことは先に伝えておくべきだろう。


「俺の脳内で思ったことが、相手に伝わるのはよくないと思うんだ」


 坊の言っていることは、イヤーカフの性能についてだ。イヤーカフは通信機能を持ち、遠くにいる仲間とも音声でやり取りができる。音声と言っても、音が出るのではなく骨伝導を使う。だからこそイヤーカフの形なのである。

 そしてその性能の中でも、相手に伝える際、脳内で考えた言語がそのまま送られるという最新機能を伝えた。どうやらそれがお気に召さないらしい。


 イヤーカフと同じ色の瞳がひとたび瞬いて、灰掛を見上げる。白磁器の肌に黄金が映える。この世で最も崇高なる組み合わせの一つだろう。


「お前のは受信のみの設定にしている、何も悩む必要はない」


 鴉の遅すぎるフォローに、坊は突き動かされたように目の前の灰掛に抱き着いた。


「それも早く言ってよおー、うわーん」

「うん?坊くん、何考えてたのかなー?」


 灰掛は微笑みながら尋ねた。思春期の少年少女は、鴉以外天真爛漫な存在だ。灰掛からすると、何をしてもかわいいお年頃である。


「えー……、灰掛お兄ちゃん、俺が乗ってて重くないのかなー、とか」


 今、胡坐(あぐら)をかいた灰掛の脚の上に坊が座っている。大柄の丙寅が馬車の中で寝ると言い出し、頭の後ろに手を組んで寝転がってしまったのだ。そんなに狭い馬車でもないのに、一人の男が半分以上を占め、坊の座る面積が消滅していた。


「もっと重たいの乗っけてるし、平気平気。でも、このくらいの重みの方が好みなんだよね」


 クスリと含みを持たせて笑う灰掛に、坊がふるりと身震いした。

 灰掛はふっと吹き出し、「ごめん、冗談」と囁きながら、坊の髪をすく。あどけない金眼がパッとそらされた。明確な拒否行動に、灰掛はクスクスと忍び笑いをもらす。


「そう虐めてやんな、灰掛」


 丙寅がむくりと巨体を起こした。


「ああでも、そういやあ灰掛、お前男もいける口だったか?まあ、そのなりじゃあ、まだ男も女もねえか」


 遅い!と一喝しそうになるが、悪態を舌上に転がし、灰掛は会話のラリーを続ける。


「そういうきみは、ご執心の()がいるから分からないだろうけど、十人十色、みんな違ってみんな試してみないと分からないことだらけなんだよ。それぞれに光るモノがあってね、小さい子は大人にはない魅力がある」


 隅で膝を抱えて小さくなっていた鴉が、GIグラスを装着した。翡翠(ひすい)のカチューシャ状になっているそれを眼鏡のように掛けると、GIグラスは頭部の形状を把握し、アーチの先を伸ばして環状となる。官給品の眼鏡なのだが、通常の眼鏡と違い視力を調整するものではない。むしろ視界は閉ざされ、別世界が映し出される。

 三六〇度全方位投影透過スコープ。

 そこに現れるのは、幌馬車も馬車内の人間も透過した景色。ただでさえ変容著しい映像を見せつけられる上、透過率の微調整が必要となる中々やっかいな逸品である。


 GIグラスは問題なく起動し、冷たい翡翠の表面を、赤い光が眉間より両側へ流れていく。


「バカ言え、あれは妹だ。当然、他の女の味ぐらい知ってる。なんだよ灰掛、なんで怒ってんだよ」


 駆ける複数の馬蹄音が、遥か後方より微かに響いた。のんびりと揺られる幌馬車より()く、車輪音も。


「今回の任務には処刑刀がいるんだ。鴉も言っているように、気を引き締めなければやられる可能性がある。ぼくからも頼むよ」

「お、おぉ……、分かった。あんたの願いだ。じゃあ、オレが言ったことも守れよ?これで等価だ、分かってんだろうな」


 丙寅はガサツな態度と物言いの割に、意外と心根は繊細な男だった。くやしいが、これまで灰掛が干渉するなと突っぱねてきた彼の懇願を聞き入れる時が来たようだ。

 それは前任の処刑刀を守り抜くとみなで誓い合った後、個人的に丙寅から言われたことだ。あれはもう八年も前のことなのに、記憶は今でも息づいている。昔っから他人の言動をいちいち気にするやつで、鬱陶しいことこの上ないが、まさか、それと同じような言葉がこの口から吐き出されるとは。

 同じ要求をしているのだから等価、とでも丙寅は言いたいのだろう。

 灰掛は丙寅の目を見て、クスリと笑っておいた。


『後続隊の他に敵影はない。身構えろ』


 鴉の発信が直接脳内に届いた。例の最新技術を使ったのだ。


 坊がまたしても大きく動揺する。灰掛を見て、鴉を見て、イヤーカフの光る耳を後方へそばだてる。

 疾駆を捉えると、金眼が灰掛を見上げた。大きく見開かれた瞳は状況が分かっていないようで、幼気(いたいけ)な無知をさらけ出している。


 坊はまだ気づきそうもないが、後方より物音が届く前から殺気が放たれていた。それは王竜の術式を捉えた戦闘合図でもなく、危険を知らせる信号弾でもないようだ。鴉が言うには、同業者であるこの幌馬車を狙っているとのこと。


 灰掛は坊の尻を下からねっとりと持ち上げた。手のひらにすっぽりと収まるその丸みは、また違う膨らみを連想させる。餅のように柔らかで、薄くともしっかり詰まった肉感がある。純白の絹の下には、これまで見てきたどんなに清廉な百合(ユリ)たちより、白くたおやかな肌が隠されているのだろう。やんわり揉みこむと、困惑する身体が灰掛に(すが)りついてくる。とても良い子だ。


 鴉のGIグラスに赤色光が二点。一点は終始後方に向かい、もう一点は翡翠環をせわしなく駆け巡っている。

 走る赤色光が、とどまる光と重なった、――その時。


『総員退避』


 言われるまでもなく、灰掛は(ほろ) を裂いて外に飛び出していた。


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